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極限報道#72  時速100行で書き上げる 50億円の迂回も盛り込む

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は、夜回り先の鏑木警部補の自宅マンションを出た。

 そのままマイカーで新聞社まで行き、近くの駐車場に車を停めて社会部の自分の席に座った。


 午前3時半を回っていた。まだ、ぽつぽつと社会部員が残っていて、それぞれの机で仕事をしていた。


 大神はすぐに記事を書き始めた。


 「防衛戦略研」の内実を告発する記事がいったんボツになって以後、やる気をなくしたふりをしながらも、綿密な取材を重ねてきた。新しいデータや証言をふんだんに盛り込み、より鋭く、強い調子の原稿へと仕上げていく。


 新人のころから原稿を書き出したら速かった。「時速100行」と言われた。1時間あったら長行のしかも完成原稿を書き上げてしまう能力に、デスクが感心してそう呼んだことが広まった。


 だが、今回は、そう簡単にはいかなかった。

 「今度だめだったら永久に紙面化されない」

 そう思って熟考し、推敲を重ねて何度も書き直した。


 午前9時、出勤してきた井上キャップに原稿一式を渡した。



朝夕デジタル新聞社

スクープ記事(予定稿)


 ★★三友グループ系シンクタンク「防衛戦略研」が数々の殺人事件に関与

防衛方針や見解で敵対する人物を標的に攻撃

最高幹部らが証言、首謀者は海外に逃走

「孤高の会」とも連携して活動/50億円超える税金が迂回して流れる★★


 日本の防衛、戦略面での調査、研究にあたるシンクタンク「日本防衛戦略研究所」(防衛戦略研)が数々の殺人事件に関与していたことが、朝夕デジタル新聞社の調べで明らかになった。すでに摘発された暴力グループ「雲竜会」は「防衛戦略研」の下部組織であることが判明。社会評論家、岩城幸喜氏を殺害した容疑で3人が逮捕されているほか、記者を拉致した事件でも4人が逮捕されているが、いずれも「防衛戦略研」のトップの指示だった。ほかにも事実上の最高幹部らが自ら殺人を実行していた疑いが強まっている。


 「防衛戦略研」は、政治集団「孤高の会」と密接に連携しており、「孤高の会」の防衛に関する主義、主張に反対の立場をとる人物を主に標的にして攻撃していた。「防衛戦略研」の活動資金として、公的資金が大量に注ぎ込まれている実態も浮かび上がってきた。


 「防衛戦略研」は一般財団法人だったが10年前に、株式会社になった。社長と常務は防衛省OBが務めているが名ばかりで実権はなく、実質的な運営は、三友不動産の後藤田武士社長をトップとする「シャドウ・エグゼクティブ」という名称の最高幹部10人が参加する最高幹部会があたっていた。


 朝夕デジタル新聞社の調べや、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」ら複数の幹部の話によると、「雲竜会」は後藤田社長が2年前に資金援助して結成した暴力グループ。社会評論家の岩城氏を新宿・歌舞伎町で殺害したとしてメンバー3人が逮捕された。けんかの末の犯行とされているが、岩城氏は「『防衛戦略研』は謎の多い組織だ」として独自に調査して疑惑の証拠をつかんでおり、岩城氏をねらった計画的な犯行だった可能性が高い。


 岩城氏が殺された8時間後の朝、警察官を装った男2人が岩城氏の事務所を訪れ、極秘資料が入った金庫をまるごと持ち去る事件が起きていたが、この犯行も「雲竜会」のメンバーによるものとみられる。


 朝夕デジタル新聞の社会部記者、大神由希と知人の弁護士が新宿御苑近くの喫茶店を出た直後に拉致された事件でも、「雲竜会」のメンバー4人が逮捕された。大神記者は直前に「防衛戦略研」本社で取材し、常務取締役に対して数々の疑惑について質していた。拉致された時に、女性弁護士を襲って右手に大けがを負わせたのは、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」の1人である郡山寿史・国立大学教授(病院で自殺)だった。


 大神の取材内容に危機感を持った「防衛戦略研」が「雲竜会」を使って拉致し、取材源を聞き出そうとしたとみられる。さらに大神記者は港区赤坂周辺再開発地に完成した劇場で、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」9人に囲まれ、メンバーになるようにと誘われた。断ると、「シャドウ・エグゼクティブ」の競泳選手、遠藤駿(殺人未遂容疑で逮捕)と、朝夕デジタル新聞編集局長(当時)の辛島勇樹にナイフで刺され、大けがを負った。


