表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/80

極限報道#67 なぜ? 突然の「公益通報」 酔っぱらった大神由紀

舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。

 大神は再始動するものだと、社会部の誰もが思っていた。大神に引っ張られるように皆が動き出すーーそのはずだった。

 しかし、大神は全く動く気配を見せなかった。会社を休む日々が続いた。週に2度ほど社会部に顔を出しても、午後5時になると「お疲れ様」と言って帰宅した。


 内勤業務からもはずされ、昼間も休憩室のソファでぼーっと座っていることが多かった。ルーティーンにしていた「タレコミ」のチェックもおざなりになり、橋詰ら他の記者に任せるようになっていた。


 相次ぐ衝撃的な事件に巻き込まれたショックが尾を引いているのか。まだ傷の痛みが残り、体調が万全ではないのだろうか。あるいは、記事をボツにされて気力も失せてしまったのか。さすがに、大神も命運が尽きたか。そんな陰口をたたく者まで出てきた。


 社内食堂の窓際の席で、大神が一人で昼食の天ぷらうどんを食べている時、橋詰の姿が目に入った。誰かを探している様子だった。しばらくして大神と目が合うと、人とぶつかりそうになりながら早足で近づいてきた。


 「先輩、大事な話があるんです」。橋詰は興奮した様子で、「これを見てください」と言い、茶封筒を差し出した。社会部へのタレコミだった。封が切ってあり、橋詰が中身を取り出そうとしたが、あわてた拍子に書類の一部を床に落とした。


 「ちょっと待ってよ、どうしたの?」

 「タレコミですよ、タレコミ」。床に散らばった資料を集めながら、橋詰は興奮した口調で言った。

「今、食事中だから。後で見る」と大神が落ち着くように言った。

 結局、橋詰もラーメンを注文し2人で並んで食べて、食後、社会部に戻り会議室に入った。


 橋詰が広げた資料のタイトルは「『防衛戦略研』への税金の投入についてーーこの10年で50億円 官房機密費からも10億円」。

 年度別の金額が詳細に記されている。多くは防衛省の複数の外郭団体を迂回して、最終的に『防衛戦略研』に資金が集まってくる仕組みになっていた。


 すでに明らかになっている「調査・研究開発費」名目の3億5800万円は『防衛戦略研』側へ3億、個人口座へ5800万円が振り込まれているが、それとは全く別のルートだった。 防衛省の内部資料で、どのページにも「極秘」のスタンプが目立つように押されていた。匿名の情報提供だった。


 「このタレコミ、デスクかキャップに言った?」

 「いえ、まだです。まずは大神先輩に見てもらおうと思って」

 「ありがとう。今の膠着状態の局面を変えることができるかもしれない超一級の資料ね。まずは、あなたが田之上デスクと井上キャップのところに持って行って」

 「大神先輩も一緒に行きましょうよ。一番詳しいのは先輩なんだから」

 「いや、私は今、信用されていないから。君が1人で行って。お願い」


 「信用されていないって、不思議なことを言いますね。最近の先輩おかしいですよ。以前のようなやる気が感じられない。いろいろと重なって気落ちしているのは、わかるけど……」。橋詰はやや不満そうにした後、気持ちを切り替えるように言った。

 「まあ、いいです。俺が持っていきます。それにしても、こんなタイミングでよくこんな資料が送られてきたな。しかも俺がタレコミ当番の日に」と不思議がった。 


 「頑張ってやっていればいいことがあるってことね。さあ、急いで。デスクには、公益通報的な意味合いが強い内容だって、しっかり強調するのよ」 


 田之上も井上もタレコミ資料の重要性と価値についてはすぐに理解した。

 「取材班を集めろ。今すぐだ」 田之上の声が飛んだ。


 打ち合わせの冒頭、田之上は「この資料が間違いなく国が作成した公文書だという裏をとるように。資金の流れの不透明さだけで十分に記事になる」と言った。

 「手あたり次第にあたると、『防衛戦略研』側にばれますよ」と橋詰が言うと、「構わん。極秘取材という段階は過ぎている。スピード重視だ」。 田之上はそう言うと、夜回りであたる人物を決めて、記者ごとに割り振った。


 大神は取材からははずされると思っていたが、デスクが書いた取材先の分担表を見ると、橋詰とペアになっていた。


 「私も取材に出かけていいんですか」と聞くと、「少数精鋭でやる。君は体調と相談して、やれると思ったら取材に出てくれ。くれぐれも西川編集局長にはばれないようにな」


 「わかりました、行こう」

 大神は橋詰に声をかけ、ハイヤーに乗って取材に回った。体調は相変わらず思わしくないが、そんなことは言っていられなかった。主に財務省の関係者や政治家を中心にあたった。

