~第一話〈新たなる人生〉~
―――光が差し込んでから視界全体に拡がるまでそう時間はかからなかった。現在わしは、光に包まれながら相変わらず訳のわからないところに身動き一つとれずにいる。
はぁ、さっきから眩しすぎるんじゃがのう。眼を瞑っても光は主張し輝き続けるためどうしようもできない。
さっきは闇が恐ろしくなったが光も大概じゃの。と我ながら子供じみた我が儘に苦笑してしまう。
「…………――……――――!」
む?なんじゃ?今誰かしらの声がきこえたような…
「………――――!」
またじゃ。。。誰かおるのか!っと声を出そうにも上手く出てこない。もしや子供らが何か言っておるやも知れんな。ということはわしはまだ死んどらんのか?ふっふ、我ながらしぶといのう。
などと思っていると、何やら急にひんやりと冷気が顔にあたるのを感じた。
それと同時に光がさらに強くなり、外の明かりに引き込まれていった……………
「……頑張ってくだされ!奥方様! 」
「うっ……く………か…はぁっ!……」
最初にはっきりと聞こえた声がそれだった。どちらとも女性の声だ。
「もう頭は出て来ております。もう少しです!頑張ってください!」
「はぁ…はぁ………くっ!…………うう……」
どうやら、一人は励まし、一人はとても苦しんでおるようた。
……ん?頭?それにこの苦しみの声に励ましの言葉……
おお!出産か!
何度も立ち会ったことがあるせいかすぐにこの場の状況が理解できた。いやぁ、めでたいのう。
して、わしはどうなっとるんじゃ?なぜか顔の両側面が痛いんじゃが。
「奥方様!お気を確かに!赤ん坊はしっかり挟んでおります。さぁ、もう一度深呼吸してくだされ。」
「ふぅ…ふぅ……ああぁぁぁぁ!…」
むむむ。どうやら母親はとても苦戦しておるようだ。
頑張るのじゃっ!
それにしても赤子を挟む?もしや鉗子分娩か?これは予断を許さぬ状況じゃぞ!
ん?ではさっきから何かに挟まれているような痛みはそれが原因かのう。
ん?んん?んんん?
では赤子とは…………………もしやわしか!!!
「奥方様!その調子です。もうひと踏ん張りですぞ!」
「…はっ…はっ………ああああぁぁぁぁぁ!」
最後の踏ん張りがきいたのか、赤ん坊はするっと出てきてくれた。と、同時にひんやりとした冷気を全身に感じる。
……………うん、わしなんじゃろうな。なんと新しい命をいただくことになるとは。結局ばあさんには会えなんだ………いや、くよくよしても仕方ない。わが新しき人生、なぜか前世の記憶そのままだが謳歌させてもらおう!
「……こ、子供は?」
母親となった女性がとても心配そうな声で尋ねた。
「…分かりませぬ」
生まれたばかりの赤ん坊を抱き抱えながら出産を手助けした老婆も困惑したように首を横に振った。
おお、忘れておった。産声をあげなくてはとても心配になろう。
うむ、しかと刻んでほしい。新しき生命の誕生を。
これがわしの第2の人生の幕開けじゃ!
聞くがよいいいぃぃぃぃぃぃ!!!
「おぎゃああああああああああ」
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うろうろ、うろうろ、うろうろ。
書院造りで立派にたてられた建物の前を男が同じ場所をぐるぐると歩き回っていた。
男の名は京極高吉。京極家の当主である。そのような男が落ち着かない様子で立派な顎髭に手をおきながら同じ場所を行ったり来たりしているのだ。端から見れば、当主のそのような様子に不安を掻き立てられるであろう。
当然ながら、当の本人の胸中は全く穏やかではないのだから仕方がないのだが。
(……うーん、妙のやつ大丈夫であろうか。ばあや曰く今回の初産、ただでさえ妙は身体が弱い上に、予定日よりはるかに遅れているため赤子も成長し通常よりも大きいため難産になるであろうとのこと。
心配だ。赤子もそうだが、妙に何かあれば俺はどうすれば。
妙のいない人生など…………………
いかん、いかん。つい悪い方向に考えてしまう。)
当主たる者、いつ如何なる時も弱い姿勢を見せてはならん。
先代である父の言葉を思い出し、なんとか冷静さを取り戻そうと深呼吸する。
そこへ、ドタバタと妙に仕えている侍女の一人が慌ただしくこちらに駆けてきた。息を乱しながらも、にっこりと微笑む。
「中務少輔殿!おめでとうございます!奥方様、無事ご出産なされました。元気な男児です。」
それを聞いた途端、先ほどの冷静さとやらがどこへやら、一家の主が拳を高く挙げ、飛びはね回るという最上級の喜びを露にしていた。
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「おぎゃああああ、おぎゃああああ」
な、なんじゃ?意図せずに声が途絶えることなくあがってしまうわい。
知能がある時の赤ん坊というのも色々大変そうだのう。
しかし、ここはどこなんじゃ?
