閑話 メイドは見た。Ⅵ
メリザ編最後です。
今私は甜菜とか言う蕪を煮出して絞った残り汁をコトコト煮詰めているところです。
甘―い香りが充満し、トローッとしてきた蜜をペロリとすると天上の甘露というのはこういう物かと思うくらいおいしいのです。
後輩のニーナと一緒に顔をほころばせながら、マリー達が辺境伯邸に御呼ばれしている間この作業を行っていますが、摘まみ舐めができるので許します。
これを教えてくださったのはこの春に生まれたばかりの赤ん坊のジークフリード様なのですがもう驚きません。
あの方はとにかく規格外なのです。
煮詰めるのに時間がかかりそうなので昔話でもしましょうか。
◇◇◇
マリーが王都の貴族学院に通う時、わたくしも王都のメイド学校に入学させていただきました。
それも、御領主様直々にご下命くださり費用なども全額負担してくださいました。
家臣冥利に尽きるとはこのことです。
本当にルーデ様やラインハルト様には感謝のしようがありません。
王都では学校に通う傍らマリーのお守もしていました。
マリーは王都に着くなり冒険者登録するんですから堪ったものじゃありません。
ただその時に出会ったカール様はマリーの旦那様になり、カールの従者をしていたオットーと私が結婚したのですから不思議なものです。
ちなみに成り染はカール様がマリー様をナンパして、気に食わなかったマリーがボコッたのが切っ掛けです。
縁とは不思議なものでカール様とケルナー辺境伯家の令嬢のブリュンヒルデ様が同じパーティだったのには驚きました。
カール様をからかいながらわたくし達をパーティに誘って貰えたのは運がよかったのです。
Bランク冒険者でお目付け役としてリーダー兼指導係をしていた、経験豊富なアンナ様に指導していただけたのは、王都での経験の中でも最も貴重な一つでした。
お蔭さまで自分達で言うのもなんですが、私達パーティはバランスも良く優秀だったのです。
王都の冒険者ギルドでは子供のくせに周りから一目置かれる存在になっていきました。
勉学に勤しみ、色んな冒険もし、淡い恋心も経験しました。
そんな楽しい王都の学生生活もマリーの卒業と共に終わりを告げます。
さらに、悪いことに帝国との大戦が勃発しラインハルト様が戦地で帰らぬ人になられました。
ラインハルト様は『百人斬』の二つ名を継ぐにふさわしい剛の者でした。
ある上級貴族の失態で劣勢に追い込まれた王国軍は一時後退し再編することになりました。
その時、殿を守っていたカール様が、取り残され窮地に陥ったのです。
そのことを知るとラインハルト様は何を思ったのか、単騎駆けで敵陣に乗り込み気を失っていたカール様を救い出されたそうです。
深手を負い、気を失って尚、カール様が転げ落ちない様に馬にしがみ付いていたそうです。
無事カール様をすくったラインハルト様の五千の軍勢に対しての単騎駆けは、無傷ですむはずがありません。
その時負った深手により落命されてしまったのです。
但し、そのことはカール様に従軍していたオットーとオットーから話を聞いたわたくしとルーデ様の三人だけの秘密です。
そんな出来事を乗り越え無事ご結婚され家督を継いだマリー様も今年で四人の子を持つ母になられました。
本当に時とは流れるのが早いものです。
◇◇◇
そういえば前回はブラッディグリズリーを倒したところまでお話ししましたね。
熊を倒して、暫くするとジークは眠ったみたいです。
いつの間にかカールの傷も治っていました。
「ふー」溜息しか出ません。
男たちはリーゼ達のお迎えと箱馬車や猪肉を取りに行きました。
昼前には戻ってきたので肉の沢山はいったスープを作りました。
レッドグリズリーの解体もしなければいけませんしお酒はお預けです。
ケインとアナベルは辺境伯領に連絡に行きました。魔物の素材を乗せる荷馬車も借りて来るように頼んであります。
ジークはお昼を過ぎても目を覚ましません。
お腹が空いてれば目覚めるかと思いマリーと相談して乳首を口に含ませます。
目を開けずに「ちゅう、ちゅう」吸っているので問題はないでしょう。
器用なことをする子です。
夕方近くにケインとアナベルが五人の騎士と荷馬車を二台連れてきました。
騎士たちはシュタート男爵領への伝令だそうです。
荷馬車も増えたので魔物の素材も積み込めます。
素材を売ればいい臨時収入です。マリーと一緒に顔を綻ばせます。
騎士達とマリー達が情報交換をしている間夕食の準備をしましょう。
さて今夜も肉祭りです。香辛料があればおいしくなるのですが…
騎士によって「この先に脅威となる魔物はいない」と聞き従士のタガが外れました。
完全に宴会騒ぎです。騎士達も魔物討伐を確認して浮かれています。
勝利の立役者のジークはまだ目を覚ましません。
熱が上がってきたみたいです。
出発してからずっと無理をしていたのですから仕方がないのかもしれませんが心配で仕方がありません。
今夜はマリーと交代で寝ずの看病です。
夜中ジークの頭の濡れタオルを変えていると悲しそうな声で涙を浮かべて何かつぶやいています。わたくしの知らない言語でしょうか?
