極限報道#24 「防衛戦略研」の姿が浮かび上がる まるでテロリストゲームだ
舞台は近未来。世界で戦争、紛争が頻発し、東アジアも国家間の緊張が高まる中、日本国内では、著名人が相次いで殺されたり、不審な死を遂げたりしていた。社会部調査報道班のエース記者大神由希は、背後に政治的陰謀があり、謎の組織が暗躍しているとみて、真相究明に走り回る。
殺された社会評論家の岩城の労働相談所にあったノートパソコンの暗号を岸岡が解読し、「防衛戦略研」の項目を開いた。
タイトルは、「疑惑に満ちた『防衛戦略研』について」。
岩城が、「防衛戦略研」の「リーダー」という肩書を持った大手ゼネコンの秋田支店長を脅し上げて聞き出した情報と、独自に取材して得たデータをまとめたものだった。
「『防衛戦略研』は世界各地の戦略研究機関と連携し、日本支部という形をとって活動している。防衛省のOBが代々、社長に就任。シンクタンクという公的な役割を担う株式会社の形を取っているがそれは隠れ蓑であり、実質的には、別の闇の組織が支配している」と書かれている。
さらに、「巨額の資金集め」「暴力装置」「孤高のリーダー」の3項目に分かれて、それぞれに簡単な説明が書かれていた。
・「巨額の資金集め」の項目には、防衛産業とつるむことによって不透明な金が流れ込むシステムが構築されているほか、研究費名目で国から巨額の補助金が投入されている。
・「暴力装置」については、数年前からさまざまな事件、事故に関わっている可能性が高い。凶悪事件や、サイバー犯罪にも関与している疑いがある。敵対する重要人物をターゲットにして排除する。
・「孤高のリーダー」には、最高幹部となる人物の条件について記されている。実社会の中で、類いまれなる能力を発揮して実績を挙げただけでなく、さらに孤立、孤独を経験した人物の中から最高幹部が選ばれる。
「なんだ、これは」。河野が素っ頓狂な声を挙げた。「これと似たゲームをやったことがあるぞ。そうだ、テロリストゲームだ。巨大国家が資金源となっているテロリストチームが敵を次々に倒していくストーリーだ。岩城さんは自分も命を狙われているという被害者意識が高じて、妄想の世界を膨らませてしまったのではないか」。
岸岡も驚いた表情で、「ゲームとしては面白そうだけど、現実離れしている。こんな組織が存在するなんてアニメの世界だ」と言った。2人は全く信じていなかった。
だが、大神だけは違った。岩城に会って取材した時に、ゼネコンの秋田支店長の話は聞いていたし、岩城は切実な顔で、「尾行されている」とも言った。そして実際に岩城は殺されてしまった。
「これこそが現実だ。岩城さんの遺言なのだ」。「グループを支配している別の闇の組織」というのは一体どういう意味なのだろうか。端緒さえもつかめていない現状にいら立ちを覚えた。
河野と岸岡は、伊藤社長のUSBメモリーの解読に移った。岩城のケースとは異なり、伊藤社長は記録を人に見せることを前提としていなかった。USB、フォルダ、文書ファイルの3層にわたってそれぞれにパスワードがかかっていた。2人には手に負えず、解読専門業者に依頼した。パスワードに使われそうな数字と文字をすべて渡しても1週間かかった。さらに出現した文書は暗号になっていた。数字と文字のいかなる組み合わせでも解けなかったという。
3人は再び集まった。岸岡がチャレンジしたが解けなかった。
「お手上げだ。解読には最低でも1年以上はかかるぞ」。暗号解読をライフワークにしている岸岡が匙を投げた。「諦めるしかないな」と河野がつぶやいた。
と、その時だった。「あっ、あっ、あっ」と大神が奇声をあげた。そして天井を見上げながらくるくると回り始めた。
「そうだ、そうだ、ひらめいた! 降臨してきた。天から神様が降臨してきたよ」と叫んだかと思うと、そのまま部屋から飛び出していった。
河野と岸岡は呆気にとられた。「大丈夫か、訳のわからないこと言っていた。あんな奇怪な行動をとる由希を見たことがない」と河野が言うと、岸岡も「きっと絶望しておかしくなってしまったんだ。気の毒に」と心配した。大神はなかなか戻って来なかった。30分ほどしてようやく姿を現した。手に1枚のメモを持っていて岸岡に渡した。
「ASTRO・KAEDE-20000208」と書かれていた。
「これを入力してみて」。大神に言われ、岸岡は早速暗号解読に向けて入力作業にかかった。
「なんなんだ、このローマ字と数字は」と河野が聞いた。
「伊藤社長は子供の時から天文学に興味を持っていたのよ。自分で惑星を発見して名付けたこともあったって亜紀夫人が話していた。ずばり、その惑星の名前よ。今、伊藤社長の執事に電話して調べてもらっていたの。発見は2000年2月8日。娘の楓ちゃんの名前をつけたのね」
「なんだ。当てずっぽか。可能性は薄そうだな」と河野が言った。岸岡は無言で番号を打ち込んでいた。大神が持ってきたメモの組み合わせははずれだった。だが、何度か組み合わせを変えてチャレンジを続けた。
しばらくたった時だった。
「解除したぞー」と岸岡が叫び、続いて「アンビリーバブル」と歓喜の声をあげた。
「ほらね。あったりー」。大神も天体望遠鏡をのぞく格好をした後、飛び上がって喜んだ。
「まさに奇跡だ」。3人は手を叩きあって子供のように喜んだ。
だが、歓喜の瞬間は一瞬で過ぎ去った。暗号を解読したことで出現した文章を読み始めると沈黙が襲った。3人の表情が険しいものに変わった。