眼を開けれないため場所を認識することなど到底できない。
まぁ、新しく命を授かったわけじゃし、おそらく前世のわしの時代よりもさらに未来なんじゃろうな。
……む!?ということは生涯かけて築き上げた京極財閥がどうなっておるか分かるわけか!
我が息子はあの後上手くやったのかのう。栄えるも良し、滅びるも良し。滅びたにしても日ノ本一となり、世界にもその名を轟かせた財閥じゃ。歴史の一部として語られておろう。その時にわしが未来でどういう人物として評価されておるか…………………
ふっふっふ、今後が楽しみじゃのう。
「ふふっ…」
生まれたばかりの赤子がそのような思考を巡らせているとは露知らず、母親となったばかりの女性が可愛い我が子を抱き抱え、そっと頬に手を添える。思わず、喜悦の声が出るほどの悦び。それをしっかりと噛み締め目の前の幸せを愛ででいる。その姿に側にいる老婆や侍女達も自然と笑みがこぼれていた。
「お、お止めください、こ、ここは………………」
そんな心嬉しい雰囲気の中、何やら外がドタバタと騒がしい様子。何事かと部屋にいた者達が思っていると、部屋の襖がバッと開かれた。
「「な、中務少輔殿!?」」
その襖を開けて立っていた人物に全員が驚かされた。
「妙よ!よく頑張ったなぁ!!」
が、呼ばれたその男はニカッと満面の笑みを浮かべ愛しき妻の元へと歩みを進めている。
「中務少輔殿、な、なぜこちらに?」
「お、お、お待ち下さい、高吉様。私は今赤子を出産したばかり。穢れております。ど、どうか、、、」
「何を言う。お前のどこが穢れておるというのだ。」
と、妻や老婆達の静止も聞かず、高吉と呼ばれた男は優しく妻と子を抱き締めた。どうやらわしの父親なんじゃろう。おお、母親に抱かれるとはまた別の安心感があるのう。全てを包み込む優しさと言うたらええんじゃろうか、ほっこりとした気分にさせてくれるわい。
しかし、穢れ………のう。確かに昔は出産はめでたいことであると同時に大量の出血をするため、出産したばかりの時は穢れているとされ、介抱する者以外は部屋に入れずにいたはず。だがそれは昔の者の考えのはず、なぜその話が出てくるのかのう?
………あ、また声が出せそうじゃ。意図せず出るとはしゃっくりか、くしゃみみたいじゃな。
「おぎゃああああ」
「はっはっは、元気に泣いておるわ。妙よ!よく、よく頑張ったな。俺は今日ほど嬉しく思ったことはない!穢れなど気に病むな。今こうしてお前と我が子を抱き締めることができ、どれほど幸せなことか……………」
「た、高吉さまぁ。妙は妙は幸せにございます……無事、子をなすことができ、今……今こうして高吉様に抱かれている。それだけで心が、身体が…満たされるのです……」
おお、妙よ。と高吉がさらに力を込めて抱き締める。
ちょっ、、、苦しいんじゃがの。
しかし、生まれたばかりの赤子に構えなくなるほど、二人はおいおいと涙を流している。
うむ、どうやら善き両親の下に生まれたようじゃ。余すことなく愛を注がれた子は良く育つ。それは100余年生きたわしの経験も言うておる。愛を注ぎすぎて駄目になる例もあるが、わしは問題ないじゃろうて。
ひとしきり泣いた後、二人は幾分か落ち着きを取り戻していた。老婆はじめ侍女達に見られていた恥ずかしさからか、母親の方は顔を真っ赤にしている。うむ、わしからしても恥ずかしいほどの甘い雰囲気を漂わせておったからのう。
父親の方はあっけらかんとしておるが。
「して、子の名前はどうするかな。」
ふと、思い出したかのように父・高吉が呟いた。
「ふふ……実は私とおばば様でもう決めておるのです。子の名は………小法師……というのはどうでしょう?」
「……こぼうし、小法師か!うむ。善き名じゃ!」
互いに満足げな笑みを見せ、息子・小法師を見つめた。
ふむ、悪くない名じゃが、しかしちと古臭くないかのう?まるで出家でもしたような名じゃな。それに小法師といったら会津名物、起き上がり小法師が頭にちらつくわい。
未来におるはずじゃからせめて現代風な名も良いと思ったがのう。わしの前世の名がちと古く、当時は今時の名に少しは憧れたものじゃからだか。無論、光宙だの頼音などは御免被りたいがの。ちなみに当時は海外でも、Merry Christmasちゃんや、Sushiくんなどの名もあったそうじゃが。それを聞いた時は、世の終焉も近いと本気で思ったのう。
おっと脱線したな。まぁ、父の名も高吉、母も妙と言うらしいし、古典的な名を重んじる家系やもしれん。起き上がり小法師如く何度転んでも立ち上がれという意味を込めてるやも。そういうのは嫌いではないぞ。
