拗れた感情の行先は?
「どうか教えてください!」
桜とバードが面前から消え、初めこそ呆然としていたが、心が目の前の受入れ難い現状から戻ると、リュートはマルタに食い下がった。
だが、どうして桜がそこまで怒ってしまったのか、それが理解できている様でリュートには解らないでいた。
桜が城を出るまでは仲の良かった二人だ。
執務に追われて桜が初めて見せた不安や寂しさに気付く事が出来なかった。 桜を不安にさせたくないからと王女が王太子妃宮殿に滞在している事すら教えなかった。 今になりその点は間違いだったと反省している。 初めに掛け違えたボタンは二度とは戻らないのだろうか。
「大事にしろと、女神から言われて無かったかい?……桜は大事にするならと、お前さんに預けられた存在だった筈だよ?」
リュートは異世界での出来事を思い出していた。
確かに桜をこの世界に連れてくる時、光の中から女性の声がした。
『この子を……何者からも守れますか?』
光の中から女性の声がして、確かにそう聞こえた。
女神にとっての桜はどういった存在なのか? それが今回の鍵のような気がしてならない。
女神は自分と桜の関係を応援している様にはどうしても思えない。 何方かといえば、リュートの事すら邪魔だと考えているのでは無いだろうか?
「女神にとって桜はどんな存在なのでしょうか?」
眼の前で、悠然と構えているマルタにリュートは訪ねた。 魔女とは、女神とはどういった存在なのか?それが解かればもしかしたら、今まで燻っていた疑問が解けるかも知れない。
「私から答えることは出来ないが、ここまで来たご褒美にヒントくらいやろうじゃないか……」
マルタはそう言うとリュートの魔剣に古代語のような呪文を唱えた。その瞬間、今まで耳鳴りのように聞こえていた音が止み代わりに懐かしい声が聞こえる様になったのだ。
桜はこの魔剣がリュートの母からリュートへの贈り物だと言っていた。そして今、この魔剣から記憶の奥底で覚えている懐かしい優しい女性の声が聞こえてくる。
「母上様?……」
自身が幼き日に亡くなった母親。
もう二度と会うことなんて出来ないと思っていた。
生きていて欲しかった。自分を産む事と引換に何てなって欲しくなかった。
『リュート……可愛い私の坊や。マルタ様、感謝致します』
剣なので視線は無いが、リュートが見えている肖像画でしか見たことがない母親の姿は、きっと魔女であるマルタにも見えているのだろう。
「別に感謝される事をした覚えはないよ」
言葉こそキツイが、その表情はとても優しいものだった。
そこで今の今まで我関せずで、騒動の最中でも桜が作った食事を座って食べていたジトアが口を開く。
桜達の喧嘩が始まってから、やれやれと自分は椅子に座り直して食事を再開していたのだ。
ジトアを黙って観察していたカムイは、その精神力に表情にこそ出さないが驚いていた。
自分はまだまだ未熟と反省しているところが、カムイがリュートの側近を続けていられる由縁である。
「どうも私の弟子が迷惑を掛けたようだね」
「いえ、私の不徳の致すところです。彼女のせいでは有りません」
「‼」
ショックを受ける王女をリュートは気にかけた様子はない。何故王女がショックを受けたのか?それはリュートの発言は別に王女を庇っている訳では無いからだ。そもそもが自身と桜にとって関係ない存在だと言っているのだ。
「辛辣だね」
リュートの言葉の意味を正確に読み取ったジトアが苦笑しながら椅子から立ち上がった。
「そうでしょうか?彼女は元々自身の目的の為に、利用しようと俺たちに近付いてきただけの存在でしょう?」
「じゃあ何故あの時庇ったんだい?庇わなきゃ桜に誤解何て、されなかったものを」
「桜が、女性を大事に扱わないと駄目だと言ったからです。そうでなければ庇ったりなんてしなかった」
黙ってリュートの目を見ていたジトア。
興味を失ったのか話題を変えてきた。
「まあ良いさ。迷惑をかけたことは本当だからね」
「師匠‼」
まさかジトアがそんな事を言うとは思っても見なかった王女が慌てて師匠を呼んだ。
ジトアに迷惑をかけるつもりなんてなかったからだが、彼女とて馬鹿ではない。
そんなつもりはなかった、が通用するとは考えていないがそれでもジトアを止めたかった。
「弟子の不始末は師匠の責任さ。それは魔女の世界では絶対の掟の一つだ。だからこそ、魔女は余り弟子を取らない。まあ、それに値する人物が中々いないのも理由だが……今後何か魔女の力が必要になったら私の名を呼びな。力を貸そう」
これにはマルタも驚いた。
人間嫌いで有名な孤高の魔女だからそんな言葉が出てくるとは考えても見なかったのだ。
リュートは怪我の功名とも言える、予想外の味方を手に入れてしまった。
「本来なら魔女殿の力を借りようと考える様では君主として失格なんですけどね。大きな力に頼ってばかりでは心が成長しない。ですが、もしも桜の安全に関する事で必要になれば、その時は宜しくお願いします」
「判った」
その後、マルタにマルタの食堂迄戻してもらうとリュートはカムイと王女と共に城に戻った。
何故王女迄一緒に戻って来たのかというと、周囲に対処せずに何も言わず姿を消せば、リュートにまた迷惑を掛けてしまうから、今度こそそれだけは避けたかったのだ。




