第49話 エルカの調査4
昨夜同様ベッドに身を投げ出すと、ロイド・ヴァレンシュタインは膝を突き、呼吸するかのよう気配を消した。特に動揺はないようだ。表情こそ見えないが、どうやらラムダをからかっただけらしい。私を含め、か。全く、出来る男だが悪ふざけが過ぎる。私は圧倒的被害者だし人格者だから何をしても許されるけど、お前は違うだろうに。
さてお仕事だと切り替え、こちらも寝息程度の呼吸を意識する。
昨夜、私は一瞬で眠りについた。ぐっすりと眠りにつき、護衛達は何も見ていないという。そして私は監視されていた。それ以外に分かることは何かないか。今はすっかり陽も昇り、深夜の静けさとは程遠い。それでもエーガー城は喪に服し、皆恐る恐る任務を行っている。多少再現度は高いと期待したい。
昨夜の睡眠を再現していると、すっと耳に入り込む音があった。微かに聴こえる、何かを言っている。耳を澄まし、なんとか聞き取ろうと集中する。そうして捉えた。
――我はここに謳う! 教会騎士団、バンザイ! 教会騎士団、バンザイ! 教会騎士団は永遠なり! 永遠である!
……この声、知っていなければ誰だか判別出来なかったろう。所属からヴィクトルで間違いない。なんて文言を選ぶのだ。そんなに自分の騎士団が好きなのか。所属と職場への愛着が感じられる。痛い程、痛い奴だ。
続けて聴こえたのものは聞き取れなかった。しかし、どうやら何か揉めているらしい。それぐらいは分かる。そして再び、判別出来る音が耳に届く。
――私も言わせていただく……心の底から! エルカ様は……超可愛い! 可愛過ぎる! 好きです! 大好きだ! 一生お守りします! エルカ様は全病院騎士団員の心の支えです! なぜなら超絶可愛いから!! 繰り返す! 繰り返す! エルカ様は超絶ーー
……それからガラスが割れる音が聴こえてきた。
集中を解き、起き上がるとロイドも同じく立ち上がった。遠く喧騒は続くが、どうしよう、果たしてこの空気どうすればいい。私というライン屈指、三本の指に入る可愛過ぎ侯爵令嬢でも困惑してしまう。それを認めてか、文字通り空気を読んだロイド・ヴァレンシュタインが口を開いた。
「とりあえずあいつら撤退させましょう」
「そうだね」
「援軍を向かわせます。あくまでこちらの馬鹿が馬鹿をした。ただの喧嘩で収めねば、調査し辛くなります」
そう思う。素直に頷く。滅茶苦茶揉めてると伝わってくるから。みんな喪に服す中だものね。ロイドの主張に従う私は、どんな顔をしているだろう。鏡を見るのも怖いな。外の護衛に指示を出す為、背を向けたロイドは扉の手前で立ち止まり、
「今の病院騎士団員はいつも、エルカ様可愛過ぎ。どうしよう超可愛いよな? とか言ってる男です。どうも病院騎士団には、巨大なエルカ様ファンクラブが存在するらしく、とすると大体皆あんな感じでしょう。実際口にするかはともかく。悪意はないと思われますので、どうかお受け止め下さい」
はい。
ロイドは扉を開けると皆に指示を出し、残る護衛の内六人を救援に向かわせた。ロイドもそこに含まれ、残るのはライン騎士団員と一人残された病院騎士団の二人だけだ。
病院騎士団には私の巨大なファンクラブがあるのか……。えっと、そういう話ではなかったと思うのだけれど、なんだか分からなくなってきた。私は人選を間違えた? いや、あくまで志願制。私に罪はない。
部屋には一人、病院騎士団の男が残っている。ライン騎士団の男は廊下から様子を伺い、事の経緯を見守るつもりらしい。だからこいつに訊いてみる。
「今あった事について、君の本音を話してくれ」
残った若い病院騎士団員は、ずっと強張っていた。今もだ。それでも問われればと覚悟を決めたらしい。
「あいつは後程確実にぶん殴りますので、どうかご容赦いただきたい。団員の不始末はこちらで片付けます」
そうして頭を下げている。ほっと胸を撫でおろし、
「そうか、よく言ってくれた。君はそちら側ではなかったのだな」
彼の顔を確認してみる。本当に申し訳なさげで気の毒な程だ。やはり私の顔も名も、各騎士団には広がっているのだな。改めて実感した。ここまでの努力が報われた気分だ。
病院騎士団員は頷き、私の内心を読み取るよう切り出した。
「はい。エルカ様の名を知らぬ病院騎士は存在しません。各騎士団も同様でしょう」
そうだろう。ずっと一緒に戦ってきたのだ。
「ですから、可愛いなどと抜かす輩は同僚であろうと絶対に許しません。絶対に、絶対にだ……」
なんかおかしいな。妙なことを自分に言い聞かせているが、目付きも怖いぞ。ちょっと引きつつ距離を取ると、
「あいつは、いやあいつらはいつも間違えている……! 何度言っても聞く耳を持たない! 可愛いだと? 違う、エルカ様はどこまでも美形、美女です! これは絶対不変の真理! 赤子でも一目でそれと分かる。そもそも美しい女性に対し可愛いなどと形容するは侮辱に等しい。
奴らを分からせるのも治療の一環。どういう眼で見ればそうなるのか。脳のつくりはどうなっている。何か不具合が起きているに違いない。いずれ病院騎士団の総力を結集し、この難病を解明するつもりです。でなければ、我々は存在意義すら問われてしまう。ご心配なく、私は正気です。何も問題はありません……!」
そうして彼は、口惜しいと言わんばかりに唇を噛み、その後意を決したかのよう私を見つめた。まるで絵画に描かれた絶世の美女を見るかのが如く。だからこの私が、恐る恐る躊躇いながら応じる。
「相分かった」
一言だけ。
私に関する派閥争いが、騎士団レベルでそこなのか……。
今自分がどんな表情をしているか、私にははっきりと分かる。
これが無か……。




