書斎の夜、揺れる決意
夕食を終え、ゼノン・グリッドは自室の書斎で一人、暖炉の前に座っていた。手元のグラスを静かに揺らしながら、彼は昼間に侯爵グリムハルト・バルカンから受けた指示を反芻していた。
侯爵の冷徹な声が、ゼノンの脳裏に蘇る。
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「ゼノン、あの少年少女を監視しろ。我が領に害なす者ならば、即刻排除するのだ。」
「皇帝のスパイの可能性があると?」
「いや、その可能性は極めて低いだろう。だが、未知の力が有益なものとは限らん。」
「あの少女の意思に関わらず、有害と判断した場合は切り捨てるのですね。」
「力とは恐ろしいものだ。いつその牙がこちらに向けられるか分からん。思えば、私とてあの愚帝と同じなのかもしれん。我らの軍事力が帝国に向けられる牙を持っていないことを知っててなお、皇帝は我らを弱体化し、支配を強めようとしておる。あの遺跡の恩恵は呪いと同じ。己の欲望のままに力を使えば、文字通り我が身も、我が領地も焼かれるというのに…。」
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ゼノンはグラスの中の琥珀色の液体を一気に飲み干すと、深くため息を漏らした。
侯爵の言葉の重みが、彼の肩にずしりとのしかかる。キラとティアの純粋な瞳を思い出し、彼は再び苦悩の表情を浮かべた。
コンコン。
ドアがノックされ、彼の思考は中断された。
「父上、カイルです。」
「入れ。」
扉を開けて入ってきたカイルは、どこか緊張した面持ちで直立不動の姿勢を取る。
「失礼します。父上、私をお呼びでしょうか?」
「ああ、お前にはキラとティアの監視を頼む。」
ゼノンの言葉に、カイルは戸惑いの表情を見せた。
「父上は彼らがスパイだと?」
「いや、彼らに嘘偽りはないだろう。」
「では、なぜですか?」
カイルは、尊敬する父の言葉に納得できず、訴えるように語気を強めた。
「このまま、我々に力を貸し、無事に結界が安定すればそれで良い。私たちは赤炎島を守らなければならない。」
ゼノンの言葉の裏に隠された、軍人としての非情な決断をしなければならない可能性。それを読み取ったカイルは、顔を俯かせ、唇を固く結んだ。
「キラは、いいやつです。」
カイルの小さな声に、ゼノンは何も答えなかった。ただ静かに、息子が顔を上げるのを待っていた。
カイルは、ぐっと何かを堪えたように見えた。それでも、尊敬する父親の命令に背くことはできない。彼は顔を上げ、強い眼差しでゼノンを見つめた。
「キラ、ティア、二人のそばで彼らの動向を監視し、異変があれば報告します。」
ゼノンは息子の覚悟を静かに受け止めるように頷いた。
「ああ、頼んだぞ。」
カイルは一礼して書斎を出た。扉が閉まった後、ゼノンは再び一人になり、重い沈黙の中で、明日からの任務をどう遂行すべきか、静かに思案を巡らせた。




