エーデンベルグ公の奴隷騎士
裁判後から季節は巡った。一生を共にするエーデンベルグ公の領地は大きな砦が幾つも立ち並ぶ防衛するための最前線の土地であった。そして……その複数の砦の下に城下町は広がり、平地は膨大な田畑で使用されていた。田舎臭いと罵られるだろう世界がそこに広がっている。公爵が治める地は如何にも辺境だが……辺境にしては都市を持っているので公爵の爵位に恥じない国を持つ。
一国の主……既にその力は王国内でも大きい物になっている片鱗を見せ、しかし隠し、そして弱く見せている。下克上などを疑われないために。エーデンベルグで仕事を持つ身だからこそ、私は……住み、それがよく知る所になるのと力を持った。
そして、最初に私には嫌うものが言う蔑称がついた。エーデンベルグ公の女の奴隷騎士と罵り。そして、少ししてエーデンベルグの女騎士団長。市民が言う名は極炎の騎士。成功を収めて私は幸せを掴みつつある。二つ名を持ちながら。
「今の重い体で、呼び寄せるのも苦痛でございます。公爵様」
私は重い重い体で会議の場へと顔を出した。会場内では葉巻の匂いが染み付いているが窓は空いており、私が来るまでに先に一服済ませたようである。メンバーは公爵に4人の従軍騎士団長様だ。
「重いと申すか……軽々と動いているように見えるがな」
軽口を叩く、偉丈夫な大男は私を見て鼻で笑う。それに対し、演技をする。
「弱々しい乙女です。お腹に子を抱いているのです……一捻りでしょう……うんうん」
「バカを申すな。お腹を触ろうとした騎士を叩き伏せたであろう。それも……実弟だったと聞くが?」
「稽古をつけただけでございます」
私は予想よりも早く、大分やらかしてしまい、命を身籠り、今に至る。男だった故に性知識に乏しかったからこそ、反省と言うことで前線を離れている。4人の若い騎士団長達を私は眺めつつ席に座った。
「ふん、女騎士団長様は健在と……安心したよ」
「それはどうも。四番団長」
エーデンベルグは番で団を数える。1から4。私含め5個の団を持つ。それぞれが砦を持ち、それぞれが権益を持ち、そして……エーデンベルグの砦を今は私が持つ。私が来て組織は変わった。そう、私を後ろに残しエーデンベルグ公爵が前線へと向かえるようになったのだ。口々に私をバカにしてるようで、実はそこまでバカにしていないのを私も彼等もよくわかっている。おしりを触って来るぐらいには度胸もある。
「お呼びいただいた理由はなんですか?」
私は公爵を見つめる。公爵は唸りを上げて牙を見せた。不敵な顔をする……武人である。
「我が領地に侵入を試みる動きがある。知っておろう?」
そんなのとっくの昔から知っている。故に、私に確認ではなく情報を出せと言葉に含ませている。もちろん、私は砦を出ることが許されない身であり……協力は惜しまない。
「知ってます。新たな魔法団を結成し、戦術的な訓練を行っています。城壁を魔法で突破する目論見です。商人の動きがピタッとなくなりましたし、そろそろです」
国交の商人が行き交うことがなくなった。我が妹達が治安維持中に集めた情報によると……開戦は近い。
「ふむ、では専守防衛を徹底させよ。相手の動きによりエーデンベルグ城から私が援軍として向かう。それまで耐えよ。打って出るのは愚策なり」
「「「「は!!」」」」
「では、留守は女騎士団長に任せた。問題はあるか?」
「はい!! 2番団長から一言」
「何か?」
「女騎士団長様……おめでとうございます。そして……これだけの支援物資がほしいなぁ~」
私は軽い調子の彼からメモを受けとる。食糧に武器、そして……薬品等々である。残予算がこれだけしかないと書かれており。彼の頭を叩く。
「お金ないのに求めすぎ……が。食糧は古い物を流すから任せて」
「ありがとうございます……美味しい物を欲しい所ですが致し方なし。勝利後は……お願いします」
「抜け駆けか……そんなの個人で取引しろ」
「公爵様、申し訳ない。我が団員は大食漢多くてね……」
私は一人で笑いながら。皆の顔を伺い他にメモをと促す。するとあれやこれやと書かれているものがあり、私はほくそ笑んだ。
「ありがとうございます。売上いっぱいですねぇ……皆の合わせてると安く出来ますね。では用意し、順次……送ります。食糧は優先しますので籠城の心配はないでしょう」
