第70話 解決編3
ゲッツア殿下の表情が明らかに変わった。これは私達も同様で、ステージが変わったことを明確に表している。今までとは違い、殿下は慎重に口を開く。
「エルカ嬢、殺人事件という貴殿の見解、事実なら大公家の人間こそが犯人と断定するも同じであるぞ」
「はい、もしくは関係者。ですが大公家の人間で間違いありません」
「確証があるのか。検死や解剖すら出来なかったのであろう」
「そんなものは必要ありません。死に化粧が施されておりました」
またぞろ同じ台詞をと、殿下も限界を迎えたらしい。
「貴殿は幾度もグランバッハ一族に検死と解剖の是非を問うたと、この報告書に記してある。そもそもその死に化粧とはなんだ。はっきりと説明せよ」
「畏まりました」
平板に応じ、私は事実関係を整理してみせる。
「まず、閣下のご遺体は血色を失った状態であり、死亡直前に大量の出血があったことが見て取れました。毒殺、薬殺ならあそこまで血色を失った状態にはなりません」
殿下は重く頷き、真剣な眼差しが私を捉えている。
「着衣、寝室に乱れはなく眠るように死んでいた。これはあくまでエーガー城側対応後の話であり、実際は凄惨な状態であったでしょう」
第二の執務室は、私が言葉を切るとしんと静まり返る。
「我々が到着し閣下のご遺体を確認した際、一目見てその異常さに気付きました。ただし、着衣の上からでは分かりにくい」
ラムダを一つ確かめると口を真一文字に結んでいた。騎士達も同様で、ライン騎士だけが淡々と佇んでいる。
「致し方なく全ての着衣を脱がせ、下履きも同様に行いました。そして我々は、その死に化粧をはっきりと確認したのです」
「全員がか」
「いえ、すぐに気付いた者は私を含めここにいる四人のみ。他の騎士団員は指摘されようやく気付く程、巧妙な隠蔽工作が施されていたのです」
殿下がラムダを確認し、そのラムダは視線を落とした。関係なく続ける。
「死に化粧という隠蔽工作は、私ですら具体的にどのような手段か分かりかねました。ですがすぐ、私が知らないものであるならこれしかないだろう、という結論に至ります」
「それはなんだ」
「魔法です」
殿下は目を細め首を傾げた。
「おかしいであろう。エルカ嬢はライン屈指の実力者。また騎士団員も魔法の使い手、手練れ揃い。ラムダ君とて魔法の基礎は習得している。そもそも魔法での隠蔽などあり得るのか」
「事実ありました。そしてあれは、ラムダ如きでは見抜けません。各騎士団員とてここにいる三名しか見抜けなかったのです」
如きと評されラムダは顔を上げた。ようやく覚悟が決まったらしい。殿下はラムダのことなどお構いなく、
「エルカ嬢、その魔法とはいかなるものか」
はっきりと確かめてきた。だから応じる。
「聖魔法です」
時が止まるようなひと時。永遠と思われる絶対的静寂。しかしそんなものは続かない。唖然とする殿下に更に説明する。
「聖王国ナルタヤ、ナルティア家にしか伝わらぬ聖魔法。これにより死に化粧が施されていたのです」
私の言に殿下は一瞬狼狽えたが、すぐロイドとヴィクトルに視線を向けた。二人は静かに首肯し口を挟まない。殿下もさるもの、すぐ切り替え問いかけてくる。
「つまりエーガー城に聖魔法の使い手がいたということか」
「そうなりますが少し違います。正確にはグランバッハ一族に聖魔法の使い手がいた、ということです」
言い切ると、殿下が初めて肩を落とした。緊張感に包まれていた一室に初めて弛緩した空気が流れる。殿下は何か思案しているようだが、こちらの報告が優先だ。
「そもそもおかしなことばかりだったのです。始まりは私に使者の任が与えられたこと。そして次は……」
ライン騎士に視線を向けると、
「我々ライン騎士団が、エルカ様の護衛から外されていたことですな」
「そう、元々ライン騎士団は今回の編成に組み込まれていなかった。この男は一人を排除し無理やり入ってきたのです。怪我人は出なかった?」
「死んではおりません。怪我など治せばよいのです」
ライン騎士は言い切り騎士の矜持と無茶を披露した。
「そしてアウグス大公閣下はたった一人で会見に臨まれた。私がいるにも関わらずです。言ってはなんですが不用心過ぎる。ですがこれには明確な理由があった。もう言わずともお分かりでしょう」
そう告げ、ひと時の間の後事実を述べる。
「大公閣下に護衛など必要ないのです。あのお方は文官上がりの官僚ではない。武人です」




