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コワモテ!  作者: リソタソ
遊園地とデートと誘拐と!?
22/105

ここって・・・・・・どこ!?

「起きなさい……」

「う……」

 思わず声が漏れる。体が重たい。頭ががんがんする。気が付けば顔中の筋肉を強張らせてぎゅっと皺を寄せている。……ん、気が付けば?

 いつの間にか私は寝ていたみたい。あれ、いったい何があったんだっけ? 

「起きなさいって!」

 ごすん、と背中に二つの固い物が勢いよく当てられる。

「いたっ!!?」

 感触からそれは靴だと分かった。分かったまではいいんだけど、蹴った人が誰かを確認しようと体を動かそうとするもできなかった。両手が背中で、足が両足を束ねて縛られていたからだ。

「あ、あれ? うそ、何で縛られてるの!?」

 誰!? こんな趣味私にはないよ!!

「なに寝ぼけてるのよ叶恵!」

 私を蹴ったらしい女の子の声。快活で聞きようには逞しく聞こえるこの声は……。

「このみちゃん!? なんで!?」

 私の背後には叶恵ちゃんがいるらしかった。

「なんでって、あんたと一緒で誘拐されたのよ、ユーカイ!」

「ゆうかい……あ!!!」

 そうだ、私はあの迷路の奥で急に誰かに羽交い絞めにされて、なんか変なものを嗅がされて眠らされたんだ。

「こ、ここはどこ?」

 あたりを見渡すが、随分暗くてあまり情景が分からない。分かるのは、私が寝ころんでいるのは冷たいフローリングの床だってことだけ。

「あんたは眠らされて連れてこられたもんね……。私たちが連れてこられたのは廃校のどこかの教室みたいよ」

「じゃあ、お化け屋敷からはでていないってこと?」

「そうね」

 ちょっとずつ、目も暗闇に慣れてきて、景色がうっすらと見える。見えるのは床と、スライドのドア。それから骨組みがむき出しになったパイプベッドの脚、どうやらここは元保健室みたい。私が見える範囲に人はいなかった。

「ここには私と、このみちゃんだけしかいないの?」

「そうみたいね」

「じゃあ、このロープを解けば逃げ出せるかも」

 誘拐されたけど、まだ遊園地を出ていないのならなんとか外に出られるかもしれない。希望はまだ私の中にはあった。

「無理ね」

 その希望をこのみちゃんはあっさりと踏みつぶした。

「ちょ、どうして?」

「だって、そのドアの先には見張りがいるんだもん」

「うそっ!?」

「耳を澄ましてみなさいよ」

 このみちゃんの言うとおりに私は聞き耳を立てた。

「すぅ……はぁ~~~~。すぅ……はぁ~~~~~~。くぅ、やっぱり最高だなー」

 男の声だった。深呼吸するような大げさな呼吸音は明確に何かを吸っているように聞こえる。

「妙なもん吸ってるやばい男よ。見た目はひょろひょろとしてるのに、力だけはいやにあるわ」

 はっきりとまるでみたことのように説明するこのみちゃん。

「このみちゃん、どうしてそんなこと知ってるの?」

「さっき脱出しようとして押し戻されたの」

 淡々と答えるこのみちゃん。

「どうやって脱出しようとしたの? っていうかそんなに自由に動けるの!?」

「だって、私は縛られてないんだもん」

 ひょこ、と横を向いた私の顔の前に、逆さのこのみちゃんの顔が現れた。後ろから顔を覗き込ませているらしい。

「……手足も自由?」

「そうよ」

「……このみちゃん。どうして私のロープを解いていてくれなかったの?」

 起きなさい、って命令していた癖に、そんな暇があったらロープを解くぐらいはできそうなはずだよ?

