自分の趣味に没頭していると、他の人の事は見えてないものですよ。
「アンタバカなの?バカでしょ?」
シオンがそんな事を言ってくる……何かどっかで聞いたことのあるフレーズだよなぁ、と思いながら、俺は手に入れた鉱石を振り分けて行く。
この後はこれをインゴットに変換して、武器を改良する作業が待っている。
シオンなんかに構っている暇はないのだ。
「はぁ……アンタ、楽しそうだねぇ。」
シオンが呆れたように言ってくる。
……楽しいか楽しくないかと言われれば、そりゃぁ楽しいさ。
色々なものを採集して、色々研究しながら物を作って……充実していると思う。
「アンタ当初の目的忘れてるでしょ?」
目的?
「目的って何だ?」
思わずシオンに聞き返す。
「……本気で言ってるの?」
呆れた声で、更に聞き返してくる。
何だってんだ、一体。
俺の表情を見たシオンは諦めたように大きなため息をつく。
「はぁ……こんなところに影響が出てるのね。……私の手に負えないから一度相談しないと……。」
ため息の後、何か呟いていたが、めんどくさくなってきたので作業に戻る事にする。
「私は帰るけど、ちゃんとLv上げして強くなっていなさいよねっ!次はファルス草原だからね!」
そう言って消えるシオン……次?……ファルス草原?
……ま、いいか。
俺はシオンの事は頭の隅へ追いやり作業に戻る事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ……どこ行ったのよ、あのバカ。」
ここはミーアラントの王宮の執務室。
目の前にはシンジの身代わり人形が、せっせと印鑑を押している。
……私達はグルリア山脈の北方奥深くにいた筈なのに、気づいたらお城の部屋で寝ていた。
目が覚めて確認したらリディアも自分の部屋で目が覚めたらしい。
程なくしてアイリスがやってきた……アイリスはアシュラムの王宮の自室で目が覚めたという事だった。
一応こっちにもアイリスの部屋はあるのに、なんで私だけ……と涙ぐむアイリスは、可愛かったので、思わず抱きしめてしまった……はぁ、堪能したぁ。
リオナ達に確認したら、私達がお城を出てから1週間が経っているって……あの雪原についたのが、お城を出てから5日経っていたから、二日の空白があるって事。
二日で戻ってこれる距離じゃないけど、だったら空白の二日間は何してたんだろうって考えると気になってくる。
リオナ達には、シンジは用事があって戻るのが遅れると伝えてあるけど……。
「だからと言って、何時までも誤魔化せないじゃないのよ、もぉー。」
「ホントですよぉ。」
私の呟きにリディアが同意してくれる。
リディアの腕の中には、真っ白な子犬が寝ている……星王狼のレオンちゃん……この子も、あれからずっと寝たままだ。
「レオンちゃんも、寝たままで……食事とかいいのかなぁ?」
レオンちゃんを撫でながら、リディアも心配そうな声を出す。
「……しばらく様子を見る事しかできないね。」
私もレオンちゃんを撫でながら、リディアにそう言う。
……本当に、何もできない……何をやっていいのかも分からない。
そう考えると、私はシンジに甘えすぎていたんだと改めて思う。
「はぁ……私も頑張らないとね。」
唐突に声を出す私を、リディアが不思議そうに見上げてくる。
私は何でもないと、リディアに声をかけてから執務室の上の弾かれた書類に目を通していく。
シンジが戻って来るまでは、せめてこれくらいはしないとね。
◇
「あー、もう、ほんとに何やってるのよっ!」
あれから1ヶ月が過ぎた。
一応、1ヶ月ほどは留守にする予定で根回しをしていたから、まだ王宮の混乱は起きていないけど、未決裁の書類など徐々に溜まりつつある。
私やアイリスの権限において回せるものは回しているけど、中にはやっぱりシンジの判断が必要な物があるから、そう言うのがどうしても溜まってしまう。
シンジが何処にいるのかという事は、先日意外なところから判明した。