 全日本テレビ社会部の記者も取材に参加した。


 再びチームが動き出した。関係者宅を回ってみると感触はよかった。移動中の車内で橋詰は「正式な公文書で間違いなさそうですね。それにしてもタイミングがよすぎる。俺たち、ついてますね」と昼間と同じことを言う。

 「そうだね」。大神は応じたが、少し困ったような表情を浮かべた。


 その夜、自宅マンションに戻った大神は永野に電話をかけた。

 「国の機密文書の情報提供、ありがとうございました。田島さんにもお礼を伝えてください」。田島は永野の夫だ。


 1週間前、渾身の力を振り絞って書いた記事が「没」になった時、大神は居酒屋で1人でお酒を飲んだ。そして酔った勢いで永野に電話した。永野はタクシーを飛ばして店にやってきた。

 「珍しいわね、お堅いお姫様が酔っぱらうなんて」

 「お姫様じゃあ、ありませんから」。医者からはアルコールを禁止されていたが、飲まずにはいられなかった。

 「最後の決め手がない」「上層部は意気地がない」。愚痴を言ったり、上司の悪口を言ったり。酔っぱらったサラリーマン顔負けの醜態を晒した。永野は「うん、うん」とうなずきながら聞いていた。


 それから3日後、永野から電話があり、財務省の資料が手に入ったと言われた。「防衛戦略研」への不明朗な資金の流れが明確に記されている文書だという。 

 永野は「孤高の会」の野望をつぶすこと、「防衛戦略研」を解体することに執念を燃やしている。先頭を切っている大神が意気消沈してやる気をなくしているのは困るのだ。 

 大神にとっては永野が情報提供してくる動機はこの際どうでもよかった。とにかく2つの組織にダメージを与えられる正確な情報が手に入るのであればそれを使って記事を書くだけだ。


 「すぐに私のところに飛んでくるかなと思ったのに、あえてタレコミとして社会部に郵送してくれとか言うのでびっくりしたわ」と永野が言った。

 「すみません。私の独自取材で取ってきたといっても、もう信用されないんです。というか取材禁止命令が出ていますし。『暴走列車』とか言われて、私の信用は地に落ちていますから」 

 「『孤高の会』寄りの一部から疎まれているだけでしょ。もっとも情報源が、ブラックリストに載っている永野洋子からだとわかると、それも色メガネで見られるわね。でも、タレコミならいいの?」


 「内部告発の場合、公益通報という位置づけが勝手にされて、わが社では特別扱いになります。それと、匿名でのタレコミだと、他の新聞社にも送られている可能性がありますよね。取材のスタートが遅れて他社に記事で抜かれると、デスクの判断が鈍すぎるとなって責任問題になるんです」


 「そうなんだ。新聞社の価値判断は前時代的ね。よくわからないけど役に立ってなによりだね。信頼できる後輩がタレコミ当番の日に到着するように仕組んだのね」

 「センスのない人がタレコミを見るとデスクに届く前に、捨てられたり、うやむやになったりすることが結構あるんです。橋詰であれば、すぐに私のところにもってくると思っていました。あの資料は田島さんからの提供なのでは?」


 「大丈夫よ。財務省の上層部では知られた話。放っていても公益通報になるほどひどい案件だから。税金の不正流用は最も憎むべき犯罪だわ。そしてその資金を流用して革命を起こすとか笑わせるんじゃないわよね」

 「いつも冷静な永野さんが、熱くなっていますね」

 「まあ、あまりにもひどいしね。マスコミもダメね。調査報道が大事だと言っているけど力不足。新聞の部数が落ちているのに比例して取材力もどんどん落ちている感じね」 

 「耳が痛いです。それから……」。大神は一瞬黙った。「情報提供料はいくら払えばいいでしょうか?」


 「あ、そうだ。そうね、高いわよ。覚悟してよ」 

 「どれぐらいになりますか?」 

 「5万円プラス高級焼肉の接待ね」

 「えっ、それだけでいいのですか。それなら私のポケットマネーでなんとかなりそうです」

 「ただし、記事にできなかったら何十倍にも跳ね上がるから覚悟しておいて」


 「何十倍……」

 「そりゃそうよ。ボランティアじゃないんだからね」

 「わかりました。なんとか記事になるように頑張ります」

 「見通しはあるの?」

 「正直わかりません。でもとにかく記事にしないと……。とんでもない出費になりますからね。それだけは勘弁してほしいから」


 「頑張ってね。期待しないで待っているわ」


(次回は、■逃げ切れるか、沢木)





お読みいただきありがとうございました。

『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