「だって、縛られてるアンタを見るの楽しいじゃないの」

 このみちゃんは、誘拐されているのに意外と楽観的だった。

「そ、そんなこと言ってないで解いてよ」

 私が頼むと、このみちゃんはにたりと不敵な笑みを浮かべた。

「……どうしようかな~、このまま放置しておいて私は隠れてアンタだけ誘拐されちゃえば、私にとっても願ったりかなったりだし」

「ちょ、ちょっと! このみちゃん! 酷いよ!」

「いいじゃないの。もしかしたら新しい趣味に目覚めるかもしれないし」

「いやだよっ! こんな趣味いやあああ!!」

 私が叫ぶと、ドン、と扉が叩かれた。このみちゃんも私も、一点に扉を見つめる。

「お前らうるせーぞ! もっと緊張感を持ちやがれ!!」

 ドアの向こうにいる男の怒鳴り声だ。その音に、私はがたがたと震えてしまう。そうだ、誘拐をするような人だから怖い人であることに間違いはないんだ。

「いやな奴ね、アイツ。家庭をもったらDVとかするわ、絶対」

 このみちゃんは冷静な口ぶりで毒づく。ちっともあの男の行動に怯える様子は見受けられなかった。

「このみちゃん、怖くないの?」

「そうね。だって、今すぐに何かをされる様子も、すぐに遠くへ連れていかれる心配もないんだもん」

「このみちゃん、良く分かるね」

「考えても見なさいよ。誘拐するんならいちいち一か所に集めるようなことしないわ。私たちを捕まえてさっさとトラックなり大型車に押し込むなりするはずだもん。多分、他の目的でもあるんじゃない?」

「他の……」

 なんだろう、と聞こうとすると、私の声にかぶせるように

「私に聞いてもそれはわかんないわよ」

 とこのみちゃんが言った。

「ともかく、脱出するのもリスクが高いし、私たちにできるのは待つことだけね」

「待つって、何を?」

「決まってるじゃない。助けよ、助け」

「助けてくれる当てがあるの?」

「あるじゃない。懸とか、仲間とかさ。私たちがどこかに行っちゃったって気付いたら、絶対に探してくれるわ」

 このみちゃんは確固たる自信を持っているような口調で言う。それには怯えるだけの私でも勇気付けられる。

「そうだね。きっとワンちゃんも助けてくれるはずだよね」

 希望を口にすればなんだかそれが叶うような気がする。うん、だんだんそんな気がしてきた。ワンちゃんが絶対に助けてくれる。

「……」

「……」

 なぜか、シンとする。このみちゃんが真顔で私を見つめていた。

「ねぇ、アンタ」

「な、なに?」

「アンタ、その……好きなんでしょ、大神のこと」

「ふぇっ!? と、突然何を!?」

 私の顔に体中の体温が集中する。湯気が出てしまいそうだ。

「いいから、答えなさい。そうなんでしょっ!?」

 このみちゃんもこんな質問をしていることに恥ずかしさを感じているのか、顔が赤らんでいた。

「……………………ン」

 私はうつむくように頷いた。

「そう」

 納得したように、このみちゃんが呟いた。な、なんでいきなりこんなこと……突然のこと過ぎるよ。

「だったらさっさと付き合いなさいよ」

 次のこのみちゃんの言葉はもっと突然だった。

「ちょ、なんでそうなるの!? っていうか、そんの無理だし、だって、私は好きでもワンちゃんが私のこと好きかどうか……」

「そんなの気する必要ないでしょ。告白するなり既成事実を作るなりなんなりして早くあの男のモノになりなさいって!」

「き、きせ……それはもっとダメ!!」

「いいじゃないやっちゃえば。付き合ってなくてもって別に珍しいことじゃないし」

「わ、私は珍しいほうでいいの!! っていうか、どうしてこのみちゃんがそんなこと気にするの!?」

「そりゃあ、恋敵が減るからに決まってるじゃない!」

 ここまで、私とこのみちゃんの会話は理性を失ったようにヒートアップしていた。それは、私たちの言葉の一つ一つに対して思慮もなく堰を切ったように流れ出ているようなものだった。

