もう一人の凡人2
久しぶりの活動書書けそうです。
何だかんだで新年度も迎えて遅筆故に申し訳ない。
現代は平凡であることは一種の付加価値。
美しく生まれたことを誇り、平凡に生まれたことに感謝し、醜く生まれたことに懺悔する世の中ももう終わることをフィオレナーレは感じていた。
大きく変わった世界で醜いと罵られた者は今度は人を罵るのだろうか、虐げた者が虐げられる時代がくるのだろうか。きっと私は、凡人は変わらない。砂時計の真ん中の通り道のように砂を受け入れるように、新法だとか文化をまた受け入れて暮らすのだろう。
(いや、私はきっと違うのでしょう)
フィオレナーレは自身が凡人であっても人とは違うことを身を以て知っていた。始めてアルガディアの国王両陛下の御前に出た時、顔を上げて見た彼らの「思ってたのと違った」を物語る表情を今でも覚えているほどに。
フィオレナーレの家系は三大貴族の中で一番大きい勢力で、代々王族と一番親交が深い一族、同時に美男美女の一族の認識で貴族社会を通っている。だからこそ、フィオレナーレが生まれる前に交わされた約束に精霊王の名をかけることができたのだ、エバルスとフィオレナーレが美男美女の王と女王になって王国の素晴らしい誇りとなるように。誰も予想しなかった、彼女が平凡な容姿をもって生まれてくるなど。
もし、私が中流階級貴族の娘だったら平凡な容姿で充分だっただろう。
彼女は王位継承第一位のエバルスの婚約者になったことで美形一家の公爵家令嬢としても不利だった容姿は、王族の婚約者になったことで余計、他家令嬢たちの反感を買った。婚約者、身内が美しければ美しいほど関係者も吟味される。
フィオレナーレは舞踏会に出るたびに値踏みされる視線を受けてきたのだ。
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「美しい」
「なんかぱっとするような感じじゃないけど…、あれだ、凛としてるんだ」
「えぇ、舞踏会でお会いしたことがあるのですが、品がある方という印象がお強いご令嬢です」
各々の感想を述べるシギたちにダクトはエバルスの威圧から解放された柔らかい笑みで同意する。庭園には近づかずバルコニーからひっそりと覗くかたちでエバルスと歩くフィオレナーレを観察していた。
「ルキウスは会ったことあるの?」
「事務的な会話しかしたことはないが、お優しい方だ」
彼らの目線の先には、よく育った樹木のような落ち着いた茶色の髪をゆったりと波打たせた女性が伏し目がちにしてエバルスの後ろを歩いていた。
一重の瞼、長髪を紫陽花色のバレッタで留めている彼女のドレスも紫。地位の高い貴族にしては装飾が控えめで布地も色が薄めものを使っている。だが、人の目線が集まりそうなバレッタの飾り、首飾り、耳飾りに使用されている宝石などは大ぶりだ。ドレスも、内側のフリルやレースこそ薄めの紫だがトップのスカートは濃い色で下の薄い布地がスカートの華やかさをひきたてている。
「生まれもった美貌こそ尊いものとよく謳われるが、計算しつくされてつくり上げられた美もまた尊く愛しいものだ」
フィオレナーレは容姿だけ見ると平凡、特に目立つ目鼻があったり完璧な配置というわけでもない。目立たない顔だが姿勢、足運び、所作は見る者が見れば洗練されたものだとわかる。
「フィオレナーレ様はこれからのことにどう影響するのでしょう…」
アントニオのぼやきは部屋に響くことなく消えていった。
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「変わりないか」
「はい、両親共々、問題ありません」
「我が国の誇り高き三大貴族、リバニア、ダルタリ、アッシム。ダルタリのフィオレナーレ嬢よ。お前はアッシムのとこの息子と仲が良かったな」
ほとんどの高位貴族が都の中心に集まる現在、辺境にある数少ない高位、上級階級貴族の中で未だに勢力衰えないアッシム家。
かつて国同士が戦争したり、多民族との小競り合いがあった時代に国境線を守る戦いでの最前線に立ち、数々の功績がある。その歴史があり、現在も魔物の間引きや精霊の墓場となっている森林の警備、ギルドへやアルガディアへの兵士の貸し出しも積極的に行っている。
「はい、次の舞踏会にエスコートして貰うことになっております」
戦いという功績を上げる場を奪われた貴族の多くが没落する中、アッシムのように安定した戦力の供給先を持っている家は今も地位を保っている。当然、権威を示し交流の場に呼ばれることもあった。
「側近のお披露目会か。すまんな、同行できなくて」
「そのお心遣いだけで充分にございます」
「アッシムの側近のお披露目か。君のは?」
「おりません」
「…一人、当てがある。君もいないと面子というものがあるだろう。君付きにすることはできないだろうが」
そこまで言うとエルバスはフィオレナーレの方を振り返り、手を差し出す。フィオレナーレはゆっくりと爪先まで美しく磨いた手をエバルスの手に置いた。その手を引いてフィオレナーレを引き寄せたエバルスは彼女の目を覗き込む。
「彼と一緒に舞踏会を楽しんできてくれ。そしてどうか感想を聞かせておくれ」
「承知いたしました」
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「お披露目会までに金翼に仕上げるとは…本当に素晴らしいですね。ウィルト君」
「いえ、これも皆様方のお力添えあってのことですから。この館の名に泥を塗ることは決して致しません」
ウィルト=バーニッシュ、アッシム家長男の執事の胸元には誇らしげに金翼のバッチが輝いている。
間歇する頃には何人が残っているのか分かりませんが見守って頂けると嬉しいです。