繋ぎの証
最後に一緒に行きたい場所がある。
そんな世理のお願いで、彼女を背負いながら、カットエッジから少し離れた公園へと赴いた。
すべり台やブランコ、砂場に、一本の木が立っている、平凡で小さな公園だ。
夜が更けている為、人の気配は一切感じられず、公園内を照らす一本の電灯が唯一の道標になっていた。
「あの木って、桜の木なんですよ?春になるととても綺麗なピンク色の花を咲かせて、この小さな公園を鮮やかに彩ってくれるんです」
世理は背中から真っ直ぐに手を伸ばし、緑の葉が茂る木を指差した。
「桜かぁ。俺はあまりこっちに来たことはなかったからな……」
「私にとっては思い出の地です。ここで、私の全てが変わった……芦那雅生さん、あなたと出会った、その時から……」
「……!」
そうだ、十年前のあの時。
偶々学校から遠回りをして帰った時に、この公園に立ち寄ったことがあった。そこで世理と、いや、覚醒者として揺れていた理世と出会い、イジメから救い出したのだ。
「あの、ここで降ろしてもらえませんか?」
公園の中央まで歩いていくと、世理が肩を叩いてきた。
「え?でもお前、足が……」
「今は気を張り詰める必要もありませんから」
「あ、そっか、《不可侵領域》を使えば、とりあえずは大丈夫なのか」
ケウクを相手にした時も、折れた手首をそれで補強し、動かしていたことを忘れていた。
世理は自身の手首と足を撫でると、ゆっくりと地面に足を降ろす。
それから一歩、二歩、とこちらから離れると、両手を後ろに組みながら改めて向き合った。
「私がウォッグとして生きる理由をくれたのは、芦那さんでした」
「……!俺が?」
「はい。人は誰かを見下し、人の上に立つことで生きる意味を見出す……少なくとも、あの頃の私はそう考えていました。ですが、そんな歪んでいた私を、芦那さんは助けてくれた。純粋に、助けたいという心で、他人である化け物の為に、身体を張ってくれた姿は、今も私の脳裏に焼き付いています」
「…………」
世理は目を瞑り、緊張の糸を解くように大きく深呼吸をする。
そんな彼女の様子を雅生は黙ったまま見つめていた。
「だから、私は決意したんです。もし、覚醒者達が私と同じ心を持ってしまったら、頼るべき人が居なくなる。だからこそ、私が彼らを守り、助けられる存在になる、と……!」
「……それが、宮園と、ウォッグが生まれたきっかけだったのか……」
当時は十歳にも満たない少女が抱いた、壮大過ぎる夢。しかも、彼女は子供の頃の儚い夢で終わるのではなく、今もこうして実行し続けている。
生半可な覚悟では、絶対に出来ない。
それほどに、彼女の意志は固かったということだ。
「私にとって芦那さんは永遠の憧れであり、理想のヒーロー像でした。それが、今回のシルバーウィークを通して、改めて実感したように思います。狼奈さんの闇を救った時も、鎌鼬やケウクさんと対峙した時も、そして、私を理世から引きずり出してくれた時も……大切なのは、絶大な力でも、圧倒的な能力でもない……心を信じることだと教えてくれた」
彼女が口にする言葉の一つ一つが、心の奥底へとぶつかり、揺れ動かしていく。
そして、現在彼らが抱える心の突っ掛かりが、遂に姿を現した。
「そんな芦那さんだったから……優しくて、強くて、憧れた人だったから……私は、嫌われたくなかった……ッ!」
「……!」
一瞬、槍で身体を貫かれたのかと思った。
彼女が浮かべる申し訳なさそうな顔が、こちらにとっては動揺を生み出す要因となっていたからだ。
「私の自分勝手な感情のせいで、芦那さんを傷付けてしまって……申し訳ありませんでした……っ!」
恥じらいもなく、深々と、頭を下げた。
「……っ……」
違う、それは違う。
それを言うべきなのは、お前ではない。
こんなぎこちない空気を作ってしまった、全ての原因は……。
「あ、はは……ごめん、なさい……少しスッキリ、しちゃいました……」
見れば、世理の目尻には薄らと涙が浮かんでいた。
彼女は目元を指先で拭いながら顔を挙げると、今にも消え入りそうな弱々しい笑顔を浮かべる。
そんな彼女を見て決心する。
そして、重く閉じられた口を開いた。
「謝るのは、俺の方だ」
「え?」
「俺は自分に自信がなかった。夢も、目的もなくて、ただダラダラと過ごす日々の中で、お前と出会って、衝撃を受けたよ。俺と同年代なのに、こんなに凄いやつが居るのか?壮大な戦いの中心に立てるやつが居るのか?って」
「そ、そんな……私は、そんなに大層な人間では……」
「そんなお前を目の前にして、嫉妬しちまったんだ。何故、自分ばかりがこんなに情けなくて、お前ばかりがこんなに輝いて見えるのかって……」
そう、弱かったのは自分だった。
人から見て積極的に映るのは、そうしていれば自分の弱さが隠れた気がして、心地が良かったからだ。
所詮は、子供のやることだと、自分の心を偽りながら。
そうやって、現実や、彼女の光と向き合うことが恐くて、ずっと目を逸らしていたのだ。
理想を見るばかりで、実行に移すことをしなかったことを悔やみ、自分の胸元を強く握り締めた。
そして、勇気を振り絞り、真っ直ぐに世理を見つめると……。
「自分の嫉妬心ばかりを前に出して、無責任にも、お前を傷つける言葉を口走った。お前がこんなにも俺のことを信じてくれていたのに、俺は応えることすら出来なかったんだ……だから、本当にごめん……!」
彼女と同じように頭を下げて、心の底から謝った。
これで、少しは彼女への償いになっただろうか。
「あ、芦那さん……!辞めて下さい!頭を、挙げて下さい……!」
世理の声を受けてゆっくりと顔を挙げると、彼女の困惑した表情が目に入った。
だから、決意する。
今こそ、自分の本音をさらけ出す……一世一代の勇気を振り絞る時だ、と。
「宮園は、いつも勇気を振り絞って行動を起こしてくれていた。だから、次は俺が、勇気を振り絞って行動してみるよ。お前に、宮園世理って女の子に、いつの間にか惹かれていた、一人の男として」
「…………え?」
世理は一瞬、キョトンとした顔で首を傾げた。
「もし………もし、こんな俺でも良いのなら、これを受け取ってくれないか?」
ポケットの中から、綺麗に四つ折りにされた紙を世理に渡した。
彼女はよく分からない、といった様子で紙を受け取り、ゆっくりと開いていく。
その内容を見た時、突然顔色が変わった。
「これ、は…………あ、あぁ……っ!」
どうやら、ちゃんと伝わったようだ。
改めて覚悟を決めると、世理へと自分の手を差し出してから、こう言った。
「十年間も、待っててくれてありがとう。こんな俺なんかに、前に進む意味を与えてくれてありがとう。宮園、お前に出会えて、本当に良かった。だから、聞いても良いか?これからも宮園と共に、一緒に居させてくれ」
世理の反応は、早かった。
一筋の涙を流して、これまでに見たことがない笑顔を浮かべると……。
「……は、い!勿論、です……!」
しっかりと、こちらの手を握り返してくれたのだった。