 だから、自分の言った内容を今一度しっかりと理解したこのみちゃんは、自分が思いがけない大胆発言をしていたことに気付いて、今以上に顔を紅潮させたのだった。

「恋敵って?」

「あ、あああああ! なんにも言ってない、なんにも!!」

 このみちゃんが慌てて失言を消そうとする。でも、私はしっかりと聞いていた。恋敵、誰のことだろう、と考えるまでもなかった。

「このみちゃん。懸さんのことが好きなの?」

 彼女の傍にいる男の人で、その可能性があるのは懸さんぐらいしかいない。

「ぎゃっ!?」

 案の定、このみちゃんは目を点にして、いたずらが露見した子供のように顔を青ざめさせていた。

「そうなんだー、へぇー」

 私は得意になってついつい顔をにやつかせる。

「そ、そんな、アイツのことなんて……」

 もー、やっぱり可愛いなぁこのみちゃん。

「私、別に懸さんのこと……」

 なにか誤解されているような気がして、気が無いことを改めて彼女に言おうとした。

「その割に、懸のアプローチにはまんざらじゃない顔してくれてるじゃない」

「えっ!? そ、そんなことないよ。さっきも言った通り、私はワンちゃんのことが好きだし……」

「だったら! もっとちゃんとフリなさいよ! アンタが中途半端な受け答えばっかりするから、懸だって、アンタのことにまっすぐになるのよ!」

「う……」

 た、確かに、私は懸さんにこれと言った返事をしたことは無い。面と向かって告白をされたような覚えもないけれど、彼が私に対して好意を寄せていることはこのみちゃんも知っているように、自明の理のごとくはっきりとしていた。

「自分には好きな人がいるって、はっきり言ってやりなさいよ! そうしないと、アイツだって諦めないでしょ! ……私のこと、向いてくれないでしょ……」

 息せき切っていたこのみちゃんの心の叫びが、勢いを失った。代わりに、まるで小川のせせらぎを作る清らかな水のような美しい滴が彼女の目から零れ落ちる。

 間違えようもない、彼女の切実な気持ちだった。

「このみちゃん……ごめんね」

「……ぐず、何がよ」

「このみちゃんがそんなこと思ってたなんて、知らなかった」

「知るわけないでしょ、アンタなんかに言いたくなかったもん」

「私のこと、恋敵だと思ってたんだもんね……。分かった。必ず懸さんには言うよ。私、ワンちゃんのことが好きだって」

「……ほんとに?」

 このみちゃんはすっかりしおらしくなっていた。

「うん」

 返事をすると、私はつい笑みをこぼしてしまった。それを見たこのみちゃんが、目を隠しながらしおらしい表情から、むっとした顔になる。

「な、何笑っているのよ」

「だって、このみちゃんが意外と純だから」

「じゅ、純って……別にそんな……」

「懸さんも純だから、お似合いだね」

「ちょ、からかうな……もう、急にそんなこと……」

「からかってなんかないよ。ほら、二人ってよくコンビニにいるヤンキーカップルみたいで見た目もお似合いだし」

「……絶対からかってる」

 げしっ、とこのみちゃんに蹴られた。もー、このみちゃんってば照れて……。でも、少しだけ嬉しかった。なんだか、やっとわかり合えたような気がする。いろいろと嫌なこともされたけど、やっぱり……。

「テメェら!!! なに和やかになってやがんだコラああああああああ!!!」

 外から、男の声がした。見張りの人の声だ。

「お前らなあ……緊張感を持てって言ったのに、何楽しくガールズトークしてやがんだ! どこに行った恐怖は! 緊張感は!! お前らみたいな甘酸っぱい青春ライフを送れなかった俺に対するあてつけかコラあああ!!!」

 酷く怒っているようだった。折角いい雰囲気だったのに、全部台無しだよ。

「叶恵……」

「何、このみちゃん?」

「やっぱアイツ、むかつくわね」

「そうだね」

「ちょっと〆ちゃおっか」

「うん」

「じゃ、ロープ外してあげるね」

 このみちゃんの手が私のロープに掛かる。

「お前らよお! 何やってても無駄だだからな!! そうだ、折角だからお前らが楽しく愉快に監禁女子会してる間に外で何が起こってるか教えてやるよ!! お前らが外に出ても、もう青春に戻れないことになってることを教えてやる!!!」

