極限報道#69 沢木、凄惨な現場を見せられる! 後藤田がスカウトにやってきた
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
「シャドウ・エグゼクティブ」の沢木は、サクランボ農園で、大神、河野に向かって語り始めた。
沢木は小学校低学年のころからコンピューターを自在に操り、周囲の注目を集めた。飛び級で理工系の大学に進学し、大学院を首席で修了。その後、ウエスト合衆国にある世界的コンピューター企業に年俸制で就職し、数々のソフトや商品の新規開発部門の最前線で活躍した。
しかし、自己中心的な性格で良好な対人関係を築くのが苦手で、次第に社内で孤立していった。新商品の売上が伸び悩んだ時期も重なり、開発責任者として失格の烙印を押されてしまった。ラインの部長でありながら、重要案件の報告が沢木を飛ばして決まっていくという職場内のいじめ、パワハラを経験した。
精神的に追い詰められ、会社を休みがちになった。企業側も沢木を守ろうとしないどころか見切りをつけられ、次年度の年俸交渉の際に解雇を言い渡された。生涯初めての挫折だった。以後、傷心の日々が続いた。帰国し横浜市の実家の自室に籠る生活が続いた。38歳になってからの引き籠りだった。孤独にさいなまれて自殺を図ったが死ねなかった。
無気力な生活を送っていたある日、自宅前に黒塗りの高級車が停まった。恰幅のいい男が降りてきて、インターフォンを鳴らした。
三友不動産社長、後藤田だった。
「天才を眠らせておくのはもったいない。一緒に仕事をしよう。君の才能を思う存分発揮して暴れてほしいんだ」
日本を代表する経営者としてすでに有名になっていた後藤田が、直々にスカウトに来てくれるなんて。沢木は二つ返事で承諾した。というか、逆に頭を下げてお願いをした。感謝の気持ちしかなく、後藤田のためならばなんでもやるという気持ちになっていた。
後藤田は当時、新しい事業の展開のためと称して、IT業界で卓越した才能を持つ人材を探しては声をかけて集めていた。
「一定の業務をこなしてもらえれば、あとは自由にやっていい。完全な成果主義だ。実績を挙げれば、成功報酬はたんまりと出す」と後藤田から言われた。
沢木は息を吹き返した。三友不動産グループの一員になるのかと思ったら、与えられた肩書は、シンクタンク「日本防衛戦略研究所」のIT担当リーダーだった。
肩書などどうでもよかった。自分の得意分野で仕事ができれば、それでよかった。入社前に1か月の研修を受けた。
「この世で最も尊い精神領域は『孤高』である。そこからスタートした実践こそが世界を救うことになる」といった宗教色の強い講義を受けた。
人生のどん底を経験した身にとっては、藤原顕孝と名乗る教祖の教えの一言、一言がすっと頭と体の中に入ってきた。精神的に強くなった気がした。以後、定期的に研修に参加した。
最初の赴任先は、北海道の広大な土地に建てられた工場のような場所だった。その地下には、地上の殺風景な外観からは想像もできない最新鋭のコンピューターがずらりと並び、30人ほどの技術者が働いていた。ランサムウェアを駆使し、企業を攻撃する極秘任務だった。
戸惑いは全くなかった。かつて在籍し自分を首にしたIT企業にも攻撃を仕掛けて大金を手にした。この企業が身代金を支払ったことをネットで公表し、二重のダメージを与えた。
一方で、新しいシステムの開発も積極的に取り組み、評価が高まっていった。人から頼られることがこんなにうれしく充実した気持ちになるんだということを実感した。着々と成果を挙げ、組織に巨額の利益をもたらした。
得意の絶頂だった。報酬も個人名義の口座に振り込まれていき、巨額の資産が築かれていった。世間を騒がす事件を次々と起こしていった。サイバー空間でのテロ行為まがいの実戦も先頭に立って指揮した。
寝る間も惜しんで仕事に没頭する日々を送っていた時、後藤田から東京へ呼び出しを受けた。実績が評価されたのか、経営の最高幹部に登用するという話を持ち掛けられた。経営には興味がなかったが、研究開発はこれまで通りに続けていいと言われ、深く考えずに承諾した。というより、後藤田の誘いに「NO」はなかった。
提示された肩書は「シャドウ・エグゼクティブ」。採用は最高幹部会の席で承認されるが、その前に「結束を高めるための儀式がある」と言われた。
