お留守番は淋しいんです。
「ハァッ!」
アイスドラゴンのブレスを避けながら、火炎弾を放つ。
すでに、アイスドラゴンの周りは火の海になっていて、流石のアイスドラゴンもかなり耐久度が下がっている。
『集光の矢!』
エルの放つ魔法が、再びブレスを吐こうとしていたドラゴンの大きく開けた口内に突き刺さる。
ブレスの不発による反動で、アイスドラゴンが大きくのけぞる。
『風砲!』
そこにリディアの魔法が追撃をかける。
たまらず体勢を崩すアイスドラゴン。
「いまだっ!」
俺は火炎弾を撃ちながらアイスドラゴンへと近づいていく。
俺の接近を感じたドラゴンがこちらに首を向けるが、そこにエルの放った『集光の矢』が突き刺さる。
のけぞるアイスドラゴンの首元までジャンプして、その首に大鎌をあてる。
「最後だよ!」
そのまま鎌を引く手に力を込める。
大鎌の鋭い刃が、アイスドラゴンの首を斬り裂く。
その首から盛大な血しぶきが吹き出し……アイスドラゴンは絶命した。
「……ふぅ、終わったな。」
俺は大鎌の刃についた血糊を振り払い収納する。
「終わったねぇ。」
リディアが足元に気を付けながら近づいてくる。
「リディア、危ないってば。」
エルがまだ燃え盛っている炎を水魔法で消化しながら、リディアの後を追って来る。
「さて、これからどうすればいいかな?」
普通にこの氷穴を出ればいいんだろうか?
「女神様から何か聞いてないんですかぁ?」
リディアが聞いてくるが、それは俺の方が言いたい。
「いや、そもそも記憶が無い状態だったのに聞いてても意味ないだろ?」
俺の言葉に、リディアは、そうかぁーと言って黙り込む。
「女神様と言えば……。」
エルが水晶みたいな魔石を取り出す。
俺と再会した時に、額に押し付けてきたアレだ。
俺はエルからそれを受け取る。
手にした途端水晶が光り出して、地面に魔法陣が刻まれる。
「普通に考えれば、これに乗ると元の世界へ戻れる、という事か。」
「たぶんそうでしょうね。」
「じゃぁ、帰ろー。」
リディアが俺の腕を引っ張る。
半年以上過ごしたこの世界ともお別れか……ようやく帰れるな。
俺はこの世界で過ごした日々の事を思い出す……。
薬草を採集して調合……鉱山を採掘して鉱石を得てインゴットを生成……。
武器や防具、アクセサリーに様々なアイテムを作る日々……。
「なぁ、もう少しここに居ないか?」
俺がそう呟くと、二人からキッ!と睨まれた。
……ちょっと言ってみただけなのに。
「「いいから帰る(のですぅ)。」」
俺は二人に両腕を掴まれ、引きずられながら一緒に魔法陣の上に乗るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クリス様、そちらの状況はいかがですか?」
私はイヤリングに模した通信の魔術具でクリスさんと定時連絡をする。
グランベルクの情勢がいよいよキナ臭くなってきたという事で、何かあればすぐ対処できるように、とお互いに定時連絡を入れる様に取り決めをしました。
エルさん達がシンジ様を連れ戻しに行かれてから10日が経とうしています。
あの時はまだ、国境周辺の小競り合いでしたが、リディアさんが指摘したとおり、小競り合いをしていた集団が一丸となって国境に攻め込んできたのが1週間前の事です。
その時は国境警備隊が押し返したのですが、まだ小競り合いの範囲が広がっただけだろうと言うのが大方の認識でした……クリスさんを覗いては。
そして、三日前、グランベルクの国境が破られてしまいました……クリスさんの再三再四の要請にも関わらず、グランベルク軍は重い腰をあげなかった結果です。
総勢6万の軍勢に、わずか5千の国境防衛軍では歯が立たず、あっという間に国境を破られました。
今は、クリス様指揮の下で国民の避難が始まっている所です。
幸い、と言っていいのかどうかはわかりませんが、攻めてきた軍隊は国境付近を中心に守りを固めながら、少しづつ占領範囲を広げる方針みたいで、進行速度が遅いため軍の編成が何とか間に合いそうだとクリスさんが言ってました。
たった10日で凄い状況の変化ですが、私がやるべきことは状況をこれ以上悪化させることなく、情報を集めて精査したものを、戻ってきたシンジ様にお渡しする事です。
