34 家族会議の後 後編
皆食堂を出て行き残ったのはマリー、ノーラ、メリザの三人だけになった。
メリザが手慣れた感じで冷えたお茶を入れ替えてゆく。
ノーラがお茶を一口啜りマリーに話しかける
「姉さんも大変ね。厄介ごとに巻き込まれて…」
マリーはノーラの方を見ずペンを動かしながらしゃべっている。
「手紙少し待ってね。今書いているから…それからあなたも巻き込まれたのよ。分ってる?」
ノーラは嬉しそうに答えを返した。
「解ってるわよ。でもAランクの魔物と戦えるって…血が滾るわ。」
マリーは呆れながら言葉を返す。
「あーあなたもミュラー家の人間ね!嫌になるわ。」
ノーラが不用意にマリーに戦いの感想を聞いた。
「ブラディーグリズリー戦は楽しかった?」
マリーは本当に怒ったように目をむいてペンを止め叫んだ。
「楽しい訳がないでしょ!あのジークが心底怖がっていたんだからね!家のジークはねどこかの猪武者と違うのよ!恐怖もきちんと知っているの。ブラディーグリズリーの時も最初は何とか逃げようとカールを説得する様に動いてくれていたんだから…今回のことだってあの子カールを心配して…」
言葉を詰まらせ泣きそうな顔で言葉を続けた。メリザの顔も伏し目がちだ。
「自分から興味本位でAランクの魔物にちょっかい出すような馬鹿じゃないのよ!あの子なんて言ったか覚えている?『作戦終わったら俺死ぬかもしれないけど許してね。みんなは生き残ってもらうつもりだけど…』って言ったの!あの子は最悪自分一人で全部あの世へ持って行く気よ!そんな事親として許せますか!冗談にも今回の遠征を楽しいなんて言わないで!」
メリザがすがるようにマリーに話しかける。
「マリーわたしくしもついて行く訳には行きませんか?できることならついて行きたいです。ジークのことです絶対無茶をするはずです。その時そばにいて止めないと、守ってあげないと…もうあんな思いはしたくないんです。」
うな垂れるメリザにマリーは返す。
「メリザがついて行ったらジークは私に『残れ』って言うわよ!私もあんな思いもういや。五日間も眠り続けるジークを見守るだけなんていやよ。それでもついてくる?メリザ。」
暫く黙考した後一言。
「今回は我慢します。」
二人の会話に酷く打ちひしがれて呟くようにぽつりとこぼすノーラ
「ごめん。姉さん。メリザ」
マリーが気を取り直してペンを再度動かし始めながらノーラに忠告する。
「それからね!言っておきますが今回の遠征で魔物相手だとあなたが最弱よ!ジークの足を引っ張んないでね!」
ノーラは喧嘩を売られたヤンキーの様な顔で言い返す。
「ハア?いやいや。流石にジークは赤ん坊だし…Cランクの冒険者たちもいるし…」
マリー呆れ顔でノーラに突っ込む。メリザも呆れている。
「あーやっぱりなめてた!さっきの話聞いてなかったの?ジークはブラディーグリズリーを瞬殺できるのよ!LVは確か七くらいだったけど…ユリウスくらい大きくなれば剣でもあなたを圧倒するわね。下手するとビアンカくらいの年には…」
言葉をいったん切りお茶に口をつけ、ふーとため息をついた後話を続けた。
「それから一緒に行く冒険者だけどLVは40前だけど実力はランクBクラスよ!堅実な動きをしていたわ!だからね。ジークが連れて行く気になったのは…フランツを連れて行かなかったのは多分実践から離れているからね。お義父さんの実力を見抜いたとき『身のこなし』って言っていたこと覚えている?その辺もきちんと見ているのよ。あの子は…それを考慮するとあの子が考えている不安要素はカールとあなたね。ジークに愛想着かされない様に精々命を大事に頑張りなさい。あの子自分の命以上に他人の命大事にするから気を付けてね!」
ノーラはまだ信じられない顔で食らいつく。
「そんな事…あるの?カールが足手まといって?あるの?」
マリーは何てことない様に答える。
「あるのよ!カールは今LV53よ。でもねジークが言うには対人戦闘特化タイプで魔物戦には向いてない戦い方だって…オットーも対人戦向きだからケインとアナベルの方が安心してみていられるって…」
ノーラは心底打ちひしがれた表情で言葉を絞り出す。
「ガーン!もしかして私も対人戦特化かも!だって騎士同士の稽古ばっかりだし、魔物と戦う時も集団戦想定しての連携重視だし…」
マリーは夫のことだから言いたくなさげにそれでも話を続けた。
「カールは突っ込んじゃうからねぇ。回りもあまり見てないし…そういう意味で不安要素なのよ!」
ノーラはまだ信じられない様子で聞いてきた。
「それじゃあジークは将軍や騎士団長の視点で物事を考えているってことじゃない?」
マリーは何の感慨もなく肯定する。そして一仕事終えた。