「防衛戦略研」について記述されていた。「シャドウ・エグゼクティブ」という肩書の10人の人物が「最高幹部会」のメンバーとして君臨していて、すべての運営についての決定権を握っている。
「シャドウ・エグゼクティブ」の下に、「リーダー」「隊員」と呼ばれる肩書の人物がいて活動している。その構成人数が羅列されていた。
シャドウ・エグゼクティブ 10人
リーダー 30人
隊員 180人
協力者 15万人
「シャドウ・エグゼクティブ」の10人については、氏名は書かれていないが、肩書だけ列挙されていた。
①企業経営者②大学教授③IT技術者④スポーツアスリート⑤自衛隊幹部⑥宗教指導者⑦医学界代表⑧ファッションデザイナー⑨報道関係者⑩芸術家
年2回、1月1日と7月1日に「シャドウ・エグゼクティブ」10人による最高幹部会議が都内で催される。「シャドウ・エグゼクティブ」は5年ごとに3人ずつが交代する。議長役だけは代わらない。新しい候補者になるには、「シャドウ・エグゼクティブ」2人の推薦で、最高幹部会議で決定される。
各自が本業を持ちながら、「防衛戦略研」の極秘の任務にあたる。報酬は、ランクによっ異なるが、大企業の役員並みの手当がでる。任期を終えた者は、10年間は組織の厳正な管理下に置かれる。生活は保障されるが、厳格なルールを破ると抹殺される。引退後は海外で生活する者が多い。
「シャドウ・エグゼクティブ」には3人の「リーダー」がつく。絶対服従だ。さらにリーダーの下に隊員によるグループが組織されている。協力者は主に資金の提供者だ。「シャドウ・エグゼクティブ」になる時の条件は3つ。①世界統一思想の普及に尽力する②組織の決定への絶対服従③組織の方針に抵抗、反対する人物の排除。「リーダー」「隊員」が守るべき規定も列挙されていた。
資料の解析を終えた河野と岸岡に今度は笑いはなかった。「テロリストゲーム」とか言ってはしゃぐ姿はなかった。恐怖で顔がひきつっていた。岩城と伊藤という面識のない2人が残したデータが重要な点で重なったからだ。
「『防衛戦略研』顧問の伊藤社長は、『シャドウ・エグゼクティブ』への就任を打診されていたのかもしれない」と大神が独り言のようにつぶやいた。「どういうこと?」とひきつった顔の河野が聞いた。「亡くなる前、『防衛戦略研』に頻繁に呼び出されていた。それと、立場が上がって忙しくなりそうだと困った様子だったらしい」と大神が答えた。
「闇の組織というのは、『シャドウ・エグゼクティブ』による最高幹部会のことのようね。おぼろげながら姿が見え始めたという感じだね。最高幹部会は7月1日になっている。21日後か。どこで何が話し合われるのだろう。こうなったら現場を押さえて聞き出すしかないわね」と大神が言うと、河野と岸岡は驚いて顔を見合わせた。
「なんてことを言うんだ。日時と場所がわかったら踏み込むのか。殺されに行くようなものだ。恐ろし過ぎる」
「だって、10人の『シャドウ・エグゼクティブ』については誰1人判明していない。闇というだけあって実態の解明は相当難しそう」と大神が悔しそうに言うと、河野が意を決したような顔で言った。
「ハッキングしよう。『防衛戦略研』のコンピューターに侵入するんだ。悪性ウイルスをばらまいて破壊して、その隙にデータを盗むんだ。岸岡ならやれる。なんせ天才だから」。そう言うと、岸岡に向かって「なあ、やれるよな」と声をかけた。
「相手がどれほどのセキュリティを講じているかにもよるけどね。国家機密を扱っているのだから相当厳重だろう。でもやれると思う。『防衛戦略研』の関係者に協力者をつくることから始めなければならないけどね。それなりの危険を冒すんだから特別ボーナスはしっかりもらいますよ」。岸岡はあっさりと言った。
大神はしばし沈黙した後、「でも、違法な手段だよね」と言った。興奮状態の河野が言う。「悪の組織をやっつけるのに躊躇している場合じゃないだろう。ゴーサイン出してくれよ。相手は殺人集団なんだ。手加減したらこっちがやられちまうぜ」
「でもやっぱり、まずいよ。取材して問題点を指摘するのと、自分たちが企業や組織のコンピューターシステムを攻撃するのは全く次元の違う話でしょ。巨悪を暴いて糾弾するのに、その手段として違法なことをやるのは賛成できない」
「じゃあ、どうするんだ」
「足を使うしかない。私にできることは足を使って地道に歩き回って情報をかき集めることぐらい。岸岡君みたいに魔法を使えるわけでもない」
河野はあきれたように言った。「魔法ではない。熟練したテクニックだ。足を使って重要な機密情報を入手できるならいいが、現実問題として手詰まりになっているじゃないか」
「いや、まだ、『防衛戦略研』本体にあたっていない。そこを突破口にすれば光明が見えてくるかもしれない。まだやることは残っているはずよ」
大神も本音は、河野が言っているように、違法な手段を使ってでも一刻も早く「防衛戦略研」の実態を暴きたかった。「防衛戦略研」に直接取材に行く前に、さらなる証拠と具体的な証言が欲しかった。そう強く思った時。ふとあることを思いつき、カバンの内側ポケットのチャックを開けた。中から封筒がでてきた。
「防衛戦略研」主催の舞踏会の案内状だった。伊藤亜紀夫人から預かったものだ。
真っ先に日付を見た。
6月11日(日)午後7時の開催となっていた。明日だった。
(次回は、■仮面を被った男の正体は)
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