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桜捜索:リュート編part7

 食堂の中に足を踏み入れたリュートは驚きを隠せなかった。何故なら、表から見える面積より凡そ倍以上店内が広かったからだ。

 先に中を確かめていた騎士や、カイトの部下からはその点について何も報告が上がらなかったということは、何かしら意識を撹乱す魔法が施されているのだろう。


 目の前の不可思議な現実だけで、愛しい桜がいなくなった原因に人外の力が加わったのが解る。

 だが、今のリュートではそこまでしか解らない。感じる事が出来ても解く事が出来ない。

 これは父親の力を借りるしか無い、そう思っていたとき、


「気まぐれな女神に掌の上で転がされているみたいだな……」


 それは誰に向けた言葉でも無かった。

 強いて言えば自分の考えが言葉となって口から出てきてしまっただけに過ぎない。だから相槌や、まして同調等求めてもいなかった。


「女神かどうかは存じませんが……魔法が使われていることは確かですわね」


 その声はついてきてしまった王女の物だ。


「誰がそなたにこの店に入る許可を出した?」


 リュートは振り返る事なく、声の主を諌めた。

 勿論掛けた言葉は嫌味以外の何物でもない。

 この場で許可を出せる人間がいるとしたら、それはリュートだけなのだから。


「申し訳御座いません。されど、大人しくしていただけでは何もさせては頂けない物で」


 儚げな印象からは程遠い程、背中越しの王女は随分と強かな面を持っている様だ。


「当たり前だと思うが?」


 お高く止まった仕草や表情よりもずっと良いが、そもそもが桜とそれ以外としか区別をしていないのだから、所詮はその程度の認識の違いなだけだ。

 だが、二人共が優れた容姿をしているだけでなく実際は違ったとしても気安く会話をしている様子は傍から見れば親しげに映ってしまう事をリュートは失念していた。


 それが元でもうひと悶着するとは知る由もなく……。


「そうおっしゃいますが、今は私がいたほうが何かとお役に立てると思いますが?」


「どういう意味だ?」


 視線で人を射殺せそうなリュートに一瞬怯むも王女は踏みとどまった。今、怖いからと言って引くわけにはいかないのだ。祖国で待つ守るべきものの為に。


 双樹国の第一王女である前にジュリと言う名前があるが、リュートは頑として彼女の名前を呼ばなかった。双樹国の王女としてしか呼ぶことが無いのは、”彼女”を一人の女性としてではなく、国としてしか見ていない事を表している。

 それをジュリも痛いほど良く解っていたのだが、分かり切っている上でこの場に来ているのだから、今更そんなに傷付きもしない。

 リュートは知らないかも知れないが、本来縁談が持ち上がったのはジュリではない。ジュリの腹違いの妹のアナスタシアだった。それも縁談の相手はリュートではなくこちらもリュートの腹違いの弟だ。

 リュートは、第一側妃は死ぬ程嫌いだが、弟と妹を憎んでいた訳じゃない。

 だが、そのことは双樹国には伝わっていなかった。

 自業自得なのだがリュート自身、心内を弁解しようともしていなかったから、自国でもリュートが他の弟妹を良く思っていないと考えている者の方が多い。

 その為、ジュリが解らないのも無理はない事だった。


「私は魔力は低いですが、その分知識とコントロール技術においては双樹国の中で右に出る者はいないと自負しております」


 彼女は魔術士としてとても優れていたのだ。

 元々それを餌に自分を売り込もうとしていた。

 リュートは誰もが羨むジュリの容姿には髪の毛一本も惹かれないのだから。


 王宮よりは狭いが、それでも二人きりでは広すぎる店内で、リュートは桜が好きだと言ったその綺麗な眼で王女を初めて本当の意味で真っ直ぐに見つめた。


「今の貴方様には私の力が必要なはず……」


「見返りは何だ?」


 そう感情のこもらない表情で言っている割には、彼女に向けている瞳には嫌悪感が無い。

 あの国にとって、魔術は王女という立場の者が身につけるべき能力では無かった筈だ。それを自ら進んで学び習得するのは並大抵の努力では無い。自身も血反吐履く思いで自らを鍛え上げてきた過去を照らし合わせ、リュートはジュリを嫌い続ける事が出来なくなった。

 これが初めてリュートがジュリを一人の人間として認めた瞬間だった。


 ジュリには皮肉なことだが、策を要するよりもリュートには自身の憂いを率直に伝えていた方が話はスムーズに進んでいた事を知るのは大分先のことである。


「もしも……貴方様の中で私が少しでも役に立つと思って頂けた暁には、叶えて頂きたい事が御座います」


「桜以外娶るつもりはない」


「私の婚姻のことでは御座いません」


「では何だ?」


「それは、今後の私を見て頂いてからお話します。今は私の能力を知って頂きたいだけですので対価は不要です」


「随分と、こちらに有利な条件だな?」


 警戒しながらもリュートはジュリを見定めようとする。

 それがジュリにも痛いほど解っていたから、今はリュートの信頼を勝ち取る事に専念した。


「元々が自国と、大国であるこちらの国では国力が違います。その時点で対等では無いのです。されど不思議に感じたことは御座いませんか?こちらの国にとって私の国との婚姻は利益が少ない。にも関わらず、選り取り見取りな中から双樹国が何故選ばれたのか?……リュート様はお考えになりましたか?」


 ジュリの言葉でリュートは、過去調べ上げていた案件を思い返していた。





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