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「ところでスピカさんはどうして王都に向かっていたのですか?」
オドの町に一泊し、翌朝町の人々の見送りの元、スピカたちはひとまず王都に向かって発った。
アースレイにはスピカの当初の目的が王都だと伝えてある。
「あー、そう、人探しね」
まさか流刑にされた人を追っているとはいえない。あながち間違っていない答を口にした。
「人探しでしたか。それならすぐに終わりそうに無いですね」
「ええ。だから呪いを解いてからでもいいわ。こっちは特に期限を決めてあるわけじゃないんだし」
だからと言って、いつまでも先延ばしにできることでもない。
セイサガで……17年前の時点でロイはすでに30を越えていた。この世界において、人の寿命はそう長くない。80まで生きればそれこそ生ける歴史そのものだ。どこに流されたか分からないが、流される場所というのは人の住みにくいところがたいていだ。そうなると、余計に彼が今も生きているのかどうか不安になる。
できるだけ早く、探し当てて会いに行きたいものである。
ごめん、ロイ。もう少し待っていてね。
スピカは心の中でそうささやいた。
神官との旅は順調であった。街道を歩いていることもあり、危険も無い。波止場町を出てすぐの盗賊は王都から遠かったから、きっと巡回の隙を突いて現れたのだろう。オドの町を出てからトラブルも無く、王都を目指していた。
アースレイが加わってから目的地が王都北西のホーリーセレスであったが、一応王都には寄る。王都を避けて通るより、王都を通った方が安全だし、速いのだ。命にリミットができてしまったスピカにとってはいち早く聖都に着きたいものだ。
だが、神官との旅は様々な特権を得られると同時に厄介ごとも舞い込んでくるのだ。
王都から歩いて一日というところにある町を訪れたときだ。
「闇の信者ですって?」
町長が、町の外れの廃屋で闇の信者が夜な夜な集っているようだと神官アースレイに相談したのだ。そしてアースレイは一人今日の宿で待っていたスピカにその話を持ち帰る。
「私は町長に、調査してみますと答えました」
神官が闇の信者を見逃すわけにはいかないのだ。
「ちょっと大丈夫なの?」
「大丈夫とは? どこに危険があると言うのですか」
アースレイは平然としていた。
「私とあなたですぐに片付くでしょう? これも神官の務めです」
「でも闇の信者よ? あまり深く関わらない方がいいんじゃない?」
「何を弱腰になっているのですか。まさか闇の信者が怖いのですか?」
「そういうわけじゃないの。誰がそうなのかも分からないのに引き受けたのはよくないんじゃないかっていいたいのよ」
闇の信者が基本素性を隠している。神官でも特定する魔法を使わなければ闇の信者を人の中から見つけることができない。闇の信者たちは巧妙にその素性を隠し、息を潜めているのだ。この今日の宿にだって、どこに闇の信者が隠れているのか分かったものではない。もしかしたら、自分たちに害なす神官だからとすでにアースレイが後をつけられているかもしれないのだ。
「ですがあの場で断るわけにもいかないでしょう? 巡礼中の神官が闇の信者を見過ごしたと言われるのもよくありません。ここはきちんと片付けましょう?」
スピカはため息をついて、渋々アースレイに頷いた。
「分かったわよ。その代わり、片付けたらさっさと王都に行きましょう? 万が一打ち漏らしがいるといけないし」
「そうですね。全員が必ず廃屋に集まっていると限らないですからね。私たちが油断したところに寝首を掻っ切りにやってくるかもしれません」
神官の死は闇の信者にとって2つメリットがある。
1つは敵を排除するということ。そしてもう1つは神官を信用していたものが悲しむことだ。その悲しみに付け入り、闇へとおとす。そういうやり方もあるのだ。
その日、もう日が沈み始めていたこともあり、そのまま宿で過ごすことにした。闇の信者の廃墟へは翌日情報をきちんと集めてから向かうことにした。
レベルや強さから考えて、闇の信者が束になってもスピカたちには勝てないだろう。だが、数が多いとその分長期戦になる。対応しきれないのだ。そして、その間に闇の信者が町に手を出したらとんでもない。信者の中に、闇の魔術士がいるかもしれないと考えると、慎重に行かなければならない。
そんな理由のほかに、昼間歩き回ったから今晩は休みたいということもあったけれど。
夜、目を閉じ、眠りに入ろうとしたときだ。眠りに入れなかった。疲れていないわけではない。でも眠れない。
スピカは部屋の窓、ドアの向こうに人の気配を感じる。途端、スピカはベッドから自ら転がり落ちた。
「アースレイ!」
「分かっています」
アースレイも起きていた。
「光よ!」
アースレイは光を呼び出し、部屋中を照らした。ろうそくの火を消す前、2人しかいなかった室内には4人もの黒いローブの人が増えていた。
