8-C 創作パン披露会
「良い物件を探しに行く……ってホントに行っちゃったし」
リンドーは颯爽とどこかへと出て行った。何日もいたわけでもないのに、よくもまぁ土地の当てがあるもんだ。
残されたのは元気だけで動いているパン屋ちゃんと私のみ。
一人で帰ろうかとも思ったが、ウルメラの街まで七日も掛かるのだ。この世界で戦闘技術を少し磨いたとはいえ、一人で帰る勇気は全くない。
知恵の女神でも幸運の女神でもない私が、この子にして上げられることなんて殆どない。
最終的にはパン屋ちゃんが自分で努力をしなければ全国規模の店の展開なんて壮大な夢は叶わないだろう。
「そんじゃ、まぁなんか変わったパン作れる?」
私に出来るのは精々、夢へと架かる橋の木材を運ぶ程度……虫食いかもしれないけど。
過度な期待はしないで欲しい。
「変わったパン、ですか?」
「なんでも良いわよ。味が変わってる。色が変わってる。原材料が変わってるとかね。私、パン作らないから、技術的なアドバイスは出来ないけど、思い付きでパン色々作ってみてよ。食べてウケるかどうかぐらいは判断して上げるわ」
「わっかりました!」
映えて話題性があったら、ヒトは集まる。
パン屋ちゃんは何か思いついたのか、部屋を出ていく。
暇だったので、椅子を並べて寝て待つことにした。
寝てさえいれば、ここが魔王城だろうが関係なく楽しい夢の世界に旅立てるのだ。
それから数時間。
「お待たせしました! クラリム様! 新作三つも作っちゃいました」
パン屋ちゃんの明るく大きな声で目が醒める。
体を起こして、パン屋ちゃんが御盆に乗せたパンに注目したのだが、それぞれに姿を隠す布が掛かっており、何が置いてあるか分からなくなっていた。
試作品の味見なのに、テレビショーでやる人気パンランキングの最終発表みたいだった。
「一つ目は味に拘りました! 行きますよー、せい」
掛け声と共にパン屋ちゃんは一番左に置いてあったパンの布を剥がす。
「見た目は普通のクロワッサン……よね」
姿を見せたのは三日月型のパン。
手に取って、半分に割る。
本来なら白い生地だが、薄い緑色。
抹茶味とかだろうか。抹茶がこの世界にあるかは知らないが、まぁお茶系のパンはきっと変わっているだろう。
恐る恐る口に入れる。
口に入った瞬間、私の舌は全ての味覚を潰すような苦味を感知した。
「苦瓜ペポガボチャを擦り潰してパン生地に練り込んで作りました! 私は甘い方がいいと思うんですけど、いつものままじゃダメだって思ったんで思いっきり苦くしてみました! どうですか?」
「苦い苦い苦い、水水水、苦い苦い苦いーー!」
苦瓜って言っちゃってるじゃん。美味しい要素ないじゃん。
ゴーヤだとかズッキーニだとかを齧ってる気分。
というかそれ以外に何か隠し味があったとしても、苦味が強すぎて把握出来ない。
「……次」
水を貰い、残りのパンを水の勢いで体の中に押し込んだ。
健康には良さそうだが、売れなさそう。
「二つ目は色に拘ってみました! 一色じゃあ物足りなかったので、たくさん入れてみました!」
「……だから七色」
物は先程と同じクロワッサン。
ただその色は、端から順番に赤橙黄緑青紫黒、と虹のような配色で並んでいた。
なんというか奇抜。真っ青で統一してないだけマシだが、これはこれであまり食欲は唆られない。
「まぁ、見た目はまだ食べれそうな範囲だし、意外と良いかもしれないわね。いただきます」
「どうですか?」
噛む。噛む。噛む。
パンの食感を口で確認し、舌の上でパンを転がす。
「嘘でしょ。味がしない」
「いやぁー、たくさん色付けたら材料費が高くなったので、砂糖とかの調味料を削ってみました!」
「この見た目で? クロワッサンで? 味を削る? ……いやいや、料理なんだから味は削っちゃダメでしょ」
