極限報道#73 局長室は「敵」の出先になってしまった 「木偶の坊編集長」の日をねらえ
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
井上キャップから連絡を受けた田之上デスクは、取材チームの記者を集めた。
井上、大神のほか、興梠警視庁キャップ、橋詰、編集委員の村岸がそろった。編集局長兼社会部長の西川には声をかけなかった。
出稿についての打ち合わせが始まった。
大神が書いた原稿のコピーを配りながら井上が言った。
「極秘中の極秘会議だ。大神を中心に、みんなの取材が進み出稿は近いが、西川編集局長兼社会部長には『まだ裏がとれていない。記事化は絶望的な状況』と報告している。それでも取材の進捗具合をたびたび聞いてくる。どうも言動があやしい。雲隠れした辛島と通じているとすれば、原稿をボツにされてしまうどころか、『孤高の会』や『防衛戦略研』に筒抜けになってしまう危険性がある」
「確かに西川さんはおかしいですよ。『もっと証拠が必要だ』としか言わない。でも紙面の最終決定権を握っているし、毎日どんな記事が出稿されているか目を光らせているわけですよね。そうなるとまたボツにされて、永遠に日の目を見ないことになってしまうのでは」。橋詰が不安そうに言った。
「それについては考えがある。井上キャップと詰めたんだ」
今度は田之上が話し始めようとしたその時、「おい、おい、ちょっと待ってくれ」と村岸が制した。
「大神の原稿を出稿するという前提で話しているが、本当にそれでいいのか? デスクとして、こんな原稿を通すつもりなのか。ゴーサインを出すのか」。村岸が言った。社会部デスクを経験した後、志願して暴力団担当編集委員になった。田之上の一つ先輩だ。
「ゴーサインを出した。デスクとして責任を持って出稿する」
「全員実名だぞ。会社も名指しだ。名誉毀損で訴えてくるぞ」
「大神が実際に体験したり、主要人物から取材を重ねてきた結果の原稿だ。大神が嘘っぱちを言っていたらアウトだが、これまでの報告書を読んだり、普段の行動を見て、記事内容は真実だと確信した。事実をありのままに伝える。これまでの常識を打ち破る」。田之上が答えた。
「わかった。覚悟を聞きたかっただけだ。大神が嘘をついていたり、勘違いしていたとしたら全員、縛り首だーー」
田之上が話を元に戻した。
「西川編集局長をいかにかわすかについて説明する。当日は早い版から締め切りの遅い最終版まで通しで一面、社会面のトップで使えるダミー原稿を用意する。早版を参考にしながら、最終版の紙面構成を検討する各部担当デスクの検討会議がスタートするのが午後10時だ。早版の記事をそのまま最終版まで通すことにして整理部デスクに説明してもらう。整理部の部長とデスクは、『孤高の会』と『防衛戦略研』について批判的で『社会部は手ぬるい』と常日頃から言っている強硬派だ。2人には事前に原稿を見せて説明する。協力してくれるはずだ。問題の西川編集局長は、毎晩決まって最終版の見通しを聞いた後の午後10時過ぎに帰宅する。社を出るのを確認して最終版の原稿締め切り直後に、一面、社会面のトップ記事を『えいやっ』ですべて組み替える。それで編集局長をかわすことができる」
「しかし、局長が帰っても当番編集長がいるだろう」
村岸が間髪を入れずに言った。社会部のデスク経験者だけに紙面制作の流れを熟知している。当番編集長とは、3人の編集局長補佐が毎日交代で務める。編集局長の代わりに、その日の紙面の実質的な最高責任者として、最終版が降版される午前2時まで編集局長室に陣取って、紙面チェックをする。
「そこなんだ。3人いる編集局長補佐のうち、1人は西川局長べったりの腰巾着の秋山。なんでも局長に連絡するから要注意だ。もう1人は経済部系で、現場を尊重する人物だ。紙面ががらりと変わってもちゃんと説明すれば理解してくれるとは思うのだが、内容が内容だけにストップをかけるかもしれない。やはり西川局長に電話して相談する可能性もある。そしてもう1人はすべて現場任せで大刷りもチェックしているかどうかわからない『木偶の坊補佐』の鈴木。この能力的にも仕事ぶりもひどい鈴木補佐は紙面について何にも言わないし責任もとらない。だが、その無能ぶりが今回に限っては都合がいい。不本意だが、『木偶の坊補佐』が当番編集長の日に決行することにする」