 男は得意げに語り始めた。私はそれに耳を傾ける。このみちゃんも私のロープを解きながら、男の話を聞いているようだった。



 下中に対して制服警官が付きだしたものは、ビニール袋に入っている白い粉だった。

「麻薬だ。君の原チャリのヘルメットの中に入っていた。まさか、あんなところに隠しているだなんてな」

 その場にいる誰もが驚いた。下中も信じられない、と言った表情だったが、すぐに毅然とした態度で警察に反論した。

「それは俺のもんじゃないっ!! 誰かが仕込んだんだ!」

「誰かって誰だよ。まったく、とんだ言い逃れを……」

「言い逃れなもんかっ! だったら指紋取ってみろよ! 俺の指紋はでてこねぇぞ!」

「だろうな。きっと、指紋はすでにふき取ってるんだろう。最近多いんだよねぇ、証拠さえ挙がらなければ逃れられると思ってる奴」

「とりあえず、こんなところではなんですから、署に来てもらいますよ」

 警官に腕を掴まれると、下中は振り払った。

「止めろよ! 俺はそんなことしちゃいない!」

 明らかに下中は劣勢だった。だが、彼の潔白は間違いない。不当なのは警官の方である。

「そうだよ! 下中さんは何もしてない!」

 そのことを知っているのは仲間たちだけだ。彼らが下中の味方をしないわけがなかった。

「煙草も吸えない下中が、そんなもの吸うわけがないの!」

「そうさ! 絶対にありえないさ!」

「やい、国家権力の犬ー! 税金で食ってるんだから正確に調査しろー!!」

 仲間たちが全員、下中を守るように周りに集った。その姿は圧巻だ。一体になった団体ほど見かけで怯えさせられるものはない。警官たちもわずかに戸惑ったようで、お互いに目配せをした。

「お前ら、じゃまするんなら、全員補導するぞ!!」

 けれど、警官も怖気づかないで脅すように声を上げる。

「やってみろやコラあああああ!!!」

 もちろん、発破を掛けられて何もしないことができないのが彼ら不良と言う生き物だ。

 お互いににらみを利かし合う。この状況を誰かに作られたものだと、お互いに知る由もないままに。



 ここまで来るのに何もなかった。脅かす仕掛けも、本物の幽霊もでることはなかった。大丈夫、大丈夫だ。

 言い聞かせるように思っているのは、大神一和だった。この真っ暗な中で一人で歩いていることに心細さを覚えながらも、その足を止めないのは、男の見栄と、早く一人から解放されたいという怯えによるものだった。

 道はいくつかの分かれ道があったが、行き止まりに当たることは無かった。思いのほか運が良かったらしい。遠くにうっすらと青白い明かりが見えてきた。どうやら、もうこの迷路は終了らしい。

 やはり、運がいいと、ほっと胸をなでおろして、出口に向かって大股で歩き出した。


 迷路で随分迷った。何度も行き止まりにぶつかり、背後を気にしながら走り抜け、また行き止まりにぶつかって、と繰り返しているうちにすっかり目が暗闇に慣れていた。竜美懸は、もう大声を上げるようなことはなかった。

 さらに、青白い薄明りが見えて来ていた。これは間違いなく出口だ。それを思えば随分と気が楽になった。

「よし、さっさと行くか。このみも待っているはずだし」

 懸はすっかり安心しきって、軽い足取りで出口へ向かった。

 

 そして、二人は出会った。

「わああああああああああ!!!?」

「ひゃっ!!!?」

 青いライトに照らされたお互いの顔が、突如の恐怖に歪む。これはある意味ホラーだった。二人がその場で尻餅を付く。そこで初めて、顔を合わせた二人が、良く見知った一和と懸だということに気付いたのだった。