まださっきの苦い方がマシと思える無味。
着色いらない。七色もいらない。
とりあえずバターつけたい。蜂蜜塗って胃に押し込みたい。
「……次」
「最後は自信作です! 味にも見た目にも囚われない完全独自の新作を作りました! これなら神様にも満足して貰えるはずです! その名もスライム……」
「——ヒトを引くようなパンが作れないとすれば、パン屋という店に他の意味を持たせるっていうのもいいわね」
「なんで、次の話になってるんですか! 食べてみてくださいよ〜!」
パン屋ちゃんが指差す先にあったのは、ハンバーガー。
しかし、それはマトモなものでは無かった。
というか見るまでもなく、話の途中でオチが読めた。
「食べない。これが何であろうと、私は食べない」
「えぇ〜、せっかく頑張って倒して来たのに」
まず色が青な時点で食欲が失せる。
その上、バンズが何やらぷにぷにとゼリー状で中で挟まれているのは見覚えのあるモンスターの心臓。
予想もくそもない、見たまんま。
まるで料理下手なキャラが作ったゲテモノ料理みたい。
あと、ピクピクと動いているのは気のせいあろうか。
「……これ、そもそも調理してるの?」
「いいえ、生です! 素材の味そのままが良いかなって思って。あっ、もしかして揚げた方が良かったですか?」
「煮ても焼いても食べないわよ!」
「そ、そんなぁ」
結果。
パン屋ちゃんの新作は、論外ということが分かった。
私自身何か良いアイデアがある訳でもないけど、色々案出してみるか。
◇
「メイド服を着て男性客を誘致するとか」
「えっ、メイド服を着るとお客さん増えるんですか?」
「あー、そっかそういう文化が無いとダメなのか。猫耳は?」
「獣人さんの耳を千切るんですか? そんな物騒なことで来るのは変態さんだけですよ!」
普通に焼いてもらったクロワッサンを片手にアイデアを出していく。
ぶっちゃけ、難航していた。
以前行った世界で流行っていたアイデアを並べているのだが、如何せん嵌まらない。
独特な文化があるわけではないだろうが、ウケる為の土壌が無いというか何というか。
「じゃあ、こうしましょ。せっかく魔王なんだから、国民の朝食はパン屋ちゃんのパンを食べるって法律を作りなさい。それで違反したら厳罰じゃあー、みたいな」
「昔同じようなことした魔王様が叛逆に遭ってお亡くなりになってるらしいですよ」
「……ホントにやってる奴いるんだ。冗談だったのに」
上には上がいるということか、食を制限する王なんて碌な事にならないだろうに、よくやるものだ。
名案が難航したまま座礁したかかった時だった。
「あーーーーっ」
「どうしたの? 急に立ち上がって」
「すみません、クラリム様。私お仕事あるの忘れてました! 調理場でパン貰って届けないと」
「魔王なのに配達なんかやってるのね。魔王軍って人手不足なの?」
「そういうわけじゃないんですが……味の感想とか聞くの好きなんで、調理場でパン作りと一緒に任せて貰ってるんです!」
働くことに幸せを感じていそうな笑顔。
自ら仕事を増やすようなことをするなんて信じられないが、嘘ではないのだろう。
なんでこの子、魔王なんかやってるんだろ。
「少し待っていて貰っていいですか?」
「うん、行ってら〜」
魔王城の一室に一人きり。
「………………ん?」
魔王城。魔王、魔族の本拠地。キケンがいっぱい。私、弱い、周り全員強い。リンドーの決戦兵器も無い。
襲われたら? 死ぬ。
不死身だから、死なないけど、死ぬような目に沢山遭わされるかもしれない。
さっきまで寝て考えないようにしていた現実が頭の中で走り回る。
「ちょっ、ちょっと待って〜、一緒に行く! 私も一緒に行くから置いてかないでぇ〜!」
私は、小走りで移動していたパン屋ちゃんを見つけると全力で後に付いて行った。