そのまま私はメモを持って立ち上がり部屋を出る。至急な要件なため、誰も止めずそのまま戦術の話を始めた。私はメモを見ながら近くで巡回警備していた妹たちを呼びつけて伝令とし団庫を開けさせ準備をさせる。私が貯めた物を団長達に売り付けるために。
後方支援を私は任される。エーデンベルグの命を私は預かるのだ。そう、公爵は『あの裁判で私を買った』のだ。娘を蔑ろにするのは些か……酷いと思ったが。武人故に気難しい人である。聖女の母親こそ、よくもまぁ……取り入ったとも言うべきか。
「聖女も……まぁ鍛えた、いい部隊を持ってるので、そろそろ初陣でしょうか?」
私は私の専用の執務室へ向かいながらそんなことを口にする。そして、私を待つ面々と会談するため執務室に赴いた。
入った瞬間に空気が重くなる。エーデンベルグ公爵の面々よりも見知った顔だが……歴戦を戦ったような風貌ばかりのヤバい妹達を眺めた。そこに聖女が剣を持って末座に座り、落ち着いている。その聖女に声をかける。
「あら、お父さんがやる気なのについていかなくていいの? 聖女様は」
「お姉さん……私がいない時に……お姉さま達が『抜け駆け』するのではないかと思ってましてね。でっ、出陣はいつの予定で?」
「あなたのお父さんに言いなさいよ」
「言いました。戦場へとね……まぁ断られました」
「……では、出陣は『お姉さんと共に』でいいんじゃないかしら? 公爵は『部隊員』のあなたを止めるには相応の交渉がいるのでね」
私は仲のいい妹を見つめ、グレーなゾーンの取り決めを行う。ここに牛耳っていた暗部組織を一部奪う形になってしまったが。エーデンベルグ領地の市民の協力もあり事が簡単に進んだ。
そして話終えて……出陣準備の命を妹たちに任せ執務室で天井を仰ぐ。既に私の手にはあまりある力があり……王国転覆さえ叶うのを察する。
「首都では復讐姫が帰ってくるぞと噂が立ってますけど……それどころじゃないんですよねぇ……ノックはいらないわ」
ガチャ
私はドア越しの人物に声をかける。そして……その姿を見たとき。顔を隠す。
「……姉上?」
「………なんで来たのよ」
来たのは……彼だ。弟だ。
「出陣準備ですので……先に挨拶を」
「今生の別れって事。心配せずとも公爵が勝てるわ……必殺の策があるもの。まぁ、老人会は別に関係ない状況なので公爵は安心してるのかもね」
「いえ……挨拶と言ってもその。ごめんなさい……謝りに来ました……ごめんなさい」
「………」
「………」
私は大きく大きく息を吸い込みそして……吐ききる。首を振って目を閉じてゆっくりと開き、落ち着きを装おって弟を見た。
「……許してあげる。私も流れに逆らわず……良くなかった……ですからまぁ。そんな気に病まないで立派に騎士として務めを果たしなさい。私は騎士団長……あなたは百人隊長です。期待してるからね」
「は、はい」
結局、喧嘩は1日しか持たなかった。私は甘い……甘い。
「まぁその……実は凄く不安でね……色々、悩まずにいようと思うのだけど……うん……ごめんなさい」
「……兄上」
落ち着きを装おっていたが……私はどうやら……我慢が無理なようだ。
「その、これでやっと本当に家族になれるって思うと……舞い上がってしまうの……こっち見ないで」
「それが理由だったんですか……」
「…………」
そりゃそうだ。大切な弟を家族としっかりと言える証拠なのだから。
「………戦で死んでも。私は必ず……紡ぐ……弟の血を」
「兄上……そういう時は死なずに帰って来てと言う方が……」
「絶対はない。最悪の結果を回避するよう頑張って……えっと……お父さん……」
「………」
「………」
恥ずかしい。私は背を向けて強がる。
「早く支度しなさい!! たわけ!!」
「……はい。名前、決めないといけませんね」
「あっ……」
ドアの開く音と一緒に私は声を漏らす。お腹を撫でながら私は大いに考えないといけなかった。愛すべき子の名前を。幸い……女の子なのが分かる。それはまた元気な女の子だろう。
「わ、私みたいな子だったらどうしよう」
私は、私自身をそう評価する。大変な人生になるだろうなと。だけど……そのためには私は……戦い続けなければいけなくなった。
「はぁ、大変ね。これからは」
お腹を撫でながら……私は微笑む。手に入れた物を喜びながら。