 二人が立ち上がる。

「……お前」

 一和が、眉間にしわを寄せて懸を見る。やっと会えた生身の人間が懸だと思うと、安心よりもむかつきの方がむっと湧き上がってしまう。

「……ワン公!」

 懸もそれは同じだった。だが、寂しさが強かった懸は、多少の安心と共に余裕が生まれている。

「お前、何びびってんだ?」

 一和に向かって、煽るように言った。

「ンだとコラ!」

「ひゃっ! って、女かよ」

 一和の怒りの炎に、ガソリンが注がれる。

「テメェだって、大声あげてたじゃねぇかよ。わあああああ! って、ふんっ、ガキみないた声あげやがって」

「俺はびびってねー!! 雄たけびを上げてただけだ!!」

「あんな悲壮感漂う顔で雄叫びを上げる奴がどこにいるってんだ!?」

「びびってたお前に言えた義理かっ!!」

「だからびびってないっつの!!!」

 火花が散るような言い合いは、突如として終わった。

「見せてやるよ、びびってないって証拠をよ」

「ふん、やれるもんならな!!」

 二人はお互いに並んで、出口へ向かって走り始めた。そのまま順路の通りに廊下を走る。

 その様子を見ている男、淡竹は、少々呆れ顔で呟いた。

「あいつら、ガキかよ……。ま、ちょうどいい。ほえ面をかかせるにはいい機会だ。先回りしておどかしてやるか。くっくっく」

 この男も、いたずら程度のことしか思いつかない辺り、子供である。



「そんな、うまく行くわけないでしょっ!」

 外で起きているらしい顛末を聞いて、このみちゃんが叫ぶ。私はすっかり両手足のロープから解放されていた。

「それが上手くいくんだよ。俺は数日前からこの辺りでヤクを売り込んでたんだ。警察も嗅ぎまわってくれたおかげで警備も十分に厚くなってるんだよ。今頃、見つかってるんじゃねぇか?」

 本当にこの男、多分麻薬のバイヤーの想定通りにことが進んでいるかどうかは私たちには分からない。でも、その思惑通りにことが進むのも時間の問題だった。

「何とかして、外に知らせてやらないと」

 このみちゃんがスマホを探すが、彼女のポケットには入っていなかった。外で、仲間たちに預けたからだ。それは私も同じだった。

「仲間たちが少年院に送られ、お前たちは売り飛ばされ、思い人の男たちは今頃淡竹さんにボッコボッコにされてる頃だ、はっはっは。いい気味だぜ。あー、薬が切れてきた」

 男が語るのを止めて、またすーはーと大げさな呼吸を始める。

「ど、どうしよう、このみちゃん」

 ワンちゃんたちも心配だけど、きちんと潔白を示してあげないと困るのは、下中君達の方だ。このみちゃんも今すぐにでもここから抜け出したいと思っているはずだ。

「やるしかないわね……叶恵ちょっとだけ手を貸して……」

「うん」

 何をする気かは知らないけど、私はこのみちゃんに助力することに異議はなかった。

「なにか使えるものがあるかもしれない……あ、このパイプ椅子いいんじゃない?」

 このみちゃんがあたりを探って、錆びたパイプ椅子を見つけて持った。

「それで、どうするの?」

「決まってるわ。ま、やるのは私だから、アンタは私の言うタイミングでドアを開けてくれればいいわ」

「ドア、開くの?」

「開くわよ。鍵も閉まってないし、つっかえ棒もないし、というか、どっちもこっち側からやらないと意味ないしね。とにかく、ちょっと待ちましょう。叶恵はドアに手をかけててね」

「うん」

 私はこのみちゃんに言われたとおりに、こっそり歩いて、ドアの取っ手に手をかけて、すぐにドアを開けられるように準備をした。

 やっと緊張感が走る。耳に聞こえてくるのは胸の高鳴りと、バイヤーの呼吸の音だけだった。

 ……ワンちゃんたち、いったい今は何をやっているの?


