その33 そして物語が始まる。
自分が密偵にタニアの居場所を知らせてしまったかも、と思うと気が気でなかったが、しばらく王宮では何の動きもなかった。
結局、エシルが気を取り直して、再度タニアに会いに行くのは、そこからさらに三年を待たなくてはならない。
その間に、昇進、羊蹄国との戦争、エルデム将軍の死を経て、ようやくタニアに会いに行ったのだ。
彼女は息子と二人で待っていた。
そして標の君の物語が始まる。
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「続きは?ねぇお祖父様。」
「いやいや、勘弁してくれ。」
エシルは音を上げて、標の君を見た。
「ここから先は、お前たちの父上の方が、よく知っているだろうよ。」
しかし標の君は、にこにこと笑いながら、手に持った書類を机に置いた。
「さあ。僕はまだ小さな子供だったので、よく覚えていないんだ。」
「うは。」
そんな訳があるか、とエシルは独り言ちる。
幼い頃から驚くほど聡明だった標の君は、改めて会いに行ったエシルに、最初は敵愾心丸出しだった。
仲良くなるのに、相当かかった。
自分の本当の子供を持った事がないから分からないが、こちらは息子のように思っているのに、向こうからは、今でもちょっとした遠慮があるように感じる。
そんなものかとも思うが、少し寂しい。
「書類は書けたよ。」
標の君は、ペンをそっと子供たちの手の届かない所に動かした。
「学問所にはいつから?」
「この夏が終わってからだな。」
標の君の長男が、今年から学問所に入るのだ。全寮制だから、帰って来るのは秋の豊穣祭と、年末休み、そして学年が終わって次が始まるまでの夏休み。それが卒業の十七歳まで続く。
「寂しいか?」
エシルが聞くと、標の君は少し考えるようだった。
「ちょっとはね。でもいい友達が出来ると思う。」
貴族の子弟が大半だから、身分をかさにきた鼻持ちならない連中もいるが、それなりに努力しないと身分そのものを失うので、基本的には皆、行儀がよいし、勉強家だし、他人には程よく無関心だ。
友達を作るのは難しい。
でも一度友達になれば、それは一生ものだ。
稀にエシルのように、誰も彼も友達みたいになる者もいるが、それでも親友と呼べるのは二人か三人といった所だ。
まして王都から離れた大公領では、同年代の少年と出会うのも難しい。
「あと十年か。頑張らないとな。」
エシルは嘆息する。
標の君の長男を養子にする手続きも、同時に行う。
跡継ぎのいないエシル将軍家では、このままでは断絶する。その解決策として、大公家から養子を取ることは、もう長男が生まれた時から話はついていた。
しかしまだ八つのエルデム少年が将軍家を継ぐまでには、あと少なくとも十年はエシルが将軍としてその位になくてはならない。
「まだまだ全然大丈夫でしょ。」
標の君は笑った。
「義父上。頼りにしていますよ。」
「まかせとけ。」
エシルは書類を持って立ち上がった。
十年なんて、あっという間だ。
あの時お襁褓で寝ていた小さな子供が、結婚して父親になるのだって、一瞬だったのだから。
もっと短い話にしたかったのに、長くなって力尽きました。とりあえずこの辺で一旦終了です。




