第53話 エーガー城調査
ゲストハウスを出ると、真上から陽光が降り注いでいた。どうやら真昼になったらしい。陽射しは強いが私はドレス姿を貫くことにした。正装で挑み決意を表す為だ。騎士達が武具甲冑をまとう中、私だけ軽装というわけにはいかない。ラムダは貴族然とした衣服のままだが。
エーガー城の城門から正面の配置は理解している。では裏手はどうなっているのか。閣下の寝室から少しは見たが、正確に把握しておきたい。ロイドに先導させ居館の横を通り抜けていく。当然、道中城兵達から厳しい視線を浴びたが病院、教会騎士団員へのそれは異質だった。やはり話が広がっているらしい。神殿騎士とラムダに向けられるものとはかなり異なる。主犯と実行犯の区別が付いているらしい。二人は所属を名乗り、私の名前まで出したんだから仕方ない。
居館の裏側は城塞のようになっていた。正面から見れば豪奢な平城だが、なるほど戦時の備えは怠っていないらしい。裏手の中央には居館よりもやや低い建物がある。わざわざ聞かずとも、それが迎賓館だと一目で分かった。貴賓室はあちらにあるのだろう。大きさから宿泊にも使えそうだ。
では左右はどうなっているのか。言うまでもなく兵士の宿舎と訓練場、そして武器倉庫と厩舎だ。ここまで来ると自然、目に付く景色は変わっていく。兵士の顔触れが今までとは明確に異なるのだ。無骨なものと軽装過ぎるものが混ざり合っている。彼らこそがエーガー城の柱石を担う、真の兵士と言える。
ここでロイド達神殿騎士団は一礼し、我々の下を離れた。目的の代物を探す為だろう。さて、ではどこからお邪魔しようか。まず貴賓室を備えるであろう迎賓館が目に留まった。一応こちらも客ではある。皆を確かめ、居館よりは真新しい迎賓館に向かい先導するよう態度で示した。
居館の裏手と向かい合うそれは裏口だった。城の裏門側に正面玄関があるらしい。こうなるとどちらが正門か分からない。私が正門と思っていただけで、実は裏門だったのかもしれない。やはり見取り図が必要だな。
迎賓館の裏口には当然衛兵が立っており、我々を認め身構えている。構わず先導させ、護衛に囲まれながら彼らの前に立つ。
「任務ご苦労」
まるで主かのよう声を掛けると、衛兵達はびくりと立ち竦んだ。それでも一歩も通さないという姿勢は示している。彼らの立場を思えば些か気の毒ではあるが、知ったことではない。だからこそ首を傾け問いかける。
「客に挨拶も出来んとはどういう教育をしているのか。エーガー城の程度が知れるな」
こちらの程度はぶん投げ挑発すると、衛兵達は助けを求めるが如く仲間を集め始めた。途端わらわらと兵士が集まり、我々を取り囲んだ。数の力でこちらを威嚇しようということか。決断が早い、あらかじめ準備していたな。
人間というのは不思議なもので、数が揃うと気が大きくなるものだ。これこそ正に数の力であり、集団心理という奴だ。異世界日本という国を始める民主国家の特徴でもあろう。しかし果たして、今意味があるのだろうか? このライン屈指「実力人格、可愛さ美人度、魅力度ランキング」でも三本の指に入るこの私に、数の力で対抗出来るとでも?
護衛を退け前に出ようとすると、ヴィクトルがそれを静止した。視線が合い、何か意図があると察する。ではヴィクトルに任せよう。彼は兵士達に向け明瞭に告げる。
「皆ご苦労。これよりエルカ様が内部を観覧される。任務はそのまま、道を開けられよ」
おう、あれだけやらかしてよく堂々と前に出れたものだ。優男だと思っていたが、開き直ったか。いっそ度胸が付いたのかもしれない。これに対し兵士達は、嫌悪と敵意を剥き出し応じようとしない。ヴィクトルは動じず更に続ける。
「事情は理解している。ご一族の許可が必要というならそうしよう。どなたに許可を取ればよい」
あくまで礼儀正しくヴィクトルは話しかける。穏やかな口振りは彼特有のものだろう。そうして兵士達がざわめき始めた。
「諸君らの立場は理解している。その上で確認している。誰に許可を取ればよい。それで済む話だ」
一転含みのある物言いになった。ヴィクトルめ、なかなか出来るじゃないか。あくまで許可にこだわる。誰の責任も問うてはいない。仮に阻止せよと命じられていても、こちらが譲らない姿勢は伝わるだろう。さてどう出るかと思ったが、それでも彼らは決断出来ずにいた。そろそろ私の出番かと思ったが、
「邪魔立てするなら我々と敵対することになる。そうしたくはない」
彼は説得を続けるつもりらしい。どこまでも穏やかな男だ。しかしこれでは時間が掛かるな。ふとそんな考えが浮かんだその時、
「謝罪が先であろう、教会騎士よ」
衛士の一人が一歩前に出た。ただの兵士ではない、隊を率いる者だろう。衛士は重ねてヴィクトルに問う。
「城の者が皆喪に服し、それでも我々の役割は変わらない。そこで貴様は何をした。胸に手を当てるまでもなく、自覚も出来んというのか」
真っ当な言い分。いっそ私が謝罪した方が丸く収まりそう。絶対しないけど。ヴィクトルはこれに対し、
「さて、我々が何をした」
真っ向から誤魔化した。おおう、さすがに感心してしまう。あの教会騎士団への愛の発露をなかったことにするのか。なんてことだ、もうこいつの言うことは信用しないでおこう。
そんなヴィクトルを衛士は鼻で嗤った。
「誤魔化すというなら、こちらも十二分に誤魔化すとしよう。ここには誰もおらず、ただ騎士の形をした者が迷い込んだだけと。誰か出口を教えて差し上げろ」
「我々が気に入らないというのだな。たったそれだけのことで誤魔化すと、そう言うのだな」
「それだけとは慮外な。教会騎士団には敬意や恥の概念もなかったか。いやそうだった、より酷かったのは病院騎士団だったな。しょせんあいつらはどこにも属さない半端騎士団。中立と言えば聞こえはいいが、風見鶏を絵に描いた集団であった」
衛士の言葉に呼応し、憂さ晴らしと言わんばかり取り囲む兵士達が笑い出した。罵声こそ飛ばないが嘲笑が連なる。うぜえなこいつら……いい加減にしとけよ……。私はイラつくが、それでもヴィクトルは冷静さを失わない。
「つまり教会、病院騎士団が気に入らんと、そう言うわけか」
「無論だ。失せろ」
吐き捨てるよう衛士が述べると、
「ではエルカ様ラムダ様、及びライン騎士団をこれ以上お待たせするな」
そう言い残し、ヴィクトル達教会、病院騎士団員は後ろへと下がっていく。自然私とラムダ、ライン騎士だけが取り残される。
嘲笑は去り、ざわめきから一転沈黙が降りてきた。
なるほど、ようやく私の出番か。そう思ったのだが、
「では誰の許可を取ればいいのか。もしくは取らずともよいのか。もしくは城外で我々と手合わせするか。或いはここでやるのか。好きなものを選べ。こちらはどれでも構わん。正直どうでもいい」
ライン騎士団の男が、文字通り心底どうでもいいと顔に出しながら告げていた。




