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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20019 命乞い

「叩くときは平手に決めてる。殴ったら死んじまうからな…………その穴、死んじまったか? 死んでたら面倒だな。さっさと犯らねーと冷たくなっちまう」


 ベタつく液体で汚れたナイフを片手に、黄色い歯を剥き出しのニヤニヤ笑い。巨漢の黒人男性ヤキトが、くだらない事を喋りながら探偵、目貫(めぬき)(あまた)に近付いて来ていた。


「『アナグマ』を刺したのか?」

「裏切り者にはふさわしい罰だ。一度裏切った奴は次も裏切るぜ。お前は俺に感謝するべきだ正義マン」


 ナイフは新しい血が滴る。『アナグマ』の血だ。千は倒れ込んで動かない死地妊(しちにん)一瞥(いちべつ)した。


「お前、ヤオもグーで行こうとしてなかったか?」

「うるせえぇぇえ!!! あのクソ穴!! よく考えると『前回俺を殺した』穴だったしよぉ!!!」


 突然泡を吹いてブチ切れるヤキト。その言葉の意味を、常人は理解出来まい。

 千は目を剥き、息を吸って、吐いた。…………夢の中で見た巨大な女が、千を何と呼んでいたのか。


『殺し奪うだけの才の果てたる百の魂の一つ』


 忸怩(じくじ)たるものはあれど、違うとは言えなかった。事実千には才能があった。自覚していた。

 そして……ヤキトは己以上に『殺し奪うだけの才能』がある。反吐が出るほどに 


「絶対殺す! ◯◯◯もケツも口も! 目玉もえぐってfuckしてやる!!」

「……オレたちは関係ないだろ? ここは危険だ。これを見ろ、変なバケモノがうろついている」


 千は攻撃の意思が無いことを示すかのように両手を上げた。『わいら』を示すもヤキトは鼻で笑う。


「テメエは、俺があの穴にノックアウトされたのを見てたよなぁ?」

「誰にも言わない。土下座でも何でもする。足を舐めてもいい。命あっての物種だ! 見逃してくれよ!」


 完全に問答無用だ。それでも千は食い下がる。見栄も外聞も捨てた言い草に、ヤキトは噴き出した。


「HAHAHA!! みっともねぇなあ! そっちが本性かよ! いいぜ、消えな!!」

「ありがたい」


 千は卑屈に笑って、ヤキトからジリジリと距離を取ろうとした。付き合っていられるか。


「待てよ」

「な、なんですか?」

「そっちに行くな」


 不機嫌なヤキトに、千は肩をすくめた。進行方向にライトを照らす。


「どういうつもりだ」

「見逃してくれるんだろ?」

「テメエだけに決まってんだろこのidiot! それ以上俺の穴に近付くな!!」


 ライトを向けた先では、黒い服の女が身動(みじろ)ぎしていた。死地妊(しちにん)は生きている。しかし、動けないような負傷。

 千はゆっくりと体の向きを変えた。


「『オレたち』は無関係だから見逃してくれって頼んだだろう? できれば『アナグマ』もなんとかしないと、一人で三人は背負えんが」

「ふざけてんのか? お前だけに決まってるだろ!! 穴は置いてけ!!!」

「仕方ないな」


 死地妊を助けられないのであれば、媚びへつらった意味もなくなる。

 だが、無駄な消耗を避けたいのも事実だった。少なくとも千は、『わいら』が一匹だけとは思っていない。


「殺しと略奪以外何も考えられないのか?」

「あ? 当たり前だろうが。男は殺す。穴はfuckする」

「分かった分かった、もう喋るな」


 千は己を上等な人間だとは思っていない。だけれど、こいつと同列に扱われるのだけはゴメンだ。

 どれだけ、自分がどうしようもない人間だったとしても。


「オレは探偵だ」

「は?」

「『かくあれかし』と生きてんだよ!!」


 彼我の距離は7メートル。お互い腕を上げて構えながらゆっくりと距離を詰める。

 ……奇しくも両者の構えは似ていた。


 左前の半身、脇を締め、飛びかかる前の野生動物のように身をかがめる。

 千は左手に光を絞ったフラッシュライトを。ヤキトは血塗れの大型ナイフを。それぞれ逆手に。


 刀身が20センチもある大振りなナイフは、ギラギラと危険に光る。

 ボクサーのような構えで、じりじりと円を描くように動く千。じわじわと前に出るヤキト。


 187センチの千と192センチのヤキト。身長はほとんど同じだが、身にまとう筋肉量は違う。

 千も鍛え抜かれ絞られているが、ヤキトは黒人特有の発達した、鎧のような肉体を誇る。



 怖いな。マジ無理。



 千は思った。

 体重差があるから、パンチの威力が違いすぎる。しかもこっちはライトなのにヤキトはナイフだ。なんだあの長さ、あんなので刺されたら死んじゃうじゃん。


 しかもボクシングに見せかけてるけど、他の格闘技もやってる。もちろんボクサーのパンチも打ってくるが、本命はたぶん蹴り。

 あの丸太みたいな足で蹴られたら骨もベキベキだよ。女子供なら本当に死ぬ。


 あんなにキレてたし、更に挑発したのに、殺し合いになったら即座に冷静になっちゃうし。

 ある意味で『わいら』より厄介なんじゃないの? 無傷で倒すのは無理だよ。


 痛いのは嫌だな。千は泣き虫で平和主義なのだ。


「死ねよッッ!!」


 ヤキトが体格を利用したぶちかまし。壁が迫ってくるかのような威圧感。左に避けたらナイフで、右に避けたらキックが来る。

 千はライトを点けた。目眩ましをして身を屈め、思ったよりも鋭いナイフの一撃で頭皮を削られながら足払い。


「damn!!」


 素早く距離を取る千。おいおいおい。目が見えなくて当ててくるのかよ、位置もタイミングもずらしたぞ?

 後頭部から流れ出した血液が耳に伝う。顔の側でないのが救いだが、ハゲになったらどうしてくれる!?


「殺す! 殺す!!」

「それはさっきから聞いてるぞ」


 挑発しながらも冷や汗が止まらない。立ち上がるヤキト。思いっきり振りかぶる。


「ぶっ殺す!!」


 投石! 風を切る石塊(いしくれ)と飛散する土。ナイフを前にして踏み込んで来るヤキト。

 千は覚悟を決めた。


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