出会った人は・・・・・・リーゼント!?
朝、目覚めは憂鬱と共に訪れた。カーテンを取り付け忘れて、日差しが朝からやたらに入ってきて、私は日の出と一緒に目が覚めてしまった。
リビングに出てもお母さんはいない。多分、お母さんは未だに熟睡している。私がどれだけ辛く目覚めても、お母さんの方が遅く目覚めるんだから……。とりあえず、朝ご飯の準備でもしようと思ったけど、冷蔵庫の中は昨日のおそばの残りがあるだけだった。
「今日は帰りに買い出ししなくっちゃ」
とりあえず、朝ご飯はおそばか……昼ごはん、どうしよ。購買部で買うのは、うーん、いやだなぁ。今日も作治君に手伝ってもらわないと買えないだろうし、それに、作治君が学校に来るかどうかさえ分からないから……。学校行く途中にコンビニ、あったかなぁ?
「いってきまーす!」
「いってらっしゃ、ふはぁい」
起こしたてで寝癖で頭を爆発させたお母さんに見送られながら、学校に向かう。マンションから道に出ると、すっかり見知らぬ景色が広がっていた。昨日の夕方とは違う、朝の明るい道。マンションに来た時と逆の景色だからということもあるけれど、同じ場所のはずなのに、全く違う場所に来たみたいになっていた。
とりあえず、道なりに駅に向かおう。駅にならコンビニもあるはずだし、行く途中で立ち寄れるしね。
それにしても、学校に行くの嫌だなぁ。またいじめられたらどうしよう。水戸さん、だっけ? なんか、目を付けられてるみたいだし……。それに、ワンちゃんに会うのも、もう嫌かも。折角会えたのになぁ。あんな終わり方ってないよなぁ……。
「はぁ」
ため息をつきながら、駅までの道を歩いてる最中の、交差点に差し掛かった時だった。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!」
左側に折れ曲がった道の方から、雄叫びが聞こえてきた。
「えっ!?」
その方を見てみると、目の前に男の人が、勢いよく走って来てて……どんどん、姿が近くなってきていて、っていうか、もうすぐそこまで来てる!!
「おおおおおお!!! うお!!!?」
突然現れた私に、その人も驚いたみたいだった。けれど、その人もスピードを抑えることができなかったみたい。
どん、とぶつかって、私はしりもちをついた。
あいたたた、私、こんな役ばっかりだなぁ……。あれ、私の足もとに食べかけの食パンが落ちてる。
「す、すまねぇ!! 俺、めちゃくちゃ全力疾走しちまってて」
そう言って、男の人が私の方に手を差し伸べていた。なんだか、昨日もこんな感じだったなぁ、ワンちゃんと再会したとき。
「い、いいえ、全然大丈夫です」
手を取って、男の人を見上げる。
服装は……また、学ラン。しかも、同じ学校の校章まで付いてる。も、もしかして、この人も不良さん?
恐る恐る顔を見上げると、そこには、とてもさわやかな笑顔があった。ワンちゃんが見せてくれた優しそうな笑顔とは違って、快活そのもののようで、この笑顔が見れたらこの人にまた会いたいな、って思うような魅力的な笑顔だった。
「大丈夫か?」
にっ、と白い歯が見える。そして……ゆっさゆっさと、おでこの辺りに垂れる黒い毛の塊。
……な、何これ。えーっと、確か、リーゼントだっけ? うん、爽やかだけど、きっとこの人も不良だ。
「は、はい、大丈夫です」
頑張って、私も笑おうとするけど、酷くぎこちない引き攣った苦笑いになってしまう。お互いに笑顔になって、目が合った。
「ドっキぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃン!!!!」
「えっ!?」
リーゼントさんが、急にはっ、と何かに打たれたようなはっとした表情になった。
「な、なんだ、この胸の高鳴りは……いや、待てよ。このシチュエーション。パンを咥えて急いでいてぶつかる、これは、間違いない! 君!」
「きゃっ!」
リーゼントさんに体を抱き起こされる。リーゼントさんはすっごく身長が高くて、高校生なのに、百九十センチはありそうなくらい。私は彼の胸のあたりまでしか身長がなかった。
突然、がしりと両方の肩を掴まれる。
「もしかしてアンタ。昨日うちの学校に来た転校生か!?」
「えっ! あ、あ、は、はい」
「うぅぅうぅぅぅぅぅぅ! 青春サイコぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
急に爆音が響いた。
「きゃっ!」
耳を塞ぐと、それを見たリーゼントさんが叫ぶのを止めた。
「すまねぇ、急に大声出しちまって。それにしてもアンタ……」
じろじろと私を見るリーゼントさん。そして
「すっげぇ、可愛いな!」
くったくのない笑顔で私にはっきりとそう告げる。
「えええええええ!!!?」
「おいおい、なんでそんなに驚くんだよ」
「わ、私なんかそんな、全然可愛くなんてないですよ」
すごい、顔が熱くなる。こんな風に正面から可愛いだなんては、はは、初めて言われた。
「謙虚だなぁ。そんな奥ゆかしいところも、まさに俺のタイプ! 黒髪で、見るからにおとなしそうで、うんうん! まさに、転校生にふさわしい、俺の運命の相手だ! これも青春が導いてくれた出会いなんだ!」
