真実とこれからとpart6
船員賀気を利かせて出してくれた鉄製のコーヒーカップを両手の平で軽く握りしめながら、ずっと疑問に思っていたことを問い掛けた。
眼の前のジュリアと名乗る女は意図してリュートに近付いて来た。
少なくとリュートはそう考えていた、だからこそ警戒していたのだが……。
「なあ、何であの時俺に構って来たんだ?」
リュートが聞いているのはジュリアと初めて出会った、船の階段での出来事だ。
確かに揺れたが、この船の操舵士は優秀で揺れを最小限に留めていた。
深窓の令嬢ならよろけて立っていられなくもなるだろうが、眼の前の女はよろけて支えられるほどヤワじゃない。
「あんた幸薄そうな顔してたんだもの。迷子の子供みたいだった、お節介なのは承知で、何とか助けなきゃって思ったんだよね」
「俺はガキじゃない……」
思っても見ない事を言われてリュートは一瞬目を反らした。………ああ、言い訳を言わずに答えるなら動揺したさ。
心のなかで悪態をつきながら、実際の口から出た言葉も子供じみた屁理屈だ。
「子どもだとか大人だとかは関係なくて、弱っている命があったら助ける、って師匠に教わってきたんだ」
リュートの斜め前に座り同じくコーヒーを飲みながら、さっぱりとした笑顔を見せ、ジュリアはそんな事を言ってくる。
「困っている人を見たら助ける、じゃあなくてか?」
「困っているだけで、それが自分でなんとか出来そうなら自分で何とかした方が良いんだよ。……でも弱っているなら話は別」
確かにあの人の言いそうな事だとリュートは考えた。あの時出会ったアンという女性は男気溢れる優しいお節介をやく、尊敬できる大人だった。
リュートは一瞬昔を思い出したが、記憶の彼方に追いやった、彼女は俺が語っていい人ではない。
「でも、あんたは弱っていたけど弱くも独身でも無かったんだから、私の見る目も落ちたかな?」
「独身だと思ったから声をかけたのか?」
「当たり前じゃないか、娼婦は別に家庭を壊すのが仕事じゃない。一時の夢を見せて、それを活力に明日を頑張って生きる力をつける手助けをするのが仕事なんだ!……あなたからは家庭の匂いがしなかったんだよね、もう一つ言えば女の影も感じない。だから見誤ったんだ。まさか結婚してる何て、思わなかった」
眼の前の女、ジュリアからは悪意も嘘の匂いもない。本音ということか。
だが、解せないのは桜という可愛い妻がいるのに独身だと思われた事だ。
「俺ほど妻を愛している男もいないと思うのだが?」
リュートは至極真面目にそう答えた。
すると眼の前のジュリアは腹を抱えて大笑いしたのだ。大笑いされているのに、不思議と不快では無い。寧ろ腹に一物抱えられているより好感を持てる。
「お前、ちょうちょい失礼な女だな……」
「あははははっはは、はあ〜、おっかしい。だって、そんな事真面目に言う奴始めてみた!でも良いよ、何も言えないやつよりずっと良い。ああ、何で独身に見えたか?だったね。あなたからは奥さんがいるようなそんな匂いがしないんだよね。妻帯者は解るんだよ。動作や言動に多少なりとも現れるものだけど、あなたからは感じない。一匹狼みたいな、そんな雰囲気があるんだ……他人を自分の中に踏み込ませない、殻のようなものを感じる」
「……」
リュートはこと言葉を返せなかった。まさかそんな事を言われるとは思っても見なかったからだ。もしや、桜もそう思っていたのだろうか?
だとすれば、桜が出て追ってしまったのはそもそも自分のそんなところに不満を持ったからだったのだろうか?
「ああ、そんなに落ち込まないでもいいんじゃない?たまにいるよ、結婚しててもそんな匂いを感じさせない奴」
「それはどんな奴だ?」
「契約結婚した男だったり、仮面夫婦だったり……」
「‼‼」
リュートは手に持っていたコーヒーカップを握りしめて形を変形させてしまう。
中身が無くて幸いだったが、それを見ていたジュリアは、自分の言動に怒らせてしまったのかと、ギョッとして声を出せなくなってしまった。
眼の前の事など既に見えていないリュートは今度こそ絶句してしまった。どれも自分とは真逆ではないか⁉まさか、そう見られているとは……。これは桜を見つけたら愛情表現をいちから見直さなければならないとリュートはそう強く思った。
最も、桜を前にすればだらしがない程表情が崩れて甘えている為、カムイ達のリュートの見解とジュリアの見解とでは異なっている事何て気付く筈も無かった。
今のジュリアの指摘は、桜がいるか、いないかで大きく異なるのだ。
他人を拒絶しているといった彼女の指摘は半分は正しい。
「まあ、奥さんの元に帰ったら一緒にいる時間を増やすことだね」
「忠告痛み入る……」
やっとショックから戻ってきたリュートは、ふとジュリアの今後が気になった。船を降りたあと彼女はどうするのだろうか?
彼女の様な存在が桜の側にいてくれたら、堅苦しい城での生活がもっと楽しい物に変わるのでは無いか?と考えたからだ。
「ジュリアは船を降りたらどうするんだ?」
「あたし?…あたしは師匠に会いに行くんだ」
「そうか…もしも君さえ良ければ俺の桜の側にいて支えて上げて欲しいと考えていたのだが、残念だ」
「師匠に会って用事が済んだら考えて上げても良いよ?別に柵がある訳でもないしね」
ここにレインがいれば止めただろうが、この事が余計に桜との関係に罅が入る事になるなんて今のリュートは考えても見なかった。




