第51話 エルカの調査6
ラムダが一族から聞き取った内容は、私もその場にいたのだから知っている。しかしフリートがどういう立ち位置で、家族関係なのか私には分からない。やはりそれも調べるべきか。視線を廊下の反対側、窓の外に向けていると、開け放された扉に気配を感じた。振り返ると病院騎士が敬礼している。
「エルカ様、現場に援軍が到着。騒ぎを鎮め始めています」
「了解分かった。戻るようなら教えてくれ」
病院騎士は一礼し、再び様子を観察しに戻った。やはり問題ない、妙な敬語を使わず指示を出せた。杞憂だったな。自嘲していると、ラムダは不思議そうにこちらを見つめている。そうだった、ラムダは事情を知らないのだ。声を聞き取れていない。
「えっと、ちょっとした乱闘騒ぎになっているので、援軍を送りました」
丁寧に説明したつもりだが、ラムダは小馬鹿にした目で私を見下ろす。
「当然だろう。この状況で大声を出し窓ガラスを割るなど、無礼討ちされても文句は言えない」
「問題ありません。その場合はこちらも相応に対応します」
そんな開き直った言い草に、彼は閉口してしまった。呆れたと顔に出ているが、実際呆れているのはこちらなのだ。そして起きてしまったことは仕方がない。だからと切り替え尋ねる。
「ところでだけどラムダ、あなたグランバッハの一族がどこにいるか把握している?」
呆れ顔を浮かべていたラムダのそれが、ゆっくりと戻っていく。視線を斜めに落とし思案気な表情を浮かべ、その後考えがまとまったのか視線を上げた。
「全員か?」
「いえ、そこまでは言わないわ。このお城に夫人達や親族はいないのかしら。誰も紹介されていないし、誰とも会っていない」
素朴な問いかけに、再びラムダは考え始めた。天井を見上げ、記憶をたどっているようだ。彼も大公家についてそれなりに調べてきたはず。仮にも諜報部特別調査官なら。そう私は見ているが実際どうなのだろう。
一息ついてから、ラムダはゆるゆるとかぶりを振った。
「残念ながら夫人達の居場所は分からない。正確には第一夫人と第二夫人だけが分からない」
なんだそれは。つまり、他は分かるということじゃないか。だが、なぜ重要な第一夫人と第二夫人だけが分からないというの。扉の向こうを意識するが、今更だと率直に問う。
「どういうこと。それじゃご夫人に挨拶も出来ないじゃない」
実際は、人質にも取れないではないか、という含意もあるが。迂遠な物言いに、ラムダは扉の向こうを一つ見てから応じた。
「第一夫人と第二夫人は既にお亡くなりだ」
静かに告げられ、僅かに息を呑む。そういう意味だったのね……こちらの迂闊さを思い知る。大公閣下は五十代半ば。長姉長兄の年齢を考えれば二人の年齢は想像出来てよかった。そうか、不幸があったのか。
迂闊さを目だけで詫び、それでも確かめる。
「では他の夫人方は」
「領内の城塞都市、もしくは別荘。そんなところだ」
「つまりバラバラに生活していると?」
この問いに、ラムダは意外そうな表情を浮かべた。
「エルカ、ここは大公家の領地だ。無論大公家とて王家の家臣だが、ご子息らにも自領はある。母親はそこにいるんだ」
確かにそう、一見当たり前の話だ。ではなぜ、昨日からお子達は勢揃いしていたのだ。殿下の使いを待ち、饗応する為だけにわざわざ集まったというの?
「夫人の居場所、全員分かる?」
「恐らくそれぞれの城や別荘だと思うが、それは必要なのか?」
そこまで言うなら詳細に調べてみる、と言いたいのだろう。今一つ踏み込んだ問いかけをと思ったが、ライン騎士の男が扉まで来ていた。「失礼」と述べ男は入室してくる。
「騒ぎは収まりました。皆こちらに戻ってきます」
「そう」
うまく収まったか。いや、よく収めたな。ラムダの言うよう、無礼討ちや決闘に発展してもおかしくはないだろうに。違う、今は出来ないか。大公閣下の追悼と哀悼、喪に服すことが第一だ。無論、後々どうなるかは知らないが。少しやり過ぎたか、と考えていると、
「ところでエルカ様、閣下のご家族についてお知りになりたいのですか」
ライン騎士は遠慮もなく口を開いた。いや、話し声が聴こえていたとして、それ今言う? 内心思うところはあったが仕方なく頷いてみせる。すると、
「そうですか。私が知る限り皆々様どこぞの城塞都市や別荘におられます」
どうして知っている。そう確認したくもあったが、すぐに思い直す。ライン騎士は衒いなく続ける。
「ただ、閣下のご親族は存じ上げません」
どういう意味だ。素早くラムダを確認すると、ラムダも何事か考え込んでいた。そうして話し出す。
「そう、僕も聞いたことがない。閣下に親族はおられないのではないか」
「そう思います。ご夫人やお子達の親族のみと聞いています」




