第19話 殺戮の勇者
「なんだと」
「陛下、私は戦う者です。そして私は、殺戮の勇者を知っている。いや、直接会った」
「真に会ったのだな、あの男に」
やはり陛下は何も知らない。それでも尚、私は言わねばならない。
「転生者の数は日に日に増えていく。結果、ルナリアはいずれ手の施しようがない事態へと陥るでしょう。素人臭い奴らはいずれ玄人となる。転生直後に狩るのが常道。私一人追放されるぐらい、どうということはありません」
いずれ来る魔族との戦い、そして周辺諸国との争い。今手を打たねばライン王国は窮地どころの話ではない。
「そうか、そうであったか……責めを受けるだけではなかったということか」
陛下は独り言ちるよう零した。
なべて世はこともなし、とはいかない。
なぜならば、
「陛下は勇者の人柄、気性をよく知っておられるでしょう」
少なくとも勇者はそう言っていた。殺戮の勇者は、冒険者ハラルドと共に旅をした仲だ。
ハラルド陛下は全てを悟ったらしい。
「エルカ、君は諸侯を責め、教会を責め、その最高責任は私にあると言い続けていた」
「はい」
「役立たず、妨害者、そして裏切り者がいると糾弾し続けた」
「はい」
「最大の裏切り者は、誰ぞ」
実に実直なお方だ。王陛下、冒険者ハラルドは本当に真っ直ぐな男性なのだ。
胸を張り、私は告げる。
「陛下ご自身でございます」
ミーシャもアリスも、殿下も沈痛の面持ちだ。
彼は、ライン王国最強の男はここにいてはいけない。
「ここにいれば何も変わらず、いずれ惨事を招き入れる」
「それが殺戮勇者の言い分か」
「それもあります。奴の言い分は――」
ーールナリアに役立たずを置く余裕はない。
貴様の居場所は王宮か?
リクライニング付きの玉座はそんなに座り心地がいいのか。
北ルナリア大陸の惨状忘れたとは言わせん。
分断統治の名の下に、人食いの化け物が大手を振る。人が人を飼育する、お前は全て忘れたというのか。
お前は転生者を知っている。ならば転生させてやろう。北ルナリアで餌となれ。
老い去らばえたというのなら、ラインもろとも焦土となれ。皆火葬してやる。
何もかも消し去り工場を建てる。
研究者が必要だ、学園都市を建設してやろう。
技術者も必要だ。海を渡る術がなければ、かつて起きたという南北アメリカ大陸の運命をたどるは明白。
スペイン風邪に気をつけろ。新型も流行っているらしい。
お前らにはもう、なんの期待もしない。
俺は裏切り者を絶対に許さないーー
私とハラルド陛下は殺戮の勇者と面識がある。そしてゲッツア殿下は知っている。その圧倒的強さと、容赦ない姿勢はさながら虐殺の神。
穏やかに生きる、ミーシャとアリスには分からないだろう。
「国家の危機。いや国家人民及びこの地域は下手すれば根絶やしにされますな」
殿下の言葉が現実と化すまで、一体猶予はどれぐらいある。あの男が単身乗り込んで来ただけで、今の我々に抗う術はない。
「そんなに強いのですか?」
「転生者を狩り殺した数は、優に百を超えるわ」
アリスの問いに端的に応じる。
「だったらそいつが全部解決すればいいじゃない!」
ミーシャの憤りはよくよく理解出来る。だから聞きなさい。
「敵は女神と転生者。魔王と魔族と魔獣の群れ。他国だって信用ならない。既に裏切り者がいるでしょう。弱肉強食が始まります」
「勇者の主張には根拠がある。この戦いは複雑を極める。分断統治、それが奴らの狙い。異世界の知識を流用している。ルナリアの守護者、殺戮勇者は敵とみなせば容赦はしない」
ゲッツア殿下の諫言に、
「叔父上は手厳しい」
ハラルド陛下の父の弟。ゲッツア殿下は渋面を浮かべた。
「ハラルド、もう理解しているだろう。親類縁者として、心ならずも介錯してやる」
「そうだな、それもいい。いや、それがよいと存じます」
二人の関係はまさしく甥と叔父のもの。
王家に生まれ、立場こそ違えどどこまでも血縁なのだ。
思いやる気持ちは誰よりも強い。
目の当たりにして、私の中に怒りが芽生えつつあった。