ただ……シンジ様のお帰りに時間がかかる様なら、何らかの手を打たなければならないのも事実です……今出来る事はしてありますが……シンジ様、早く戻ってきてください。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「急がせなさいっ!敵は待ってくれませんわ!」
私は周りの兵士達に檄を飛ばす。
リディアから忠告を貰っていたのに、役に立てることが出来なかった事が、つい私の声を荒立たせる。
第一王女だ、姫将軍だともてはやされていても、実情はこんなもの……私が動かせるのはいいところ1個中隊程度の兵士達のみ。
国元では、いまだに危機感が薄い者共の所為で軍備が間に合っていない……私が出来る事は、敵の進路にあたる村や町の住民をこうして避難させることだけ。
「この騒ぎが収まったら、もう一度国内の掃除を行わないといけませんわね。」
「その為には、ここを何とか乗り切らないといけないですけどね。」
私の呟きに答える者が居た。
「あら、独り言を盗み聞きされるなんて、お恥ずかしい所を見せてしまいましたね、アシュレイ卿。」
「これは失礼を致しました、姫将軍、クリスティラ様。」
おどけながら頭を下げるアシュレイ……彼は数少ない、信頼のおける家臣の一人だ。
「それで何処まで来ているのかしら?」
「ハッ、この街の二つ向うの街までは占領されたようですが、そこで進軍が止まっています。ただ、何時まで留まっているかまでは……。」
アシュレイが、居住まいを正して報告してくれる。
「そうですか、かなり攻め込まれていますね……止まっているのは、戦場が広がり過ぎたからでしょう。」
私は少し考えて、アシュレイに指示を出す。
「この街と、この街、後はこちらの各所に兵を1万~2万づつ回すように伝令をお願いします。今言ったところは死守するように、と。」
「しかし、それでは国を守る兵達が居なくなりますが?」
私の言葉にアシュレイが疑問を挟む。
「それでいいのです。」
「それでは敵の軍勢が、真っすぐ王都に……あ、そう言う事ですか。」
流石はアシュレイ卿、私の意図することを理解できたようですね。
「それに王都の守りはちゃんといますわ。……今は遅れているようですが。」
私はクスリとアシュレイに微笑みかける。
「エルさんとリディアさんが迎えに行っているそうなので、程なく戻ってきますわ。」
私の言葉にアシュレイは苦笑しながら言う。
「あぁ、エルフィーさんが迎えに行ったなら確実ですね。あいつは昔からエルフィーさんに頭が上がらないからなぁ。」
アシュレイの物言いに私はクスリと笑う。
やっぱり、そう言う風に見えているんですね。
あれは、ただエルさんが素直になれずに甘えているだけで、シンジ様もそれを分かっているから……頭が上がらないというより、シンジ様がひたすらエルさんに甘いだけなんですけどね。
「そう言う事ですわ。ご理解いただけたら、行動をお願いします。今は何より時間が貴重ですわ。」
「はっ、直ちに!」
アシュレイは一礼をすると駆けだしていった。
私はそれを見送ると、小さくため息をつく。
「苦労はあの人にお任せするべきですわ。早く帰ってきてくださいまし……私の勇者様。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「また、大胆な手に出ましたわね……流石はクリス様ですわ……でも、シンジ様が間に合わないと却ってピンチになりますわ。」
私は手元に届いた報告書を見て、つい口に出してしまう。
「今動かせる兵は……。」
軍備の状況を思い出しながら考える。
「2千が精一杯ですわね……。」
「いや、1万は出せるだろ?」
「そんな事をしたら、ミーアラントの守りが・・・・・って、えぇっ!」
誰もいないはずの執務室……一体誰?と思って声のした方を振り返る。
そこには、ずっと待っていた人の姿があった。
「……。」
私は声を出す間もなくその人……シンジ様に抱き着いた。
「シンジ様、シンジ様、シンジ様ぁ―……。」
泣きじゃくる私の髪を、彼はずっと撫でていてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……さて、どうしたもんかな。
俺は泣きじゃくっているアイリスを撫でながら考える。
助けを求める様にエル達を振り返ると、彼女たちは「男らしく責任を取りなさい!」って顔で睨んでいた。