 一和と懸はうっすらとした青白い蛍光灯が不気味に光る廊下を全力疾走していた。

「ほらあ!! びびってねーだろっ!!」

「ふん、走ってるだけだ」

 二人は息も上がっていないけれど、内心は何が出てくるか分からずにひやひやしていた。お互いにばれないようにそれを押し隠しているのだ。

 そして、階段に差し掛かると、順路を示す看板に出会った。指し示す方向は、斜め上。つまり、階段を登れということだ。

「うおおおおおおおっ!!」

 懸が大声を上げる。怖さを吹き飛ばすためだ。

「ふん。煩い」

 普段は無口な一和も、皮肉を垂れるほどに口数が増えている。これも怖さを隠すためだ。

 二人の声を、階段の最上部で聞いている男、淡竹はどす黒い赤に見えるキグルミを床に置いて、手には学習机の椅子を持っていた。

「よしよし……。あいつらなら、これを落とした音だけでも十分に怯えるはずだ。ついでに脳天に直撃してくれればいいだけどなぁ」

 そして、階段の下から登ってくる足音がぐんぐんと近づいているのを知ると、階段から椅子を転げ落とし、着ぐるみを持って、その場を離れた。

「ま、驚いてくれよ」

 がしゃん、がしゃんと、耳障りな音を立てて、椅子は階段を転げ落ちて行った。

「な、なんだああああああ!?」

「ひっ!?」

 その音を聞いて、懸と一和が一瞬足を止める。

「……」

「……」

 二人が顔を見合わせた。

「驚いて……」

「……ないからな」

 壇上を見上げると、踊り場に椅子が転げているのを見つける。これがさっきの音の正体だと知ると、二人は驚いたことをなかったことにするかのように、再び走り始めた。

 懸と一和は最上階、三階に上がった。順路の札は見えないが、この階段はちょうど突き当りにあって、正面にある次の階段まではまっすぐの廊下が続いており、その道中にいくつかの扉があった。ここは、良く移動教室で使うような、理科室や音楽室が並んでいる階層だった。

「いくぜええええええええ!!」

「ふん、だから煩いっての!」

 再び走り始める。ちなみに、二人が走るのは、早くこのお化け屋敷から抜け出したいからである。

 そんな全力疾走する二人が、理科室の前を通りかかった時だ。

 がらっ!! と派手に扉が開かれた。ちょうど、二人が教室後方のドアを通り過ぎた時に、前方のもう一つのドアが開いたのだ。

 それでも二人の足は止まらなかった。勢いがついていたことと、怖い物を見たくないという思いからだった。

「ばあああああ!!!」

 丁度、その扉の前にさしかかったとき、突然、眼前に現れた。

 眼球や筋肉の筋を隠す肌のない、動く人体模型だった。

 もちろん、中に入ってるのは淡竹である。着ぐるみを見つけて、着込んでいたのだ。

「さあ!! おどろ……」

 腰を抜かすだろう、最悪泣きはじめるかもしれない、それもまた、この男にとっては最良の結果だ。それだけが楽しみだった。

「うわあああああああああああ!!」

「あああああああああああ!!!」

 確かに、二人は驚いた。しかし、そのリアクションは酷く派手で、バイオレンスだった。

「ぐえっ!!!?」

 懸と一和の強く握りしめた拳が、人体模型の顔面に突き刺さった。人体模型こと淡竹は、そのまま吹き飛ばされるようにもんどりうって、地面に倒れた。

「て、てめぇら、ま……」

「わああああああああ!!!」

「あああああああああ!!!」

 二人は決して振り返ることなく、その場を駆け抜け、階段を駆け下りた。

「あ!? ま、まずい!?」

 淡竹は、顔を酷く歪めた。彼らが向かう方向には、立ち入り禁止の立札が立ててあったのだが、それを無視して階段を下りて行ってしまったのだった。

 立ち入り禁止の札を立てたのは、淡竹だった。それは、あの階段を下りれば、直通で保健室、つまりは叶恵やこのみを監禁している場所に到達してしまうからだった。

「く、クソッ! 待ちやがれえええええ!!」

 淡竹もふらふらとした足取りで二人を追いかけた。


ども、作者です。佳境inしました。花京院典明も好きですよ。漢字あってるかな?

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