しかし、老婆などの付き人もおる故、どこか由緒正しい家なのかのう。………そういえば、彼女らは父を中務少輔と呼んでおったの。
……ふむ、心当たりがないわけではないが………そうなるとわしが思っていたのとは色々と事情が異なる。
今の時代や文明、我が家柄等、知りたいこと・知らねばならぬことはたくさんあるようじゃ。
むー、早く成長したいのう………
と、目の前にある溢れるほどの未知なるものに興味をそそられ、ウズウズしてきた。さながら念願かなって手に入れたRPGゲームをやり始める子供の如く。
「しかし、こやつ生まれたばかりというにもう眼が開いておるのか。赤子は皆そうなのかの?」
と、父高吉が老婆に問うた。「そういえば……」「確かに……」、と言った声が母や侍女達からも挙がる。
その問いに対し、老婆は首を横に振った。
「いいえ。何度も出産に立ちおうてございますが、見たことも聞いたこともございませぬ。赤子が眼を開くのは早くとも生まれて3日後ですじゃ。」
そう告げる老婆に一同は皆不思議そうに赤子を見ていた。
ふむ、確か生まれてすぐの赤子の眼が閉じたままなのは、浮腫みが原因か目の周りの筋肉が発達しておらん故に開けることが出来ないからじゃ。稀に生まれてすぐ眼を開く子はそういった原因がない赤子。
医学的に随分前から分かっておるだろうに。知らんのかの?
わしからすればそっちの方が不思議なんじゃが。
ともかく、と老婆は姿勢を正した。
「中務少輔殿、奥方様、此度は誠に祝着至極に存じまする。はや皆にも知らせねば。奥方様はしばらく療養なさらねばなりませぬ。後はこの老婆共にお任せくだされ。」
おそらく女中のトップなのだろう。何でも知っていそうなこの老婆がそう告げ、女中達と共に平伏した。高吉はうむ、あとは任せたぞと頷き、もう一度母とわしを抱き締めたあと部屋を出ていった。
その日、すぐに城の者にも伝えられ、城下町にも祝!京極家の嫡男様ご誕生!!奥方様もご健在!の報が瞬く間に流れ、民達は夜遅くまでお祭り騒ぎだったという。
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時は小法師誕生から少しして……………
《某所》
「……そうか、そうか、嫡男誕生か。それは喜ばしいことよ。さっそく祝品を贈るかのう。」
「はっ!それでは集めてまいりまする。」
家臣からの祝報を聞き、笑みを浮かべている男。今後、この男が小法師こと晴英にどれほど影響を及ぼすことになるか。無論、誰しもが知らぬこと。善きことか悪しきこととなるか。結果は神のみぞ知り得ることなのかもしれない。
一度頭を下げ、部屋から出ていった家臣の背中を見送った後、その男は今後の展望を頭に描いていた。
(……さて、此度のこと。彼らにとって吉とでるかどうか。その結果次第で、我らの未来も決まろうて。願わくば友に、京極家に再び栄華があらんことを。)
小鳥が囀ずる庭を見ながら、男は物思いに耽ていった。
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《とあり城の一室》
「……ああ、聞いとるぞ。ふん、落ちていく家のことなんぞ興味はない。跡取りが生まれたとてどうにもならんだろう。捨て置け。」
こちらは先程とは対照的に、祝うこともなく悪態をついている。
「そうですな。元々滅び逝く運命にある京極家です。嫡男ができたとはいえ、変わることはないかと存じまする。」
かの者に報を伝えた者も同様の態度を見せる。
「それよりも、これからの脅威に眼を向けねばならん。わしはいつまでも従属の立場におるつもりは毛頭ない。だが今の弱腰の主君ではそれは叶わぬ。我らも動かなねばなるまい。」
「……おお、遂にですか。分かり申した。拙者も最善を尽くしましょうぞ。まずは、他の者も集めねば。」
では、と報を伝えた者はササッとその場を離れていった。
報を受けた者は顎に手を置き思案する。
(このままでは我らは衰退し、いずれは滅びるやもしれん。京極家の嫡男ならいざ知れず、我が嫡男様は武勇溢れた御仁。あのお方こそ我らが真にお仕えすべき人なのだ。さて、今後のことを皆にも相談せねばな………)
――――晴英にはまだ知らぬこと。己の新しき生がこれほどまで注目を集めていることを。新しき人生が今後世界に計り知れない影響を与えることを。世界の歯車は壊され、再築され、再び回りだす。その中心にいるのは果たして誰なのか。それは皆分からぬこと。ただ一つ言えるのは、安定の中に現れるイレギュラーは必ず弾かれるか、新たな安定を及ぼすか。世界はただ傍観するのみである。
更新が遅れ申し訳ありません。
不定期ですが、放置することはなく少しずつ更新していきます。
今後とも宜しくお願いします。