責任って言っても……しかしこいつら、本当に仲がいいよな。
……はぁ、仕方がないか。
「アイリスゴメンな。」
俺は泣きじゃくるアイリスの顎に手をかけて、顔を上に向けさせる。
そして、顔を近づけてそっと口づける。
しばらくして顔を離すと、アイリスは泣き止んでいたが、真っ赤な顔を隠すように俯いてしまった。
「そこまでしろって言ってないわよ。」
「言ってないですよぉ。」
後ろから二人に抓まれる……どうすればいいんだよ……ったく。
◇
「落ち着いたか?」
「ごめんなさい、取り乱してしまって。」
「アイリスが謝る必要はないわよ。悪いのは全部コイツなんだから。」
赤くなりながら頭を下げるアイリスを抱きかかえたエルが、アイリスの頭を撫でる。
リディアも横から抱きついている……ホント仲がいいな、キミ達。
「取りあえず現状を教えてくれないか?さっきミーアラントから兵を出す様な事を言っていたが?」
「あ、ハイ、まずはこれを見てください。」
アイリスが書類の束を渡してくる。
俺が目を通していると補足する様に現状の事を話してくれる。
「成程な……思っていたより動きが速いな。……で、相手は結局どこなんだ?」
エル達から聞いた状況から、俺は最悪国境での争いが起きている事を想定していたが、実際にはすでに国境を越えてきている。
幸いにもクリスの働きで避難が間に合った町や村も多く、思っていた以上の被害は起きていないようだが。
「相手は実はよく分かっていないのです。一応『南方連合』と名乗っているみたいなんですが。」
「南方連合ね……それで、今グランベルクにいるのが6万か。その後からどれくらいの軍が来ている?」
「それが……来てない様なのです。」
「来てない?」
どういうことだ?
まさか全軍で攻め込んでいるって事か?ありえないだろ?
グランベルクみたいな大国は、各地の領主軍も合わせると軽く10万を超える兵を集めることが出来る。
初戦を確実にものにするために、奇襲じみたやり方で、尚且つ6万と言う大軍で攻めてきたのは良いとして、その後引き返すでもなく占領政策をとっている。
だったら、後追いやフォローの為に軍を出さないと、6万の兵はいずれ敵地で孤立することになる。
「一体何を考えているんだ?……この事はクリスは知っているのか?」
「いえ、この情報は最近入ったばかりで、まだまとめてないものが多く……ただ、向こうでもそのあたりの事は調べているのではないかと思います。」
「うーん、一度クリスと話をした方がいいかもしれないな。」
俺は頭の中でこれからの行動について予定を立てる。
「明日、クリスの所に行くから、皆も一緒に来てくれ。ここは悪いけどリオナに任す。」
俺がそう告げるとリオナが頷いてくれる。
「それと、兵1万は準備が出来次第、領界の街、ディシアまで移動させてくれ。装備糧食は不要だ。ディシアにはかねてから申し付けてあったように、行軍に際しての糧食・武器防具などを準備するように伝えてくれ。」
俺はリオナ以下文官たちに次々とやる事を伝える。
連絡を受けた役人たちはテキパキと、与えられた仕事をこなすために行動をする。
「流石シンジさんですね。皆の動きが見違えるようです。」
「全部アイリスが準備をしてくれていたおかげだよ。」
俺がそう言うと、アイリスが笑顔で応えてくれる。
「私はシンジ様がいつ帰って来ても動きやすいようにと、それだけを考えていましたから。」
そんなアイリスの頭を撫でながら、俺はたまっていた書類に目を通していく。
「明日からまた忙しくなるから、今日は皆ゆっくり休んでくれよ。」
俺は皆にそう声をかけるが、誰も出ていこうとしない。
「どうした?」
俺は書類から目を離して、周りを見る。
「休んでいるのよ?」
エルがそう言うと、リディアもアイリスもうんうんと頷く。
「休んでるって……。」
「何処で休憩しようが私達の勝手よね?」
エルがそう言って俺の横に腰かける。
「そうですよぉ。」
リディアが逆側に寄ってくると、アイリスだけがどこに行こうかとオロオロし始める。
「アイリスはここよ。」
そう言ってエルがアイリスを俺の膝の上に座らせる。
「なぁ?」
「なぁに?」
「この体勢だと仕事が出来ないんだが?」
「その為の『身代わり君』じゃなかったっけ?」
エルがとぼけたように言う。
……結局、その日は皆に引っ付かれたまま、手分けして執務を終えるのだった。




