20344 二対三
「てめぇ……笛吹」
「久しぶりだな門浦さん。あんたが堀さん相手に数に頼って手も足も出なかった時以来かな」
「あぁン……ッ!?」
門浦の額に青筋が浮かぶ。屈辱は忘れない男だ。門浦は『前回』笛吹に馬鹿にされたのを忘れていない。
「う、笛吹……すまねえ! 俺は……っ!」
笛吹は蛮の惨状を一瞥し、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「蛮、クレープ食ったことあるか?」
「…………は? あるけど?」
「オレはない。次の休みに外出許可証もらって食いに行くぞ、お前の奢りで」
蛮は言葉をなくした。それは、ただの許しではない……え? あれ? もしかして……デートの約束をした!?
「何でもいいが、ひどい怪我だな? 血まみれじゃねーか? それで俺に勝てるつもりかよ?」
「マツに勝ってきたのに、あんたに負けるわけには行かないな」
門浦と静が慄然とする。マツに……あの不屈の剣士に、勝ったというのか?
笛吹は悠然と状況を楽しむイシスを一瞥、鼻で笑う。
「余裕だな【ドラゴン】。オレはお前も殺しに来たぞ?」
「怖い顔しちゃって……でもお姉ちゃん、私はただの器、【神】の力を、【王神】に【神権】を与えるだけなの。弱くて無力な子供なのよ?」
意味不明の専門用語を並べられ、しかし笛吹は鼻で笑った。イシスの言い分など聞く耳持たないとでも言うように。
「誰がお姉ちゃんだ?」
「え?」「え?」「…………笛吹、てめえ女か?」
笛吹の男装は、ここまで完璧だった。特殊な目を持つ長月や、女への嗅覚に優れたテッサが見抜いたのみ。
それを一目で見抜く存在は只者ではない。少なくとも、弱くて無力な子供ではない。
「というわけだ。抵抗しろ【ドラゴン】」
「定命のクセにナマイキな【客人】ね、カドゥーラお兄ちゃん、やっちゃって!」
実際に、戦う力は持たないのだろう。威嚇こそすれ、身構えすらしないイシス。だが警戒心は笛吹に向いていた。
笛吹は門浦と静を見比べた。門浦は明らかに腰が引けている。長月の言が正しければ門浦は笛吹より強い。しかし完全に気圧されていた。
門浦は……純粋な戦士ではない。略奪者としては、暴君としては超一流だ。しかし戦士としては三流だった。
それ故に、『前回』の戦場で見かけた『超一流』への畏怖が彼の脳裏に刻まれている。
堀と八角。あの二人には何人いても勝てる気がしない。
え? 腕を飛ばしたモア? あれは油断。メスガキが強いはずないし。
とにかく、眼の前に立ち皮肉な笑みを浮かべる笛吹は、この男だか女だかわからない美貌の剣士は、その八角と対等に打ち合った。
棒と片手剣でだ。武器の長さ、身長も腕の長さもハンデにならない。
「静ぁ!! 確実に殺すぞ! 薙刀使えっ!!」
「えっ? は、はい!」
困惑する静。彼女は笛吹の剣を見たことがない。今目の前にいるのは、明らかに出血多量で今にも倒れそうな、舌鋒だけの小娘だ。
支配の象徴として、あるいは反逆を許さない証として奪われたままだった【武器】を返すほどの敵なのか?
「クソが……巌野はどうしてやがる……」
「ん? うちのリーダーが足止めしてるんだ。来るわけがない」
「…………リーダー?」
長月だ。笛吹は神埼から概要だけ聞いていた。長月の助言で、郡の戦いがあって、マツを討ち取ったことも知っていた。
そして、狂気の芸術家巌野によって、長月がどんな目に合わされるかも。
「これで二対二だな」
「はぁ? この足の折れたガキを数にふくめんのか?」
蛮が目を見開く、腕は後ろ手に縛られ芋虫のようにしか這えないというのに。笛吹は。
「ああ、そちらさんを入れ忘れていた。二対三だ」
「…………」
不機嫌そのものの顔で睨むイシス。話をしている間に、静は薙刀と羽織袴、女武者らしい鉢金入りの鉢巻や胴当てなどの【防具】を、門浦も海賊衣装にバスタードソードを装備していた。
対して【武器】も【防具】も用意しない笛吹。【狩人】戦のセオリーを完全に無視。
「待て、あんた……『前回』二日目に、【鹿角】の【ボス】と戦ったか?」
「…………?」
笛吹が見咎めたのは静の武器である。
「何の話?」
「違うならいい、安心して殺せる」
『前回』、長巻を持つ長良を目前で死なせた笛吹だ。目前に立つのが彼女ではないと聞いて安心した。
笛吹が右手を振る。粒子が輝きレイピアが召喚される。ジリジリと距離を詰める静と門浦。
銀星が尾を引き流れる!
恐ろしく素早い踏み込み、門浦が反応する暇を与えず。
切先は暴君の頸動脈を切断、『天空の間』を鮮血がまだらに染めた。




