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第3話 欠陥王子より味の染みたおでんの蒟蒻が欲しい

 泡を吹いて卒倒しかけたクソ王子と、腰を抜かして震えるピンク頭を、警備の衛兵(※私の剣幕に完全にドン引きしていた)に命じて部屋から叩き出した。


 バタン、とぶ厚い扉が閉まり、ようやく静寂が戻ってきた。


 私はふうと深く息を吐き出すと、やたらと天井が高く、無駄に調度品がギラついた豪奢な部屋を見回した。六畳一間のアパートなら三歩で壁にぶつかるのに、この部屋ときたら歩くだけで有酸素運動になりそうな広さである。どうにも落ち着かない。


「……さて」


 私はベッドの端に腰掛け、眉間に深い皺を寄せながら、脳内に混ざり合った二つの記憶を棚卸しすることにした。

 貸借対照表(バランスシート)を作る前に、まずは現状の資産と負債を洗い出すのが経理の鉄則だ。


 一つは、日本の地方都市で自転車の挟撃事故に遭って人生を強制決済された、中道ともえ(二十六歳、経理部平社員)の記憶。

 そしてもう一つは、この体――クロイツァー公爵令嬢、エミリア・フォン・クロイツァー(十八歳)の記憶。


 二つの記憶を突き合わせた結果、導き出された結論は実にシンプルだった。


 この世界、どこを切っても金太郎飴のようにテンプレな、絵に描いたような身分階級社会である。

 そして私ことエミリアは、社交界で「氷の毒婦」「傲慢の権化」と恐れられているらしいのだが……中身の記憶を監査してみれば、これがまあ見事なまでに真っ赤な嘘、いわゆる粉飾された風評被害だった。


 元凶は、さっきのピンク頭――リリア。


 元は孤児で、どこぞの子爵家に引き取られたとかいうシンデレラストーリーの持ち主らしいが、その実態はえげつない情報操作のプロだ。

 自分が王太子の正妃の座に収まりたいがために、愛嬌を振りまいて男たちを侍らせ、裏でコソコソとエミリアを貶める悪評をばら撒いていたのである。

 おまけに、この国に伝わる「聖女」の神託とやらにおいて、第一候補は本来エミリアだった。リリアは補欠の第二候補。つまり、私を蹴落とせば自分が聖女の座も王太子妃の座もダブルで横領できるという、極めて悪質な企業買収(乗っ取り)を仕掛けてきていたわけだ。


「……てかさぁ」


 私は思わず、誰もいない虚空に向かってボヤいた。


 要らねえ。

 そんな金遣いが荒くて、監査能力ゼロで、愛人に公金を横流しするような欠陥物件(バカ王子)、こっちから熨斗(のし)をつけて返品だ。

 もらえるなら、そんなメンドクサイ婚約者より、おでんの味の染みた蒟蒻(こんにゃく)一個もらった方がよっぽど人生の栄養になる。


「……ぐぅぅぅ」


 品のない音が、静かな寝室に盛大に響き渡った。


 ……お腹、空いた。

 怒鳴り散らしてアドレナリンが出ていたせいで忘れていたが、生理現象は誤魔化せない。


 エミリアの記憶を辿るに、どうやらこの体、庭園で原因不明の高熱を出してぶっ倒れてから、丸々一週間も寝たきりだったらしい。点滴設備もないこの世界で一週間絶食状態だったのだから、胃袋がペラペラの雑巾みたいに縮み上がっているのも当然である。


 とはいえ、飢えているからといって、いきなり肉やら油っこいものを胃袋へ流し込むのは自殺行為だ。休業明けの製造ラインにいきなりフル稼働の負荷をかけたら機械が焼き付くのと同じである。まずは試運転から始めなければならない。


「……ごめん、ちょっといい?」


 私はベッドの傍らで、壁と同化するように直立不動で控えていたメイドの少女に声をかけた。

 先ほどの騒動を最初から最後まで間近で見守っていた生き証人だ。


 おずおずと進み出てきた彼女は、まだ怒鳴られるのではないかと怯えつつ、おっかなびっくりこちらの様子を伺っていた。


「は、はいっ……! な、何でございましょう、エミリア様……!」


 肩をすくめて完全に身構えている。

 恐怖を与えたいわけではないので、平社員としては他人に仕事を依頼する時のマナーを守らねばならない。


「お腹空いちゃってさ。何日も何も食べてなかったみたいだから、急に固形物はまずいと思うのよ。……というわけで、胃に優しいコンソメか、野菜をくたくたに煮込んだポタージュみたいなスープをお願いしたいんだけど、いける?」


「……え?」


 メイドは、きょとんと目を丸くした。

 いつもなら「早く持ってきなさい!」とヒステリックに怒鳴られるとでも思っていたのだろうか。


「あの、もし厨房が忙しかったら、重湯……薄い粥でもいいからね。無理言って手間かけさせちゃってごめんね」


 そう付け加えると、メイドは目を丸くしてポカンとした後、慌てて頭を下げた。


「か、かしこまりました! すぐに厨房へ申し伝えてまいります!」


 深々とお辞儀をして、小走りで部屋を飛び出して行く。


「……なんか、驚かれちゃったな」


 ただ胃腸のコンディションを考慮した発注をしただけなのだが。


 私は再びふかふかのベッドに身を沈め、天井を見つめた。

 まさか異世界にまで来て、業務改善とコンプラ是正をやることになるとは思わなかったけれど。


 とりあえず今は、温かいスープが先決だ。

読んでいただきありがとうございます!

地方の中小企業仕込みの武闘派経理、始まります。

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