連れていかれたのは、東京郊外、鬱蒼とした山中にひっそりと佇むむ古い屋敷だった。
午後8時を過ぎていた。そこで信じられない光景を見た。女性が1階の大きなリビングに、全身を縛られて床に転がされていた。IT企業で重要なポジションについていた人らしい。周りに5人の黒ずくめの男たちが立ち、後藤田の到着を確認した後、鋭いナイフで女性を刺したのだ。真っ白な絨毯が、またたくまに血で赤く染まっていった。
その光景を、2階の部屋の窓から後藤田と共に見下ろした。後藤田の横にはもう1人、眼鏡をかけた女性がいた。真っ青な顔で嘔吐を繰り返していた。
沢木は目をそらし逃げ出したが、すぐに捕まり、黒ずくめの男たちに囲まれ、何度も殴られ蹴られた。血まみれになった。「殺される」と思い、謝り、助けを求めようと後藤田にすがった。
しかし、後藤田は沢木のことなど眼中になかった。リビングの光景を見続けていた。その目は爛々と輝き、荒い息をしていた。
昼間の大企業の風格のある経営者の姿とは全く別人格の人間になっていた。沢木は、この世のものとは思われない光景を見つめ続けなければならなかった。
コンピューターを使った不正行為については、それほどの罪悪感はなかった。セキュリティが甘い企業が多すぎた。警鐘を鳴らしているのだという気持ちもあった。だが、殺人現場を見せつけられたことのショックはあまりにも大きかった。
「狂人たちの集団」の一員に組み込まれていたのだと思い知った。逃げ出せば、自分も同じように殺されると思うと、後藤田の言うことを聞くしかなかった。
「独裁国家」を建国した暁に、「IT大臣」に就任するように言われた。建設中の「タワー・トウキョウ」のセキュリティの責任者になり、最新鋭のシステムを作る役割を担うことになった。
さらに世界を相手にサイバー攻撃を仕掛けることのできる基地の設計も担当した。資金はいくらでも使っていいと言われた。システム構築が完了する前から、多くの専門家を引き連れ、海外の企業を標的にしてサイバー攻撃を繰り返した。
夜な夜な夢にうなされた。殺された女性が、沢木の目の前に近づいてきて、「にっ」と笑ってささやく。「お前に殺されたんだ」。目が覚める。恐怖で体が動かなかった。
藤原教祖のもとに駆け込んだ。「正しい行いを実践しただけだ。敵対する者、裏切り者とは徹底的に闘わなければならない」と言われた。以前であればすっと入ってきた教祖の言葉にも、殺人現場の凄惨さを目撃して以後は疑問を持つようになっていた。
自問自答を繰り返すうちに、組織によるマインドコントロールは解けていったが、悟られないように細心の注意をはらった。恐怖心だけで仕事をこなしていた。
「シャドウ・エグゼクティブ」は「一人一殺」が義務付けられ、毎年6人ずつを殺害してきた。沢木は来年上期の番だった。
「その殺された女性の名前は、梅田彩香さんという名前ではなかった?」
大神は生々しい証言にショックで、立っていられず近くの丸椅子に座り込んでいた。顔は青ざめ、正気を失っていた。
「確か、そんな名前だった。そう、梅田という名前で間違いない。後藤田がマイクで黒ずくめの男たちに指示しているときに『梅田は裏切り者だから遠慮はいらない』と命じていた」
梅田彩香ーー田森の恋人だ。
「後藤田は狂人だ、悪魔だ」。大神は声を振り絞った。新劇場では自分も同じ目にあっていたかもしれなかった。
その時、階上で「ドン」と音がした。みんなの顔が凍りついた。誰もいないはずだ。追手が来たのではないかと誰もが思った。全員が今、この場所で、ノコギリで八つ裂きにされてしまうのか。
河野と岸岡が棒を持って恐る恐る様子を見に行った。強風で表の看板が倒れた音だった。
誰もが普通の精神状態ではなくなっていた。
「あなた方組織がどれだけの犯罪を重ねてきたか。しっかり警察に説明しなければならない。見たままありのままを説明すること。私の方から警察に連絡しておくから」と大神が言うと、沢木は訴えるように大神を見た。
「後藤田は頭がおかしいんだ。狂っているんだ。突然人格が変わるんだ。冷徹な殺人鬼に変貌する。サイコパスなんだ」。そこまで言うと突然、「怖いよぉ」と両手で頭をかかえた。
子供のように泣き叫ぶ声は、地下の狭い部屋にいつまでも響き続けた。
(次回は、■後藤田秘書、桜木に何があった?)
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