第53話 接触
ーーその日の夜。
寮の部屋は静まり返っていた。
制服から寝間着に着替え、ベッドへ腰を下ろす。
そろそろ眠ろう。
そう思って窓へ目を向けた、その時だった。
森の方で、何かが一瞬だけ光った。
魔法の光。
それも、ごく弱い。
「・・・?」
訓練中の誰かだろうか。
いや、この時間に校内で魔法を使うことは禁止されている。
私は無言で立ち上がり、窓を開けた。
冷たい夜風が頬を撫でる。
もう一度。
今度は少し奥で、淡い光が瞬いた。
・・・なに、あれ?
私は静かに部屋を出た。
寮を抜け、人気のない森へ入る。
足を進めるたび、学校の灯りは遠ざかっていく。
やがて、小さな開けた場所へ出た。
「来たか。」
低い女の声だった。
黒いローブをまとった人物が、木にもたれるように立っている。
フードが深く被られ、顔は見えない。
「・・・誰?」
「名乗る必要はない。」
女はゆっくりとこちらを見る。
「今日は敵として来たわけではない。」
私は無言で距離を取る。
相手から魔力は感じる。
強い。
エレオノール先生にも匹敵するかもしれない。
「警戒するのは当然だ。」
女は小さく笑った。
「だが、私は君を傷つけるつもりはない。」
「・・・用件は?」
「勧誘だ。」
あまりにもあっさりと言われ、私は一瞬だけ目を瞬かせた。
「私たちは『境界融和派』。」
昼間、授業で聞いた名前。
「人間と魔女が共に歩める未来を目指している。」
「・・・。」
「今の魔女社会は間違っている。」
女は静かな口調で続ける。
「人間を恐れ、境界を築き、互いを憎み続ける。」
「その結果、何百年経っても何も変わらない。」
風が木々を揺らす。
「君ほどの才能があれば、世界を変えられる。」
女が一歩だけ近づいた。
「どうだ。」
「私たちと来ないか。」
私は少しだけ考える。
けれど、その答えはすぐに決まった。
「断る。」
女は驚かなかった。
「理由を聞いても?」
「あなたを知らない。」
短く答える。
「知らない相手は信用しない。」
数秒の沈黙。
やがて女は、小さく笑った。
「なるほど。」
「教師たちが気に入るわけだ。」
私は表情を変えない。
「だが、一つだけ覚えておくといい。」
女の声がわずかに低くなる。
「学校が教える『正義』だけが真実ではない。」
「歴史は、勝者が作る。」
以前、ベルナデット先生が口にした言葉と同じだった。
私はわずかに目を細める。
「君はいずれ知る。」
「誰が嘘をつき、誰が真実を隠しているのか。」
女は踵を返す。
「待って。」
思わず声をかける。
「あなたたちは、本当に人間と仲良くしたいだけ?」
女の足が止まる。
しばらく沈黙が続き――。
「もちろんだ。」
そう答えた声は、どこか笑っているようにも聞こえた。
「そのためなら、多少の犠牲は必要だが。」
その一言だけを残し、女の姿は夜の森へ溶けるように消えた。
「・・・。」
私はしばらくその場に立ち尽くす。
多少の、犠牲
その言葉だけが、夜の静けさの中で妙に重く耳に残っていた。




