極限報道#26 【インタールード】7月1日 抹殺対象者に 大神由希の名
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
ステージ上には、10脚の椅子が楕円形に等間隔で並んでいる。ホール全体は薄暗く、椅子だけに乳白色の照明があてられている。 7月1日午後8時。次々と人が姿を現し、決まった椅子に腰を下ろしていく。最後に、中央のひときわ豪華な椅子へ10人目の男がどっかりと座った。
「待望の劇場が完成した。オープンは半年後だ。ホール音響の第一人者を雇い、入念にテストを繰り返してきた。世界に誇ることができる完璧な劇場だ」
客席がステージを360度囲む「ヴィンヤード型」の超豪華な劇場。ヴィンヤードとは「ブドウ畑」を意味する。2500ある客席が段々畑のように配置され、ステージに向いていることからこう呼ばれている。演奏者と客席が近く、臨場感あふれる構造が特徴だ。
「今年2回目の最高幹部会の場所として、完成したばかりの劇場を選ばせてもらった。文化芸術大臣、この劇場に入った印象を聞かせてくれ」
「素晴らしい、の一言です。声や音がホール全体に響き渡る。早く一流のオーケストラによる演奏を聴きたいものです。音が天井から舞い降りてくるように聴こえることでしょう」
「すぐに『世界一の劇場』としての称号が与えられることになるだろう。それだけの金をかけてきたからな」。議長役の男は満足げに笑みを浮かべた。
「さて、本題にはいる」。議長役の男が9枚の紙を取り出して全員に配った。 「次のターゲットになる人物の氏名、写真、経歴、罪状が書かれている。新しい世界を構築していく上で、邪魔になる存在、裏切者たちだ。この中から3人を選んでほしい。いつも通り投票で決める」。9人は熟考した上で3人を選び、その氏名を記入していった。
「ちなみに1月1日に決めた3人は問題なくこの世から消えた」
伊藤青磁、金子康太、岩城幸喜……。3人の氏名が読み上げられた。そして止めを刺した実行者が立ち上がった。その中に議長役の男もいた。拍手が巻き起こり、ホール全体にこだました。
配られた用紙を議長役の男が回収した。 「決まった。争いのない結果だ」。3名の氏名が読み上げられた。 軍事評論家ジェーン・スミス、沖縄で反基地運動の先頭に立つ政治家の羽鳥祐飛。そしてもう1人は、ジャーナリストの大神由希。
「抹殺を担当するのは文化・芸術、情報統制、科学の各担当大臣だ」。指名された3人はその場で立ち上がり頭を下げた。
「さて今日の議題は以上だ。次の定例の最高幹部会は来年1月1日午後8時に開催する。だが、近々、臨時に集まってもらうことになりそうだ。新しく『シャドウ・エグゼクティブ』に招き入れたい人物を勧誘する儀式を慣例通り、全員で執り行いたいのだが、想定外のことがたった今、起きた。われわれの仲間に迎え入れようと考えていた人物が、『抹殺対象者』にも入ってしまった。初めてのことだ。どう対処するか、私に一任してほしい。いずれにしても、勧誘の儀式は時間がかかる可能性がある。不測の事態が起こるかもしれない。日時は決まり次第連絡するが、その日の予定は、すべてキャンセルするなど余裕を持ってきてほしい。欠席は認めない。以上だ」
隣同士でささやき合い、ざわざわとした雰囲気に包まれた。
「なにか質問、意見はあるか?」と議長役が問い掛けた。
誰もが沈黙した。
(次回は、第5章 秘密のベール ■「壁耳」で聞こえてきたことは?)
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