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極限報道#68 逃げ切れるか 沢木 山形のサクランボ農園にて

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 永野洋子からの貴重な情報提供が新聞社にあり、取材に明け暮れた翌朝、大神は東北新幹線の東京駅始発の自由席に乗っていた。向かう先は山形だった。


 前夜、河野から連絡があったのだ。

 「ぜひ来てくれ。父が経営する農園にいる」

 言われた通りの手順に従った。JR山形駅で降りた大神は、タクシーで郊外のスーパーへ向かった。買い物を装った後、大型のごみ箱の下の隙間に隠されていた小さな紙袋を手に取った。中には車のキーが入っていた。指定された駐車スペースに駐まっていた乗用車に乗り込んだ。


 カーナビに河野から聞かされた住所を打ち込んで走り出した。途中、何度も後ろを確認し、尾行がないことを確信した。約1時間後、大きなサクランボ農園が見えてきた。門の前で車を駐めた。河野が姿を現して、大神を抱きしめた。河野の父が経営している農園だった。


 2人は門をくぐり、敷地内にある事務所へ入り、地下へ続く階段を降りていった。ドアを開けると、「スピード・アップ社」アルバイト、岸岡雄一が待っていた。そして、その奥の方の椅子にジーンズ姿の男が座っていた。


 IT界の風雲児、沢木龍之介だった。「防衛戦略研」の「シャドウ・エグゼクティブ」の一人だ。


 「大神さんが、なぜここに……」と沢木はびっくりして叫んだきり言葉を失った。河野は大神が来ることを伝えていなかった。


 大神ははっきりと覚えていた。港区赤坂周辺再開発地区の新劇場で襲われた異様な事件。ステージに並べられた椅子の右から3番目に、この男は確かに座っていた。


 「大神さんは今、どういう立場なのですか? まだ記者をされているのですか。それとも『防衛戦略研』の幹部に就任されたのですか?」。沢木は怯えたように聞いた。


 「我々の取材チームのリーダーだ。事件の被害者として重傷を負い、自由には動けないが、『防衛戦略研』の内情を明らかにしたいと一番強く願っている人だ。君が我々に匿ってくれと言ってきたがどうしたものか、直接話を聞いてもらうために今日、東京から始発できてもらったんだ」。河野が説明した。


 沢木は、少しほっとした表情を浮かべた。もし、大神が「防衛戦略研」の最高幹部の1人に就任していたとしたら、今この場で殺されると思ったからだった。そんなはずはないと思いつつ、頭の中は錯乱していた。


 「劇場では大変なことをしてしまって。私は参加していただけでしたが申し訳ありませんでした。お体は大丈夫なんですか?」。沢木は神妙な顔つきで謝った。


 「大丈夫なわけがないでしょう」と大神は強い口調で言った。後藤田はもちろんだが、辛島、桜木、そして目の前の沢木ーー。「防衛戦略研」の主要なメンバーで悪に手を染めた者たちが、なぜ普通の顔をして日常を生きていられるのか。なぜ逮捕されていないのか。


 「警察に突き出すしかないよね」と大神は言い切った。

 河野は「もちろん警察に連絡する。その前に、沢木の話を聞いてやってくれ。『シャドウ・エグゼクティブ』が経験した生の話だ。すべてを話すと言っている」と言った後、沢木に向かって「なんで君がここにいるのか改めて順序だてて説明した方がいい」と促した。

 

 河野にせかされて、沢木は話し始めた。


 1週間前、沢木は河野と岸岡の取材に応じた。取材の申し込みを、いったんは断ったが、質問状に書かれていた岸岡の名前に目が止まった。ITの世界でかつて天才少年と言われた岸岡が取材する側にいる。高校生のころから国内外の企業から引っ張りだこになっていたことは有名だった。年齢の差はあるが、トップランナー同士で、1度は会ってみたいと思っていた。

 「会うだけならいいかな」という思いもあった。お互いに大きな挫折を経験していることもあり、すぐに打ち解けた。つい気を許してしまい、余計なことまでしゃべりすぎたことを後悔した。


 取材を受けた翌日、海外に潜伏中の後藤田からリモート連絡が入った。


 「朝夕デジタル新聞社の記者から『シャドウ・エグゼクティブ』が一斉に取材を受けている。君の所にも取材があったはずだ。何を聞かれどこまで話したか説明してくれたまえ」


 沢木は取材の申し入れはあったが、会うことを断ったと言った。咄嗟に出たうそだった。

 「そんなはずはない。『雲竜会』のメンバーからは君が記者と会っているのを確認したという連絡があったぞ」。沢木は見張られていたのだ。だが、いったんついたうそを今更撤回できない。何度聞かれても「会っていない」「断った」と言い張った。