 「シャドウ・エグゼクティブ」の1人の証言によると、「防衛戦略研」は過去10人近い人物の殺害に関与してきたという。行方不明になっているIT企業の女性幹部も殺害された1人。「シャドウ・エグゼクティブ」の1人はその悲惨な殺害現場に立ち会ったと証言しているが、殺害現場で指揮を執っていたのは後藤田社長だった。


 「防衛戦略研」と「孤高の会」は互いに連携して活動している。その周辺では事件や変死事案が頻発している。全身を刃物で刺されて殺害された「トップ・スター社」の伊藤社長は「防衛戦略研」の顧問。生前に書き記したメモには、「『シャドウ・エグゼクティブ』は自らの手で敵対者を殺すことで結束を図っていく」と書かれていた。


 建設中の「タワー・トウキョウ」から転落死した金子代議士は、「孤高の会」の中心メンバーであり、「防衛戦略研」の会合にもたびたび出席していた。金子代議士は亡くなる前、両組織の方針に反対の姿勢を取っていた。金子代議士は亡くなる直前にテレビ局にビデオメッセージを送っていた。


 その中で、金子代議士は「丹澤副総理は、政治的な野望の実現のために『孤高の会』を立ち上げ、さらにシンクタンク『防衛戦略研』を後藤田社長と共に運営した。『防衛戦略研』を利用して巨額な金が集まるシステムを作り上げていった。そうして集めた巨額の金は、『孤高の会』の運営資金となり、新党結成の軍資金として使われている。私は不正な金の集め方には断固として反対した」と語っていた。


 「防衛戦略研」には公的資金が大量に注ぎ込まれていた。丹澤副総理との関係で防衛省との関係が深く、調査、研究の事業名目でこの10年で50億円の資金が国の予算から支出されている。さらに、官房機密費からも支出されていることが、財務省の内部文書で明らかになった。いずれも防衛省の外郭団体を迂回して「防衛戦略研」に金が集まるように細工されていた。


 「防衛戦略研」は1985年に防衛大学校の教授が設立。会報の出版、研修、講演など地味な活動をしていたが、10年前に株式会社となり、それまでの財団の理事らはすべて経営から退いた。以後、後藤田氏と丹澤副総理の指示のもとで、調査、研究活動以外に、国の海外の軍事企業からの兵器の購入や、国に納入する防衛装備品の調達の仲介など商社機能を持って売上が急増していた。

 これらの事実について三友不動産の後藤田社長は取材に対して大筋認めている。現在、ウエスト合衆国に出張中とのことで、連絡は取れていない。



社会面サイド 一社面(前文)

記者が体験した恐怖(大神由希)

 それは新しく完成した新劇場で起きた。8月25日夜。三友不動産本社で後藤田社長に単独取材した。その際、「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」の一員になるように誘われた。「この場では判断できない」と言ったが、「場所を変えて話そう」と言われ、屋上のヘリポートからヘリコプターに乗せられた。着陸したのが新劇場前だった。

 私は劇場の客席に1人で座らされた。舞台上には、9人の「シャドウ・エグゼクティブ」が並んで座っていた。中央に座っていたのが後藤田社長で、「防衛戦略研」の活動内容を話した上で、メンバーになるように言った。誘いを断ると、壇上から下りてきた朝夕デジタル新聞の辛島編集局長にナイフで刺され、さらに競泳選手の遠藤にも刺された。その直後、劇場の外で爆発音が響き、劇場のドアがけ破られた。警察官がなだれ込んできて助けられ、一命をとりとめた。


社会面サイド② 二社面(見出し)

証言、IT企業女性幹部の暗殺/後藤田の指示/2人が目撃していた


(社会部・調査報道班)


 

 一面は、「防衛戦略研」が殺人を実行する組織であるということと、公金が不明朗な形で流れ込んでいるという情報を合わせた。第一社会面は、大神が劇場で体験したありのままを書き、第二社会面は、梅田彩香の死についての沢木の証言を中心にまとめた。


 朝夕デジタル新聞社の元編集局長辛島を含め、すべて実名報道になっている。


 全日本テレビの吉嵜デスクが入手した、金子代議士の生前の証言映像についても予定稿に盛り込んだ。予定稿が解除されて記事として掲載されれば、その新聞が家庭に配られる日の早朝、テレビで映像を放送する段取りだ。さらに、新聞デジタルとネットニュースでも配信される。

 

 映像については専門家に鑑定を依頼し、フェイクではないという結論が出た。 

 それを受けて、吉嵜デスクが、テレビ局の上層部を説得し、放送が可能になった。


 予定稿は、井上キャップからデスクに渡された。


(次回は、■「木偶の坊編集長」の日をねらえ)





お読みいただきありがとうございました。

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