ゆっさゆっさとリーゼントを揺らしながら、リーゼントさんが言う。す、すごく褒められて嬉しいんだけど、り、リーゼントが動いて気持ち悪いよぉ……。
「よぉし! じゃあ、俺と付き合ってくれ!」
「えええええ!!?」
「あ、突然すぎたか。えーっと、じゃあ、付き合うことを前提にデートしてくれ!」
「ちょ、それでもまだ突然すぎ! っていうか、そんな付き合うとか、まだ、そのぉ……」
ど、どう断ろう。ついうろたえて言葉がちっとも出てこない。
「はぁ、照れてなんていえばいいのか分からないんだなぁ。うんうん、奥ゆかしいなぁ、いいなぁ。やっぱり可愛い」
「ちょ、そ、そう言う訳じゃ、それに、そんなに可愛いとか言わないで!」
「事実なんだし、いいだろ?」
「じ、じじつって……!?」
周りを見ると、道行く人が私たちを見てる。こんな街中で可愛い可愛い連呼されるなんて。しかも大声だから注目浴びちゃうし、あああああ、恥ずかしい。と、とにかくこの人と付き合うなんて無理です! って言わないと。
「その、付き合うとか、私にはむ……」
そう言おうとしたときだった。
「あああああああああ!!!! お前は!!!!」
横断歩道を挟んだ、交差点の向かい側の歩道から、聞き覚えのある声がした。しかも、この声は、ちょうど昨日の朝に聞いた声で……。
その声の主が、横断歩道を渡って近づいて来た。案の定、そいつは他に二人の仲間を引き連れている。
「ここで会ったが百年目。昨日の恨みを晴らさせてもらうぜ!」
「お会いするのは二回目、そして一日ぶりですけどね」
「……うぬ」
昨日の三馬鹿トリオだぁ。
「おや、昨日とは連れている男が違いますね」
「なぁにぃ! おうおう、こいつは驚いたなぁ。こんなに可愛らしい清楚ぶったナリしてやがんのに、男は日替わり定食ですかい」
「ち、違っ! 私、そんなんじゃない!」
っていうか、昨日も今日も、偶然出会った人一緒にいるだけだし。
「ロリビッチ……それも悪くはありませんね」
「…………………………う、うぬ」
ああああ、相変わらずの変態達だぁ。
「ようよう、そこのリーゼントの兄ちゃんもよぉ。そのガキ臭ぇ女にたぶらかされた口なんだろう? ま、哀れな奴だし、お前も仲間に入れてやらんこともないが……残念だけど、こいつ、三人用なんだわ」
相変わらず下衆な笑いを浮かべながら、泥沼はリーゼントさんの肩にぽん、と手を置いた。
「おい……」
リーゼントさんの纏う雰囲気が変わった。すごくぴりぴりとした空気を感じる。
「あ?」
「今よ。この子になんつった」
「あ?」
「三人用だなんて、よくもまぁそんな下品なこと言ってのけたなぁ!!!!」
リーゼントさんが泥沼の方を振り向く。
「げぇええっ!!! お、お前は、ば、番長、竜美懸!!」
泥沼の顔が一気に青ざめていった。後ろの海鞘蕗も殿面も同様に青ざめる。
「ば、番長?」
もしかしてうちの学校の? それって……めちゃくちゃ強い?
「こ、この女! 裏番の大神一和に続いて、番長にまで手を出してやがったのか!」
違う! そう言おうとしたのを、リーゼントさん、竜美……さん、が遮った。
「そんなことはしてねぇよ。この子からのアプローチだって受けちゃいねぇ。テメェ等が妄想するような女の子じゃねぇぞ、この子は。それによ……」
竜美さんが、振り向きざまに泥沼の顔面にパンチを食らわせた。
「ぐぼっ!」
そして、よろける泥沼に向かって
「この子は……テメェ等三人用じゃねぇ! 俺専用だあああああ!!!!」
と言って思いっきり回し蹴りを放った。
「って、それもちがーーーーーーーーーーう!!!!!!」
蹴られた殿面は吹っ飛んで倒れた。
「こ、これは……逃げた方が良さそうですね」
「うぬ」
そう言って後ろを振り向いた海鞘蕗と殿面。
「おおっと、逃がすわけにはいかねぇな。俺の大事な大事なこの子に手ぇ出そうとしたんだ。しっかりオトシマエは付けてもらうぜ」
竜美さんは、しっかりと二人の襟首を掴んでいた。
「ぎゃあああああああああ!」
目の前で広がる、一方的な大乱闘。大男の殿面でさえも軽々と投げ飛ばしている竜美さん。
「も、もしかして、本当にめちゃくちゃ強い人?」
や、やばい。とんでもない人に目を付けられちゃった。ど、どうしよう。も、もしもあの人の告白を断りでもしたら……。
「し、死んじゃうかも」
大変だ! ま、まだやりたいこともたくさんあるのにぃ……。そ、そうだ。今のうちに逃げていけば。ちょうど竜美さんは二人をぼこぼこにするのに夢中になってるし。
ちょうど、横断歩道の信号の色が切り替わった。
「よし、行こう!」
私は全力疾走で学校に向かって駆け出した。
「よっしゃ。これぐらいで勘弁しといてやる!」
ぼろ雑巾のようになった三馬鹿トリオの前で、懸はゆっさゆっさとリーゼントを揺らしながら誇らしげに胸を張っていた。
「ううん! きっと俺のこの勇敢な姿に君も見惚れているころだろう。どうだ、俺ってばすっごい強いだろう! かっこいいだろう!」
そう言って、懸は振り返るも、誰もいなかった。
「あ、あれぇ……。先に学校にいっちゃったのか?」
凄く昭和臭いです。