真実とこれからとpart5
リュートはこれ以上話すことはないとドアを閉めようとした。それをあろうことか、リュートが閉めようとした瞬間に目の前の女が足を滑らせ、その足でドアを閉めるのを阻止したのだ。
「痛-い‼」
「当たり前だど阿呆‼」
桜の前で以外いつもはクールなリュートが、大声で怒鳴った。これをカムイ達が見ていれば目を見開き、口をあんぐり開けて呆ける程驚いたろうが、生憎ここには誰もいなかった。
リュートは苛立ち怒鳴りながらも、締めかけたドアを開けて挟まった爪先を確認する為にその女の前で屈んだ。自業自得とはいえ、眼の前に怪我をしているかもしれない人がいて無視する程非情でもなかった。
「何だ……冷徹欠陥男かと思ったら、少しは人間らしいとこあるじゃない」
怪我がないか確認していると頭上から声がする。
「はあ?……人が休んでいる時に勝手に押しかけてきて来た訳の分からん頭のおかしい女に、何で優しい対応しなきゃならないんだ?何より俺は俺の妻と仲間以外に割く優しさを持ち合わせていない」
自国の民も大事だがそこは伝えてやる必要もない。
リュートは絡んで女の足を確認していた為、その女を見上げる様な形になってしまっていた。
その様は、美形が傍目に見れば跪いて請うているようにしか見えない。まあ、実際は違っていてもそんな事は他人は関係ないのだから仕方がないが、リュートが知れば卒倒しそうだ。
「何よ、訳の分からん女って! 私にはジュリアって言う名前があるんだから、その女呼ばわりしないでよ!」
「お前なんか”その女”で十分だろうが⁉」
立ち上がろうとしたリュートの頭をそのジュリアと名乗る女が触ってきた。
リュートは咄嗟にその手を払い落とすと睨みつけた。
桜以外に頭に触れられるのはどうしても我慢ならなかった。
「何をするんだ‼」
リュートは思い切り怒鳴ながら立ち上がった。
「何するって柔らかそうだから触ってみようと思って」
「だから何で、そこで他人の頭を触ろうとするんだ! お前頭おかしいんじゃ無いか⁉」
「私は自分がやりたいと思った事は全部やってみる事にしてるのよ」
その女は懲りもせずそんな事を言ってくる。
その物言いが知ってる女性と重なって見えた。
「アンさんと同じ様な事を言う女は初めてだ」
リュートのこの言葉は目の前のジュリアと名乗る女に聞かせようと思った訳でも、ましてや返事が欲しい問いかけでも無い。純粋に心の声が外に漏れてしまっただけだった。だから自分のボソッと話した言葉にジュリアが反応する何て、思っても見なかった。
「何よ⁉あなたもアンさんを知っているの‼アンさんは私の師匠なの‼」
「俺の知り合いと、お前が言うアンさんが一緒かどうか何て、分からんだろうが!」
「一緒かもしれないでしょ⁉何であんたは怒鳴ってばかりいるのよ‼」
「お前が怒らすからだ‼」
そう言いながらも、内心リュートは自身に言動に驚いていた。
足を掬われないように、感情を殺す事に長けていた。それが生きる術だからだ。それなのに、こんなに感情を指摘される事は初めての経験だった。
さりとて、それも桜と過ごした恩恵だとまで気付ける程リュートの心に余裕も無かった。
桜と離れている弊害がこんなところで出てくるとは、ましてそれに自分自身が気付けないとは思っても見なかったのだ。
それが後で色々と拗らせる事になろうとは思いも依らず。
「私の知り合いのアンさんは、あなたが毛嫌いしている娼婦よ、それも商館の中でも不動のNo.1‼女性の中の女性なのよ! 並の男何てお呼びじゃないんだから‼」
「‼……」
それを聞いてリュートはまたしても驚いた。
リュートの知り合いのアンさんとジュリアの知り合いのアンさんは同一人物である可能性が高かったから。
あまりにも大声で怒鳴り合ってい為か、いつの間にか周りに人が集まってきた。
リュートは仕方が無いと、船員に談話室を貸してもらいそこで話をする事にした。
自身の部屋には入れたくない。桜以外を一時的とはいえプライベートな空間にいれることは、どうしても嫌だった。
案内された船員の談話室でコーヒーを出してもらい向かい合わせに腰掛ける。隣同士に座るなど苦痛以外の何物でもない。
先に声を出したのはジュリアだった。
「あなたの部屋で話せば良かったじゃない」
「死んでも妻以外の女性を部屋に招くつもりは無い。欠片もやましい事は無いとはいえ、こんな些細なことで疑われたら…………俺は(今度こそ)死ぬ……」
「はあ〜、大袈裟ね〜。でも、微塵も気遣い出来ない男よりはましね」
ジュリアはリュートが考えていたよりも、その考え方自体は嫌いではないかもしれない。
変な言い方かも知れないが、見解の相違や価値観の違いが大きいと話をするのすら苦痛になってくるのだから良かったと言えるだろう。
何より、もしもリュートが勘違いされたくないからという今回の様な行動を、桜の女としての器量が小さいから、等と言われたらぶん殴ってやりたくなっていただろう。
「俺が嫌なんだからしょうがないだろう……」
王女の件で拗れてしまった2人の関係性が改善した訳では無いのだ。
今は遠い桜を想いながらリュートは吐き捨てる様につぶやいた。
「そうね、そうだとしたら、私の貴方への行動は嫌だったわね。……こういった船や状況で否定される事なんてなかったから、考えが及ばなかったわ……御免なさい」
意外にもジュリアはまともな性格をしているようだ。
リュートは好感迄はいかないが、嫌いじゃない、程度には考えを改めた。