「やはり西川局長を説得するべきではないでしょうか。真正面から説明すれば理解してくれそうな気がします」と大神が言うと、田之上は「おめでたい意見としかいいようがない」とあきれるように言った。
「これまで何度も局長には『防衛戦略研』について説明してきた。だが全く耳を貸さない。さらに、前の辛島局長を顧問として残している。残念なことだが、編集局長室は『防衛戦略研』の出先になってしまっていると言っても過言ではない」
「敵は外ではなく内にありか」と興梠がつぶやくと、橋詰も「説得なんて無理です。1年かかります」と同調した。
「どうだ、大神」と井上が聞くと、大神も納得するようにうなずいた。
「実は私も捜査一課の警部補から言われました。『報道機関に魔の手が伸びてくるのは必然だ。君の近くでいつも仕事をしている同僚が『防衛戦略研』のメンバーということだってありうるぞ』と」。そう話す大神の視線は橋詰の方にゆっくりと向いていった。ほかのメンバーも一斉に橋詰を見た。
「えっ、えっ、俺ですか?」と橋詰が自分の顔を指さした。
「勘弁してくださいよ。これまでどれだけ大神先輩に尽くしてきたと思っているんですか」。すっかり慌てた様子で言った。
「冗談よ、冗談」と大神が笑った。
「でも、少し気になることはある」
「なんですか、気になることって?」
「君のことではないから心配しないで。もう少し詰めてから話すわ」
「ともかく、敵に殺されかけた大神以外はみなグレーだ。大神の命を救うぐらいのことをしなければ、信じてもらえないということだ。まあ、この中に『防衛戦略研』のメンバーが1人でもいたら、ほかの5人は終わりだな。みな殺されるだろう。その覚悟をもって臨むしかない」。興梠が静かに言った。
「局長にわからないように進める……つまり、クーデターを起こすということですね。編集局長が『なんでそんなに紙面が大きく変わるのに事前に連絡しなかったのだ』と激怒して、後になって、デスクの責任を追及するかもしれませんね」と大神が心配した。
「まあ、言われるだろうな。それは覚悟の上だ。とにかく紙面にすることが最優先だ。出てしまえば、こっちのものだ」
「なぜ紙面にこだわるんだ」と再び村岸が声を上げた。
「深夜に、デジタルニュースで流してしまえばいいではないか。ボタン1つポンと押すだけだ。新聞制作の煩雑な段取りも工程もいらない。拡散すれば瞬時に世界に広がっていく」
「田之上デスクとその点についても散々議論したんだ」と今度は井上キャップが説明した。
「デジタルは発信するのも簡単だが、ボツにするのも簡単だ。ネットで流したことを局長が知った瞬間にボツだと言われたら、その瞬間に取り消されてしまう。拡散は期待できるが、ボツ判断されたら、自然とフェードアウトしてしまう。その点、新聞は家庭に配られれば確実に残る。積み重ねた事実をしっかりと紙で残すことが大事だと考えた。デジタルは新聞の降版後、速やかに流す。早朝には、新聞、テレビ、デジタルとすべての媒体でそろって報道されることになる。そのインパクトは計り知れない」
「捜査機関の動きはどうなんだ? 警視庁の捜査が順調にいっているようには見えんぞ」と村岸が聞くと、興梠が「『徹底的に摘発するべきだ』という現場と、『慎重』な上層部の対立が続いている。わが社と同じ構図だ。この記事が世に出れば、現場の後押しになることは間違いない」と言った。
田之上デスクがまとめた。
「これが記事になれば前例がない。凶悪犯罪の犯人を報道機関が紙面で追い詰めることになるのだからな。しかも経済界のトップが主犯だ。強力な政治勢力も相手にする。一部分でも誤りがあれば、徹底的に攻撃され、会社はつぶれるだろう。だが、記事にする。しなければならない。ここまできて紙面化できないとしたら、なんのための報道機関なのだ。それこそ、つぶれてしまった方がいい」
この後、全員で原稿を何度も読み返し、チェックを重ねた。データを補足したり、細かい表現やあいまいな部分を削除したりして、完成原稿に仕上げた。
あとは、出稿を待つばかりになった。
(次回は、■想定外の事態が勃発!)
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