未来へ
九月二十三日。
シルバーウィーク最終日。
ウォッグの面々は、業務を一般人の警備員に引き継ぎ、荷物をまとめてカットエッジの裏口から出てきた。
「あぁ~……ここで勤務して半年近くなのに、数年近くは働いていた気分だわぁ」
「奇遇ね、私も同じ気持ちよ」
そう呟く四辻と狼奈を見て、思わず苦笑を浮かべてしまった。
五日間しか働いていないのに気持ちが分かるとなると、彼女達の抱く疲れは相当大きいものだろう。だけど、彼女達ならば、明日辺りにはまた完全復活していそうな気がするのは、自分だけだろうか。
「質問です、芦那雅生はこれでアルバイトが終わるわけですが……今後の進路はどうするつもりで?」
突然の瑠羽の問い掛けに、考えるように首を傾げた。
「あぁ、そうだな。進路……進路、か……確かに、いい加減にもう決めないとヤバイかもだし……」
「あ!そうでした。芦那さんに、これを渡しておこうと思ってたんです」
すると、世理がこちらに近寄りつつ、手のひらサイズの紙切れを両手で丁重に手渡してきた。
「名刺……?」
そこには、(株)コモンドレート、宮園世理、更に就業場所住所と携帯電話が書かれていた。
「今回のアルバイトを通して、もし、少しでもコモンドレート、もしくはウォッグに興味が湧いたら……いつでも、その電話番号に連絡してきて下さい」
「……!」
思わず驚きつつ、その場にいる覚醒者達の顔を見渡した。
ただの一般人が加入の意思を示すことを、覚醒者達はどう捉えるのだろうか。そんな考えが浮かぶが、何も心配はなかったと、直ぐに安心することになる。
「お姉さんはいつでも歓迎よぉ。まーちゃんとは色々と楽しいお話が出来そうだし、ねぇ」
「物覚えややる気に関しては首を傾げるところはありますが、敢えて言っておきましょう……賛成します」
四辻は相変わらずの笑みを浮かべ、瑠羽は無表情のまま明確に賛成の意を見せてくれる。
続けて狼奈を見ると、彼女は一度そっぽを向いてから、こう言った。
「まぁ、あんたからは色々なこと教えてもらった。そのお礼もまだ返していないし、今更私が反対する理由もないから、来るならさっさと来て欲しいわ。だけど、その前に一つだけお願い。あの剥離者の男に会ったら、こう伝えて?『次会った時は、必ず半殺しにしてやる』ってね」
「お、おっす!命に換えても絶対に伝えるっす!」
あの男……一体何をしでかしたのだろうか。
何やら恐ろしげな憎悪感を受け取ってから、反射的に敬礼を返す。
すると、世理が微笑みながら、こちらの腕に手を添えてきた。
「この通り、反対する人は、覚醒者の中にただ一人もいません。これは、芦那さんが自分の力で築き上げた絆だということ……それを決して忘れないで下さい」
「……あぁ、忘れないよ」
忘れる訳がない。
人間とは、誰かと共に育つもの。
時には衝突することも、わかり合えないこともあるかもしれない。
しかし、それらを経た上で、人との繋がりは強固なモノとなり、共に強く成長していくのだ。
それを、ウォッグというチームが教えてくれた。
「それでは、芦那さん────ウォッグ一同、あなたの入社を心からお待ちしています!」
世理達の激励を得て、再び日常へと戻る。
だが、その前に。
人生を教えてくれた最強の守護者達へ敬意を払い、激甚な一週間を締め括るとしよう。
「五日間、お世話になりました!」
深々と頭を下げて、最後の挨拶を交わした。
それから、ウォッグの四人に向かって手を振ると、背を向けて歩き始める。
「さて、と。まずは、あの馬鹿に姫々島の伝言を伝えるとするかな!」
そして、芦那雅生は今後の進路に希望を託しながら、再び元の学校生活へと戻っていった。
「それで、隊長?昨日の夜は結局どうなったわけ?」
「あ、あぁ、それは……えっと……その……どう答えましょう……」
唐突に照れ臭くなって頬を掻く。
「おやおやぁ?世理ちゃん、その顔はあれだねぇ?恋する乙女ってやつかなぁ?」
「四辻さん!か、からかわないで下さい!だけど……彼からはこうして明確な意思を受け取りましたから」
ポケットから取り出したのは、彼から受け取った四つ折りの紙切れ。
狼奈がそれを受け取り広げて見ると、訝しげな顔になって首を傾げた。
「……ん?雇用契約書?何でこんなものをあいつが持っているの?」
雅生がウォッグに危険を感じた時、いつでも辞めることが出来るように、と渡したものだ。具体的に考えるのならば、繋がりの糸を断ち切るハサミの様な物だと考えれば良い。
それを彼の意思で返してきた、ということは……“繋がりは断たない”と言ってくれたも同然なのである。
「それは……私と、芦那さんの秘密です」
「ふぅん……?」
「ところで、大変よぉ。瑠羽ちゃんがスリープモードに入ったわぁ」
「いやふざけんじゃないわよ!あいつが寝ると丸一日は起きないでしょうが!全力で叩き起こしなさいッ!」
宮園世理としての新しい夢。
それは、何者にも代え難い大切な人と手を取り、世界の全てを守り通すことだ。
「────待っていますからね?」
彼と共に歩む時が来ることを願い、また一歩未来へと足を踏み出すのだった。
それから半年後。
未知なる脅威を相手に、黒い警備服に身を包んだ二人の少年と少女が肩を並べ、共に全世界を駆け回ることになるのだが────。
それはまた別の話だ。