「そうなるわねぇ。はい。女王様宛の手紙かけたわ。よろしくお願いね。」
ノーラは手紙を渡され意識がそっちに取られたみたいで別の質問を口にした。
「はーい。持って行くわ。ところでジークに女王様と友人だって言ってあったんだ?」
マリーはマジ顔でノーラに言葉を返す。
「そんなの言ってないわよ!ヒルデと友人っていうのは知っているけど女王様とのことなんて一言も言ってないわよ!」
ノーラがマリーに食って掛かる。
「じゃーなんであの場で普通に女王様に上進してなんて言えるのよ!」
マリー軽く受け流してジークの賢さが理解できたか?と暗に聞く
「予測していたんじゃないの?少しは分ってきた?ジークの思考が…」
メリザはお茶を飲みながらうんうんと頷いている
ノーラは諦めたみたいだ。
「私じゃ太刀打ちできないってことが良く分った!」
マリーが皮肉とも激励とも取れる言葉をノーラに送った。
「だからね、足引っ張んない様に、怒られない様に頑張ってね!」
ノーラは両手を挙げて降参を示すように頷いた。
「わかった。取り敢えず手紙届けて来るよ。姉さんも大変だねぇ。」
マリーはケルナー辺境伯宛ての手紙を書き始める前にお茶を飲んで気合いを入れる。
「普段は大人しくていい子なんだけどねぇ。親として頑張らないとね!」
メリザがそばでニッコリ笑っていた。
◇◇◇
軍務卿宅へ向かう馬車の中これからの根回しをどのようにするか義理の親子は話し合っていた。
「ジークのことは話しませんよね!」
フランツがオイゲンに念を押す。
「当たり前じゃ。なんとしても隠さねばならん。」
オイゲンは必死だ。
「マリーに突っ込まれて、マリーの策に乗ったことにする。Aランク魔物を狩って回ることも軍務卿には内密だ。じゃないと、また利用されかねん!」
オイゲンが言うとフリッツが溜め息交じりに呟く。
「また、宮廷が荒れますな…」
オイゲンが獰猛な笑みを浮かべて言い聞かせた。
「荒れるが我が家に取ってはかなりチャンスじゃ!跡取りのお前たち夫婦は王都で安全に工作していればいい。儂がカールと一緒に第一功をあげることになる。その後お主が予定通りに軍さえ動かして沈静化すれば恩賞は間違いない。第一師団内で失却する南派閥に対して大きく発言権を得るじゃろうて!ふっはっはっはジーク様々じゃわい。なので軍務卿には大筋は知られてもジークに纏わることは絶対に漏らしてはいかんのじゃ!わかったな!」
「心得ておりますお義父さん」
ニヤリと笑って答えるフランツだった。
◇◇◇
バルト家へリーナを送る馬車の中カールは大きく肩を落としていた。
それはそうだろう散々英雄だとか持ち上げられてきたことが全て息子の、それも赤ん坊のお蔭だったのだから、完全な道化である。それも知らなかったのは自分だけ。落ち込むのも無理はない。
そんなカールにリーナは声をかける。
「カールあなた落ち込んでいるけどちゃんと父親のやるべきことをやっていたのよ!ちゃんとジークを守っていたのよ!」
首を傾げて分っていない素振りを見せるカールに丁寧に言葉を続けるリーナ。
「ジークが魔物を倒したことを知られたら大変なことになっていたわ。英雄どころの話じゃないのよ。逆に悪魔の化身として殺されていた可能性もあるの。それを守ったんだから道化でもいいじゃない。」
言葉を切ってカールに考えさせる。飲みこめた頃合いを見計らって話を続けるリーナ。
「それよりもこれからよ!あなた達は大きなうねりに巻き込まれるは。これは確定事項。今のあなたじゃ家族を守れないわよ!突っ込むだけの猪武者は卒業しなさい。回りを注意深く観察し、智慧をつけてきちんと考え、一歩引いて周りを守るの。時には後ろでドンと控えて心の支えになり、時には最前列で敵の刃を受け止め蹴散らしていく。それがAランク冒険者であり本当の騎士団隊長のあり方じゃないの?」
また言葉を切って考えさせる。そして続ける。
「子供達は日々成長しているわ!あなた子供たちに負けていいの?あなたも成長しないと直ぐに追い越されるわよ!偉大な父になりなさい。あなたの命を救ってくださった義父のラインハルトの様な偉大な父に!」
カールの目に光が灯る。背筋が伸び、イケメンが戻ってきた。
リーナが最後に勇気づけるように優しく話す。
「次の旅は過酷なものになるわ。あなたの行動が生死を分かつことになるかもしれない。しっかり見て考えて行動しなさい。そしてマリーとジークを守って帰ってきなさい!」
「分りました母さん!皆で生きて帰ってきます」
カールが完全復活していた。
母は偉大だった。
読んでくださってありがとうございます。
活動報告にも書きましたが前半部分少しいじりました。
特にあらすじには関係ないと思いますが
宜しくお願いします。




