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始まりは無償の愛だった

滑り込みー

 家族と親友である白の子たちの命を乞うダクトを見たルキウスは、政敵としてみると決めた兄の事を思い出した。


 まだ兄の部屋への出入りが許されていた頃、ルキウスにとってはそこが世界で最も安全な場所だった。


 子供でまともに教育を受けていなかったルキウスはただ黙ってエバルスの語る理想を聞いた。幼いながら美しく、賢く、強く、何よりも気高い心に憧れていた。


(不思議だ、ダクト殿を見て兄上を思い出すとは…。兄上の泣き顔など見たことがな…)


『すまない…、すまない…』


 夜、窓から月明かりが差し込んでいる。兄はいつもより豪奢な服を着ており、幼いルキウスを抱きしめている。服の刺繡や飾りの金具が顔に当たる痛みで顔の位置を変えるため、顔を上げた。


 降ってくる温かい水滴が頬を伝う感触に暗闇の中で目を凝らそうとした瞬間。


「ルキウス?」


 アントニオの声で意識が戻された。気がつけば扉前まで辿りついており、アントニオが扉を開けた状態で待っていた。


「っ、すまない」


 洞窟に泊まった時に見た夢のような記憶にルキウスは戸惑いつつ入室した。


(今のは…私の妄想か?)


「揃ったわね」


 他の扉から家臣と共に入室してきたセタンタとキーニャの格好は礼装、少し遅れて入ってきたダクトは服を貸してもらったのかゲッダ王国の服を着ていた。こげ茶色の髪を後ろに撫で付け、ゲッダ特有の緑色を基調とした服装だ。


「ここからは正式な会談。分かっているでしょうけど、ナヴィオラの花はダクト卿をおびき寄せる口実。でもこれから付き合っていくにあたって正式な口実にしたいわ。シャーキ草以外に数少ないゲッダに咲いていない花、利用しない手はない」


「それは…鑑賞用として、ということでしょうか?」


「まるで…他に使い道があるかのような言い方だね」


 セタンタに確認したダクトの言い方が引っかかたキーニャが尋ねる。


「ナヴィオラの蜜は人の魔力を回復させます」


 ガタッ


 高級な椅子を思わず蹴りとばす勢いで前のめりになったキーニャだった。だが、セタンタもその情報に興奮しているのだろう。口元をくんだ手で隠している。


「その話は本当かしら?」


「はい。五百年前から伝わる方法で抽出しております」


「ん、魔法技術も?僕たちが使うものとはだいぶかけ離れてるように見えるけど」


 咳払いしたキーニャが椅子に座りなおして尋ねると、そうだと言わんばかりに頷いて肯定する。


「人が歴史、文化の抹殺、改変をする理由は主に二つに分けられる。都合が悪い事情があった、または起きた悲劇をもう二度と繰り返さないようにするため」


 シギの言葉を受けた彼らが出す結論。


「私たちが出した仮説を元に考えるなら、悲劇の方だな。だが、まずは契約の話をしよう。そなたたちに見せたい物もある」


「ルキウスの言う通りね。五百年前のことは情報が全部出そろってからにしましょう」


 セタンタは言い終わると同時にダクトの方に向き直る。視線を向けられたダクトは緊張した顔で今一度、姿勢を正す。


「私たちは魔力回復薬の研究をしようと計画していたの。本音を言えば、あなた達から作り方を聞いて早速、聖庭の管理の仕方を見直しをしたい」


 一見、ダクトに白の子たちの命を助けるのと引き換えに魔力回復薬の抽出方法を教えろと言えばいいだけの話。


「先人たちはきっと魔法で何かやらかしたんだ。安易にとびついて五百年前の二の舞なんてことにしたくない」


 キーニャとセタンタは双緑花の怒気をまだ覚えている。ゲッダ王国の王族として、双緑花に恩ある者として双緑花の意に反することはしたくなかったのだ。


「代々、魔法を身内と白の子たち以外の人前で使うことを禁じられていたのですが、納得がいきました。私たちはてっきり使命を遂行するための命かと…」


 少し寂しそうな目で話すダクトを見てルキウスの背後に控えているアントニオは考えた。


(やっぱこの人は最初から優しい。他の貴族は優しいというよりかは中立で気品を重んじる感じで…。上級階級と中級階級でこんな違うのはなんでだ?)


「まぁ、そういう事情で他の貴族どころか国にだって、ナヴィオラの花が魔力回復に使えることが知られるのはまずい。とりあえず、ダクト卿に望むのは鑑賞用のナヴィオラの花の輸入契約だ。今後、僕たちはアルカディアやギルドは通さずに君たちに直接、注文する。それでいいかな?」


