第57話 ただ一人のライン騎士
貴賓室に哀悼の想いと沈痛な空気が流れるが、そんなことはどうでもいい。まだ確かめねばならないことがある。
「グスタフ様、よろしいですか」
改めて問いかけると、グスタフも気持ちを切り替えこちらと向き合った。
「今一つお尋ねします。グスタフ様始め、皆様は閣下の死因をどう考えていらっしゃいますか。失礼は承知の上で、お聞かせ下さい」
小さく頭を下げるとグスタフは頷き瞼を閉じた。ほんの僅かな時間、心の整理を付けたのか彼は語り出す。
「病死、もしくは信じ難いが老衰としか言えん。父に持病はなかったはずだ。君も確認したろうが、それ以外可能性があるのか」
「例えばどのようなご病気でしょう」
「脳、もしくは心臓の可能性が高いだろう。侍医もそう言っていた。無論他の臓器や病の可能性もあろうが、こればかりは天命だ」
自らを納得させるかのよう、グスタフは最後の一言を呟いた。これでは検死や解剖の是非など聞くだけ無駄か。私はそう考えたが、
「グスタフ様、なればこそ検死、解剖を行ってはいかがでしょう。でなければいらぬ憶測を生みます」
ラムダは違ったらしい。結果近衛騎士達の表情は歪むが、ラムダはこちらの三名で言えば唯一の常識人に見えているだろう。実際は王宮で私を悪役令嬢呼ばわりしたライン王国屈指の非常識人だが。グスタフはそんなラムダに向かい言って聞かせる。
「そればかりは出来ない。誰の賛同も得られず、理解もされない。理屈と感情は別物だ。貴公の言い分は分かる、立場も重々承知だ。それでもこの話はするだけ無駄なのだ。理解されよ」
再び貴賓室が静けさに包まれる。外からも何も聴こえてこない。どれだけ言葉を尽くしても意味がない。私もよくよく理解した。ラムダとて一応確かめた、という程度だろう。
静寂を切り裂く為に最後の問いを投げかける。
「では最後になります」
最後と聞きグスタフも安心したのか、一瞬表情を緩ませたがすぐに居ずまいを正した。そんな彼に、
「エーガー城及びグランバッハのご一族は今後、一体どうされるおつもりか」
私は努めて穏当に、それでいて冷徹に問いかける。グスタフの動きが再び止まった。グスタフの反応に、近衛騎士達も影響され動揺が見られる。
「それは、どういう意味だ……葬儀の話か」
「それはどうぞご勝手に。真相を究明しないと決断した方々にかける言葉は特にありません。煮るなり焼くなり、ご随意に」
私は冷静だ。だが、これだけ言われ大公家及び近衛騎士が黙っているはずがない。そう、黙っているはずがないのだ。だがグスタフは怒りを堪えている。沈黙を以って応じ、それでも身体を震わせ耐えている。
――答えが出た。もはや用もない。
締めはラムダにでも任せよう。そのラムダもさすがに憤ったのか私を睨みつけているが、勢いがない。内心が透けて見える。グスタフが耐える姿を見ては近衛達も動けない。だからラムダは立ち上がろうとした。私の非礼を代わりに詫び、終わらせようと。しかし、
「先程から黙って聞いていれば、そちらは少々図に乗り過ぎではないか」
横やりが入った。これは向かい合うグスタフ含め、近衛達から発せられたものではない。こちら側、ライン騎士の男が発したのだ。おい、とラムダは手を伸ばそうとするが彼は止まらない。
「どうするのかと訊いている。そもそも邪魔立てするな、と言うなだと。協力するなら邪魔立てせぬのは当然であろう」
突然の言。グスタフは面食らった顔でライン騎士を見るが、すぐさま背後に意識を切り替えた。近衛達の反応は今までと桁が違う。もはや怒りを通り越し、ライン騎士の真向かいに出ようとする者までいる。私とて驚いてはいる。グスタフは近衛達を抑える為だろう、あえて応じた。
「貴様は一体何を勘違いしているのだ」
ご指名を受けたライン騎士は即答する。
「勘違いしているのは貴様だ」
「き、貴様だと……」
「お前に言っている。次兄如きが我々に意見するな。唯諾々と従えばよいのだ。弁えろ」
ライン騎士の発言、否、暴言――もう止められる状況ではなくなった。ラムダにもグスタフにも、近衛達は止められない。罵声が飛び交いライン騎士に詰め寄り、剣に手を掛ける者まで出ている。血が流れる――そう思った矢先、
「グスタフ様、このような者許しておくわけにはいきません! 相応の処罰を! 我々が裁きを下します!」
近衛騎士の一人が声高に主張し、これにグスタフよりも早く当のライン騎士が反応した。
「やるというのか。構わんよ。誰を相手にするのか、よくよく理解しているというのならな」
「またぞろ王家の名を出すか! 王家王家と、貴様らは何かと言えば王家の威光を笠に暴言を吐き我が主を愚弄した! ここはエーガー城だ! 覚悟は出来ているのだろうな!」
「そんなことは言っていない」
強烈な憤怒を突き付けられ、それでいてライン騎士は柳に風といなすよう否定した。
ラインの騎士が弱気に引いたと見たのか、近衛達が勢いづく。罵詈雑言は留まらず、表に出ろとチンピラ紛いの発言をする者までいる。グスタフもラムダも、ただ動けずにいた。では私はどうか?
荒れすさぶ中、近衛隊長と思しき者がライン騎士の眼前に迫った。帯びた騎士剣の柄に手を掛け、殺意露わに彼は告げる。
「王家の威光に加えエルカ殿の前とあらば、我々が怖気づくとでも思ったか。グランバッハ大公家を侮った報いその命で贖え。命が惜しくば地に伏し、死ぬ気で媚びへつらい詫び続け――」
「そうか、貴君らはライン騎士団を敵に回すと、そう言うわけだな」
近衛隊長の発言に割って入り彼は続ける。
「よかろう承知した。グランバッハはひと月と持つまいが、さてこのエーガー城はどうなるかな。灰燼に帰すまで一時も稼げば、後世に名も残せよう」
ラインの騎士は表情一つ変えず告げ、立ち上がろうともしなかった。その表情は「午後も晴れそうだな。いいことだ」と、そんな日常的思考をそのまま持ち込んだかのような感がある。
貴賓室に今までとは異なる、静謐とでも言うべき静けさが舞い降りた。窓の外からは陽光が差し、暖かな陽だまりはすぐそこにあると教えてくれる。窓ガラスからは影が伸び、私はそれを眺めていた。日常はすぐ傍にあるというのに、私には非日常ばかりが襲い来る。だから心の中で呟く。
――このライン騎士、性格悪過ぎ。そもそも一戦に及ぶとして、その実行犯私だろう。完全に主犯扱いされる。私を頭数に数えるなよ。そんなことしに来たのではない、調査の為居残ってんだ。こいつマジ、後で名前確認しないと。素性もだ。年は二十代半ばと見るが、あまりに危険人物過ぎる。ある意味ライン騎士団マジ恐ろしいわ。よくこんな奴雇ってるな。
とはいえよい指摘であり、私もそれを確かめようとしてはいた。ただ、わざわざグスタフに聞かずとも分かる話とよしただけのこと。仕方ない、まさか私がこんな役を担うとは。
「まあ皆さん落ち着いて下さいませ。どうかこのエルカ・ライン・アールブルト、及びグスタフ様の顔を立てると思い、今は堪えて下さいませ。互いに少しの行き違いがあったまで。そうですわよね、グスタフ様」




