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武器を取れ、ドラゴンを殺す 第二部 『補欠の僕らも星を見る』  作者: 運果 尽ク乃
序章 2008年の暗夜行

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20020 隣人

 暗闇の中でナイフが閃く。二人の巨漢がぶつかり合う。

 探偵、目貫(めぬき)(あまた)と、黒人のヤキト。


「クソが! ちょこまかと!!」


 ブンブンと振り回される大型ナイフ、荒い息で感情のままに、唾を飛ばすヤキト。

 厄介な敵だ。千は大振りのナイフを避けながら舌を巻いた。


 このナイフも、暴れ方も、感情的な怒声も、全てフェイクだ。

 ヤキトは常に冷静で、千を観察している。ナイフは危険だぞと。その危険を殊更(ことさら)に強調している。


 だが本命はナイフではない。いや、ナイフで押し切れるならそれも有りなのだろう。

 大砲のような右ストレート、丸太のような蹴り、あるいは後ろに隠れているつもりのチンピラが、ヤキトの本命だろう。


「はぁっ、はぁ……っ!」


 千は押されているふりをしながら、隠れているチンピラの近くに誘導。あいつもナイフを持っていた。奇襲を受けては厄介だが、気付いている以上は利用できる。


 ヤキトは喧嘩というか……殺し合いに慣れている。冷酷で冷静だ。

 自分の凶悪な人相すら、罠を隠すために利用する狡猾(こうかつ)さだ。


「オレはなヤキト、お前みたいな奴が心底嫌いだ」

「気が合うなタンカス野郎」

「ケダモノめ」


 千は社会のルールは必要だと思っている。社会はだれでも守れる、弱者を救ってくれる……そんな夢物語を信じられるほど子供ではないが。

 どう生きていても、社会の枠からはみ出してしまう者がいる。救いの手からこぼれて落ちる者がいる。そして多くの者は望んで落ちていく訳ではない。


 もちろん自業自得の者ばかりだ。だが、だからといってどうにかしたいと足掻くならば話が別だ。

 社会のドブに網を張り、最後のセーフティネットになるのが探偵だ。千だ。


 だが、だからこそ。自ら社会の枠を壊して、悪びれもせずに誰かの平和を壊そうとする奴は許せない。

 千は最初からヤキトの事が嫌いだった。気持ち悪いと思っていた。千は純愛至上主義だったし、ポルノでもかわいそうだったり泣き叫ぶのを見ると意気消沈した。


 振り下ろされるナイフ、千は踏み込んだ。右手の甲でヤキトの手首を強打。


「うおっ!?」

「チッ」


 千は舌打ちした。ナイフを弾き飛ばしたが、本当は同時に肘を極めたがった。千の想定よりもヤキトはさらに早い。


 お互いにお互いをただのパワー馬鹿ではない事は理解できていた。氷のように冷静な頭脳と、鋼の肉体。そして燃え立つハート。

 忸怩(じくじ)たるものあれど、千とヤキトは類似していた。


「今のを避けるかよ」

「クソ野郎……何だ今の、カラテか?」


 空手だ。空手だが、千が習っていたのは正確には空手ではない。子供の頃に隣に住んでた酒浸りの隣人が教えてくれた空手モドキだ。

 暴力を振るう父親と、貧困を理由にいじめを行う同級生。『それらを全部殴り殺せる技』だ。


「お前みたいなクズを掃除するための空手だ」


 隣人は築四十年のボロアパートに住んでいたくせに、カネに困っていなかった。毎日働かずにアニメかドラマを肴にして過ごしていた。

 人生はクズだ。人間はゴミだ。誰も助けてくれないし、救ってくれない。千はそう教わった。


 『だからヒーローになれ』。


「綺麗事ばっかりでヒーローごっこか? ガキかよ、もしかして毛も生え揃ってねえんじゃねぇのか?」

「……………………」


 ヤキトの言う通りだ。千は綺麗事ばっかりの甘ちゃんだ。そして、それでいいと思っていた。

 子供の頃の千は隣人に反論した。


 『テレビの中のヒーローは、綺麗事ばっかりで、本当に困ってるオレを救わない』

 『愛も正義も嘘っぱちだ。いじめっこはヒーローの真似をしてオレを殴る』


 隣人は笑った。あの笑顔が今も千の胸の奥に残っている。


 『ならば、お前はお前を救うためだけのヒーローになれ』


 あの日の声が胸の奥に蘇る。

 参った。困った。これは走馬灯か? こんなやつに負ける? はぁ? 冗談じゃないぞ。


「綺麗事の一つも言えないようなガキが、笑わせんな」

「…………あぁ?」


 千の武器。空手モドキ、フラッシュライト。石の詰めた靴下は『わいら』の側だ。

 ヤキトの武器。怪力の格闘、伏兵。そして凶暴さ。


 千は踏み込んだ。さあ、格闘の時間だ。嫌だ嫌だ。痛いのは本当に嫌いだ。

 この殴り合いは結局その後のトドメのための詰将棋みたいなもんなんだから、最初から痛くない将棋が一番好きだ。


 飛んできたジャブを額で受ける、右ストレートを回避。右フックを脇腹に叩き込む。アッパーはかすっただけ。代わりに顔面にジャブをもらう。

 ナイフがある間は逃げ回っていた千が、突然闘犬のようなインファイターに変わったことを、ヤキトは冷静に受け止めていた。


 互いに殴り合う。本命は避けて、受けて、防いで。しかし少しずつダメージが蓄積する。必殺のタイミングのために。

 千の有利な点、ヤキトの不利な点。それはチンピラの存在だった。切り札を、自分の意志で切れないこと。


 互いに唇を切って、顔はボコボコで、腕や肩や肋が軋む。殴り合いは本当に嫌いだ。不毛だからだ。

 強いやつはもっと嫌いだ。諦めないからだ。


「ぶっ殺す」

「またそれか」


 ヤキトの突進を、大げさに避ける。さあ来い。がら空きの背中だぞ。来い!


「うあああああああ!!!」


 藪に隠れていたチンピラが、悲鳴のような雄叫びを上げて飛び出す、腰だめに構えて突き出されるバタフライナイフ。

 千は背後からの攻撃を見もしないでかわし、腕を掴んで、ナイフを……。


「引っかかったなidiot!!!」


 ヤキトの一撃、左手に焼けるような痛み。切られた。切られた!?

 チンピラのナイフは、最初からヤキトが隠し持っていた。完全な読み間違い。役立たずの手下を、伏兵として警戒させるも信用しないやり方。


「ガフッ」


 ナイフが腹に突き刺さる。力任せに根本まで。体の内側で爆発するような痛み。


「俺の勝ちだ!!」


 丸太のようなミドルキックがナイフの刺さった腹を打ち抜く。腹の内側が圧迫され、ナイフが暴れる。内蔵を引き裂かれる激痛に耐えられず、千は倒れた。


「HAHAHA! ずいぶんと殴ってくれたなクソ野郎。今からあの穴をfuckするから、てめえはそこでセンズリでもコいてろ!!」


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