「はっ」


「白の子たちに関しては私たちは情報さえ貰えればいいわ。これからのことはルキウスたちと話して決めてちょうだい」


「口を挟むことをお許しください」


「なんだ?」


 騒ぎの間、沈黙を貫いていたシザル。今はにこやかに挙手し、ダクトの方を覗き込みながら話し始める。その企んでいそうな顔にダクトは冷や汗をかきながら身構えた。


「ダクト様のことはもう疑っておりません。しかし、他の白の子はどうでしょうか?」


「此度の襲撃で彼らを先導した者に聞きましたが、殿下にお渡しした手記の内容を仲間にも伝えた上で行ったと聞きました。少なくとも、手記の内容を知っております」


「なるほど。では本当にダクト様を大事に思っており、憂いを晴らすためにあのような計画を立てたのですね」


 白の子たちは、置手紙に何に悩んでいるかどうか明記しなかったが、手記を読んである程度の予測をつけることができた。そこでダクトの代わりに、自分たちが命をもって確かめようとしたのだ。


 明記しなかったのはもし違った場合、自身が勘違いさせるような態度をとったせいで特攻したと思われたくなかったためだった。


「はい、きっとそうでしょう」


「もし、私たちが本当に白の子たちがどうなるか知っていての今までの行動だったら、バルトイ家ごと消していました。先に白の子たちが無謀な特攻をしたことで、戦力の高い私たちは捕えるか殺すかの二択を容易にとれる状態になれます」


「私は対象内で実際、一度殺されかけた。生殺与奪の権は簡単に握れるわ。だからこそ、実際負かした時、私たちがどう対処するのか卿に見せたかった」


 あの置手紙に込められたダクトへの思いは本物だ。だが別の意味もあった。


「自分たちは敵の手中に入る、入ったという意味も…」


 そこまでは頭が回っていなかったダクトは再び恐怖に陥る。きっとその意味に自分が気づくのは、ルキウスたちが本当に敵だった時。


「私にも命を投げ出してくれる部下がいます。そういう部下は時に驚くべき行動にでる。未だに私たちを信用できない者もいるでしょう。ですから、親友の彼以外をゲッダ王国に預けるのはいかがでしょうか?」


 シザルの提案にダクトは動揺し、言葉を詰まらせる。


「そっそれはっ」


「白の子たちを害することはない。双緑花様と正式に引き合わせて話を聞きたいのだろう?」


「はい」


「あら、私たちに内緒で進めるつもり?でもその提案には私も賛成よ」


「ダクト殿、そなたも、いや、背負ってきたそなたの方が分かっているはずだ。自身がどう思うかとは別に、行動で示すことで意思を伝えなくてはならないことを。セタンタ様方にも信じてついてきてくれた部下がいる。彼らにも、そなたたちが今は無害であることを示さなくてはならない」


 セタンタは勿論、今は醜い容姿の部類に入っているキーニャでさえ現在も国内での味方は多い。それほどの事を成し遂げたキーニャたちの命を狙った白の子たちを今後の味方と認識させるには、友好的な姿を見せることだけでは足りない。


 ダクトとキーニャたちの部下同士の衝突を防ぐためには、あえての人質期間を設け、部下たちが信じられるような、互いの信頼関係が築かれていく物語を目の前で見せなくてはならないのだ。


「私が殿下と行動することで白の子たちは下手な行動には出ない。私もあの者らの命をセタンタ陛下方に握られている。確かに同時に私たちの行動を防ぐ良い考えです。責任をもって説得致します」


「よろしく頼む」


 ダクトがルキウス頭を下げてその場はお開きになった。


--------------------------------------------


 ゲッダ王国を後にしたルキウス、アントニオ、シギ、シザル、そしてダクトとニーロ。六人は王宮の廊下を歩いていた。


「王城だと父上たちに見られる可能性が高い。宮殿内で一番出入りが少ない部屋は…ここだな」


「あのっ」


 足早に部屋に入るなり、ダクトは意を決したようにルキウスに話しかけた。


「どうして、あの時、私を信じて下さったのですか?」


 跪き頭を足れるダクトを見てニーロは慌ててそれにならう。ルキウスを見る目には未だに不信が浮かんでいるが、ダクトを守るためなら抵抗はないようだ。


「…私が精霊を召喚してから、多くの者が態度を変えた。一見丁寧だが、染みついた嫌悪感は隠せない。だが、そなたにはそれが無かった。私だけでなく、シザルにさえ嫌悪感は無かった。隠している、よりかは元々無い、と考えた方が自然な気遣い慣れている対応だった」


 そこで一息置いて再び話し始めるルキウス。


「人質で動揺していれば、気遣いの仮面など真っ先にとれるだろう。だが、それでとれる仮面なら白の子たちを本気で守ろうという事もしないはず。だから信じた」


 本当は他にも理由があったが、ただでさえ感情よりなのにこれを言えばアントニオたちにも流石に呆れられてしまうかと思い、そこで止めた。


「あぁ、確かに、白の子たちと過ごす内にそういう考えは消えていったような気がします」


 懐かしそうに目を細めるダクト、ニーロは何を考えているのか無言のままだ。


「先に落ち着こう。茶と菓子を用意してくれないか?」


「はい、ルキウス様」


 執事としてアントニオが答え扉の先に消えていく。それを見送るルキウスは、今まで出会ってきた色んな人たちの目を思い出す。


 ルキウスが嫌悪感の染みついた目と無い目を見分けられた理由は、兄から、確かな無償の愛を受け取った時期が人生の始まりにあるためだった。


(兄上…)

どうだっ

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