 「おかしいな。君が取材を受けている写真も送られてきているが、それでもしらを切るのか」と言われた。「別人です。私は取材を受けていません」と言ったが、動揺して声がうわずっていた。

 「わかった、わかった。君がそこまで言うなら信じよう。確認するからしばらく自宅で待機してくれ」。後藤田は笑いながらリモート回線を切った。


 「終わった」

 沢木は死を覚悟した。今も自宅マンションの周りで見張られているはずだ。間もなく見張り役が暗殺者となってドアを叩くはずだ。後藤田はそういう男だ。海外にいながらも暗殺集団を操っているのだ。足の力が抜けて床に崩れ落ちた。その時、玄関ドアの外で足音が聞こえた。


 「まだ死にたくない」。沢木は立ち上がった。

 「逃げるんだ」。一刻の猶予もない。

 裏の2階の窓から地面に飛び降りていた。足を挫いたが、立ち止まっている時間はなかった。趣味のサイクリング車に乗り、猛スピードでマンションを離れた。車で追いかけてきているかもしれない。意識して路地裏を走った。後ろを見る余裕はなかった。


 捕まったら殺される。その一心だった。最寄りの駅は避けてあえて3つ先の私鉄の駅まで飛ばし、そこで自転車を置いて電車に飛び乗った。まばらな乗客がすべて暗殺者に見えた。山中を歩き回り、どこかもわからない海岸線で一夜を過ごした。


 とにかく追手から逃げるしかない。そのためには協力者が必要だった。だが、信用できる友人など1人も思い浮かばなかった。


 翌日、取材の時に受け取った岸岡の名刺に記されていた携帯の番号を見つめていた。取材の時、「沢木さんはIT業界の風雲児として有名で、僕はずっとあこがれていたんです」と言われ、気を良くしたことを思い出していた。


 迷った末に連絡をとった。

 「殺される。匿って欲しい」。そんな内容の電話を受けた岸岡は河野につないだ。河野は細心の注意を払い、山形駅で合流することが決まった。


 「とにかく、誰かに匿って欲しいんだ。24時間365日」。沢木が大神を見て言った。

 「まだ死にたくない。怖いんだ」

 

 「警察に出頭してすべてを話す覚悟はできているの?」。じっと聞いていた大神が言った。


 「もちろんだ。『シャドウ・エグゼクティブ』は今、警察から順番に事情聴取を受けている。俺は正直にありのままを答えるつもりだ。だがその後が怖いんだ。逮捕されればまだいい。一時的にも解放されたら終わりだ。組織は警察内部にも深く食い込んでいる。確実に居場所を突き止められて抹殺される。だから、どこでもいい、どこか安全なところに匿って欲しいんだ」


 「新聞社に寝泊まりさせるわけにはいかないのか」と河野が大神に言った。

 「難しい。昼間に会議室とかを取材名目で借り切ることはできても、寝泊まりは無理。社の許可が出ない。それに新聞社にも、『防衛戦略研』の息のかかった者がいる」


 河野は思案した後に言った。

 「一定の場所を提供すればいいんだな。地下牢みたいなところになるかもしれないがそれでもいいのか?」

 「大丈夫。空間とコンピューターさえあれば生きていける。食事と水さえあればいい。太陽を拝めなくてもいい。実際、今までもそんな生活だった」

 「それなら、俺がなんとかするよ」

 「大丈夫なの、そんな約束を簡単にして」と大神が心配そうに言った。

 「おやじがずっと前に買った別荘が那須高原にあるんだ。使っていいと言われて鍵をもらった。ほとんど行ってないから埃まみれだと思うけど」


 「ありがたい。お願いします。コンピューター一式は自分で購入して運び込んで設営します」。沢木はほっとした表情を浮かべた。「防衛戦略研」での活動で相当な貯金ができていた。


 「その代わり、警察の調べが終わったら、岸岡と一緒になって、システム関係や新しい技術、ソフトの開発で『スピード・アップ社』に貢献してもらう。うちの会社の売り上げ増のために貢献してもらうぞ」と河野が言った。


 「お安い御用。なんでもする。岸岡キャップの指示に従えばいいんでしょう」。げんきんなもので、沢木は急に生き生きとし出した。

 「ちょっと待った。きちんと罪を償ってからだよ」。大神が念を押した。

 沢木は「防衛戦略研」との関わり、自分の体験について語り始めた。


 身の毛もよだつ恐ろしい情景だった。


(次回は、■「後藤田はサイコパスなんだ」)







お読みいただきありがとうございました。

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