素早くアースレイが魔法を使う。“真なる目”、相手のステータスを調べる魔法だ。
これまでの旅路でも彼はレベルが上がっており、『女神称賛』という、光魔法や神官魔法だけ詠唱が速くなるアビリティを手に入れていた。これは普通の『高速詠唱』というアビリティよりずっと早い。一言だけで詠唱が終わる便利なものだった。
「仕事が早いのですね。おかげで調べる手間が省けましたよ」
敵4人のステータスを確認する。
敵の名前は確かに闇の信者。しかもそこそこ強い。レベルは一番強いもので35。それでもスピカたちの敵にならない。
「4人だけならすぐ終わるわ!」
スピカはベッドから転がり落ちるときに掴んだショートソードを抜き放ち、信者に切りかかった。
信者は杖で剣を受け止めるも、スピカの剣はそれじゃ止められない。あっさりと信者のガードを打ち破る。
「なっ」
レベルが違うのだ。レベルに大差があればステータスにも大差がある。紙の盾に斧を振り下ろしたようなものだった。
そして次の一撃で目の前の信者を闇に帰す。クリティカルが発生して、ダメージにボーナスが追加された。スピカに気取られていた残り3人を、アースレイの光の矢が貫く。
「な、何てことだ……」
倒れたと思っていたが、一人だけ立っていた。そいつだけ体力が1だけ残っている。どうやら一撃死を逃れるアビリティなりスキル付き装備を付けていたらしい。
「逃がしません」
アースレイの足元に魔法陣が広がる。
「光蛇よ、喰らいなさい」
「闇よ!」
信者の足元に不気味な紫の魔法陣が広がった。闇の魔法だ。そして生み出された闇は、光の蛇を覆い、のみこんでしまった。
「ほう、少しはやるようですね」
アースレイは面白そうに杖を弄んだ。
彼も強くなりすぎて、手強い相手を求めていた。戦いを楽しんでいたのだ。そして、彼にとって闇の信者は何をしてもいい特別なおもちゃである。
再び、信者の足元に紫の魔法陣が広がる。
スピカが飛び出し、詠唱を妨げる。前衛の務めだ。しかし詠唱をする信者に剣を振り下ろすも何かの力に弾かれた。
詠唱を妨害させないアビリティでもつけているらしい。
信者はスピカを横目で見やり、口元を緩めた。
癪に障る態度だが、これで終わりだ。スピカは十分アースレイの詠唱時間を稼いでいた。
「女神の偉大なる輝きを」
アースレイの掲げた杖から聖なる輝きが放たれる。輝きはまぶしく、スピカは顔を伏せた。聖なる輝きは闇の信者を照らし、彼を包む闇の加護をすり抜けて、その身を届く。闇の信者は闇に帰ることなく聖なる光にかき消されてしまった。
「終わったのかしら?」
「そのようですね」
スピカは自分に回復術をかけて、ベッドから転がり落ちたときに受けたわずかなダメージを癒した。
「ようやくゆっくり休めるわね」
「何言っているんですか」
アースレイはベッドの脇においておいた自分の荷物を手に取った。
「これから廃屋に乗り込みに行きますよ」
「はぁ? 何でよ」
「このまま野放しにすれば明日にでも後ろから刺されますよ。さっきの4人がここの闇の信者の全員とは限りませんからね」
「待ってよ。このまま行くの?」
スピカは部屋を出ようとしたアースレイを引き止めた。
「どういうことですか? まだ何かありますか?」
「だって。闇の信者に顔がばれるわ」
「もう手遅れでしょう」
「そんなっ!」
スピカは別に神殿関係者ではないのだ。ただ成り行きでアースレイと共に聖都を目指しているだけ。呪いが解けたら王都に向かう。アースレイとはおさらばである。
「私はこの街に来てすぐに宿に入ったわ。あなたとはその前に別れた。まだ、私があなたの従者だって知らないかもしれない」
「どうでしょうね」
「ちょっと、あなたと別れた後のことも考えてよ!」
「なら神殿騎士にでもなればいいじゃないですか。どうですか。そちらも口利きしますよ」
「冗談でしょう!? 私は騎士になるつもりはないわ!」
部屋のドア付近でわいわい言い争っていると、別の部屋から野太く苛立った声で「うるせぇぞ」と叫ばれた。二人は途端に恐縮し、小声になった。
「つまり、顔がばれなければいいんですね?」
「そうよ」
アースレイはとある噂話を口にした。
「先日河の向こうの南部で、面白いことがあったそうです。何でも神殿騎士とも、王国騎士とも違う重騎士が闇の信者を壊滅させたとか」
「へ、へぇー」
噂とは恐ろしいものだ。河のこちら側で出会ったアースレイなら知らないと思っていた。
スピカは平静を装いつつ、心臓がバクバク騒いでいた。
「その噂に則りましょう」
「へ?」
つまり、自分たちもその重騎士の格好をして乗り込もうということらしい。
「それに、知っているんですよ。スピカさん、その装備持っているでしょう?」
声が漏れないほど驚いた。全身から嫌な汗が吹き出る。
パーティの仲間なら所持アイテムを見ることも使うこともできる。いつの間に確認したのだろう。そしてアースレイは口にこそしないものの、目は言いたいことを物語っていた。勘のいい彼は、とっくに気付いていたのだ。