「GOMENNE KAASAN GOMENNE…」
こんな悲しそうな、こんな切ない、こんなに魂を揺さぶられる声初めてです
つられてわたくしも涙ぐみながらつぶやきます。
「わたくし達大人が頼りないばかりに、ジークに無理をさせてしまってごめんね。お願いだから目を覚まして。』
夜が明けてもジークは目覚めません。
ケルンブルクに出発します。いつもの籠に寝かせて側に付きりで馬車に乗り込みます。
夕方になり村につきました。酷いありさまですが、夕食の準備とジークの看病で気にする余裕はありません。
夜中についウトウトしていたらうめき声が聞こえます。
「KAISYA IKANAKYA。NIGETYA DAMEDA…」
ジークの本当に苦しそうな、呻くような声にハッとします。
どんな夢を見ているのでしょうか?大人でもこんなに苦しそうな声は出しません。
もう神様に祈るしかわたくしにできることはありません。
「神様、どうか、どうか、ジークを無事に目覚めさせてください」
それから、二日経ち、ケルンブルクに着きました。
宿屋に入りやっとジークをベッドに寝かせます。ゆっくり看病が出来ます。
熱は下がって呻き声はなくなったモノの未だ目覚める様子はありません。
マリーも魔物騒ぎとカールの英雄扱いのせいでかなり憔悴しています。
ありがたいことにニーナも看病に加わってくれています。
リーゼもユリウスもビアンカもカールも従士達も皆心配しているのですから、早く目を覚ましなさいジーク!
翌朝ニーナの叫び声が響き渡ります。
「若奥様ぁ、ジーク様が、目覚めましたぁー」
ドタドタといくつもの足音が響きます。
みんな一斉にジークのもとに集まりました。
マリーの瞳から涙が零れ落ちています。
「ジークー」叫んで抱き上げます。
ジークの顔をよく見たいのになんだか霞んで良く見えません。
リーゼは鼻を啜っています。
「本当にジークが目覚めて良かったわ!熱をだすし、眠ったままでうなされているし…あれから五日も経つのですからね!もう目を覚まさないのではないかと心配で、心配で…でもよかった~目が覚めて…」
マリーが一気に捲し立てました。
暫く静寂が続きます。でも皆ほっと安心して穏やかな静寂です。
「ママン、まんま」静寂を破りジークが呟きました。
あ~やっぱりジークでした。全てが霧散し肩の力が抜け、わたくしプっと吹き出してしまいました。わたくし達の心配を返してください。
つられて回りも笑い始めてしまいます。
「ジークらしいですわ。」リーゼも肩をすくめて呆れています。
早速お乳を飲んで、お腹いっぱいになっても寝かせません。
リーゼ、ビアンカ、ニーナにすごく心配かけたのですからサービスしなさい。
ジークを囲んだお茶会でジークは一生懸命に愛想をふりまいています。
◇◇◇
昼をすぎて時間があるのでみんなでバザーに行くことになりました。
バザーに行くと皆は大はしゃぎです。ジークが何やら果物や野菜をおねだりしています。
種を買ったものもあります。
その中の一つが今調理している甜菜なのですが…
何故こんなことを知っているのか不思議です。
神の申し子なのでしょうか?
今日は朝からギルドに行って辺境伯邸に御呼ばれに行っています。
また、やらかして問題を起こしたり、寝込んで帰ってこなければいいんですが…
これからもジークに振り回されるのかと思うと爵ですがなんだか楽しみでもあります。
すごく心配なことも…
ミュラー家にこれからお仕えするだろうわたくしの娘達。
ジークに振り回されることを思うと少し不憫です。
今から生贄用の男の子でも生みましょうか?でも女の子だったら…
まあ、こんなおいしい蜜も作れるのですから悪い事ばかりではないのかもしれません。
ジーク早く帰ってこないかしら…
読んでくださってありがとうございます。
書くのは難しいですね。
しゃべらすつもりがないキャラがしゃべったり
出かけるつもりのなかった旅に出かけたり
プロット大切です。
と言うことで少しお休みさせてもらいます。
よろしくお願いします。