女神様から天啓が舞い降りて、なんとなくの状況は理解することが出来たのだった。
天啓はやっぱりイメージだけで、私の受けたイメージだけだとよくわからなかったけど、同じタイミングでリディアも天啓を受けていたみたいなので、お互いに補完し合う事で何とか現状を理解することが出来た。
居場所ははっきりとは分からないけど、シンジはどこかで強くなるための修業をしているらしく、1ヶ月ほどはかかるって。
取りあえず無事なのが分かって安心はしたけど……。
「エルおねぇちゃん、シンジおにぃちゃんは、まだ戻ってこれそうにないの?」
書類を抱えたレムがそう聞いてくる。
その顔はとても心配そうだった。
「ゴメンね、私達にも分からないの。でも必ず何とかするから、ねっ。」
私はレムちゃんをなだめる。
レムちゃんにまで心配かけて、もぉ―、シンジ、戻って来たらお仕置きだぞ。
◇
……そして更に1ヶ月が過ぎた。
「……いい加減遅すぎると思うのですよ。」
リディアがプンスカと怒っている。
まぁ、気持ちはわかるのよね……私も同じだし。
「そうね、……リディア、明日禊をして神殿に来てくれるかな?」
「うん……やるんだね?」
「そう……やっぱり遅すぎるからね。」
「じゃぁ、アイリスも呼んでおいた方がいいねぇ。」
「そうね、フォローしてもらった方が良さそうだしね。」
「ウン、じゃぁ連絡しておくね。」
やる事が決まったせいか、リディアの顔がさっきより明るいものになる。
シンジが帰って来れないなら、私達が迎えに行く……その為の方法を女神様に聞きだす。
今までやった事が無いからうまく行くかどうか分からないけど、なんとなく出来るって予感がする。
今日は、明日に備えて精神を整えておく必要がある。
「だから、もふもふ~。」
私は寝ているレオンちゃんを抱き上げる。
レオンちゃんは何日かに一回起きてご飯を食べるけど、それ以外はずっと寝たままだ。
ご飯を食べている間も、意識が無いみたいで、呼びかけても反応は無かったりする。
たぶん、シンジと何かシンクロしているのかな、と思うけど……それならシンジが戻るまで、レオンちゃんも寝たままって事だよね。
「もう少し待っててね、必ずシンジを連れ戻すからね。」
そう言いながらレオンちゃんに顔を埋める……あー、このモフモフ感、幸せ~。
◇
「リディア、準備はいい?」
「エルちゃん、OKだよ。」
「合わせてね……。」
私はリディアのちゃん呼びはスルーして、女神様へ祈りを捧げ始める。
私の動きに合わせて、リディアも動いて祈りを捧げる。
二人の動きがシンクロし、私とリディアの意識が交じり合って遥か高みへと駆け上る感覚がする……。
この先……私とリディアは言霊に想いを乗せる……。
ーーーーーーーーーーー。
真っ白な世界……私とリディアの意識はそこにあるのはわかるんだけど、周りが真っ白で何も見えない。
(無茶しますね、二人とも。)
……女神様ですか?
(初めましてですね、エルフィー、リディア……私は女神ネルフィーです。)
……不躾で申し訳ないですが……。
(分かっています。ここに長居するのはあなた方に負担が大きいので、此方も手短に済ませますね。)
その言葉とともに、私の意識の中にイメージが流れ込んでくる……これは、シンジが見ている世界?
何か掘ってる?作ってる?
活き活きとしたいい表情してるけど……。
……強くなるための修業……じゃなかったっけ?
(御覧の様になぜか生産活動中心で……困ってるんですよ。)
女神様が溜息をつくイメージを感じる。
女神様に溜息をつかせるシンジって、意外と大物?
(なのでもう少しかかりそうなのです……すみません。)
女神様に頭を下げさせるシンジって……。
……こちらこそ、ウチのシンジが申し訳ないです。
……でも、シンジさんは私達の事を心配しなかったですか?
リディアの意識に私も頷く。
もし私達の事をほったらかしにして楽しんでいるなら、お仕置きフルコースよ。
そんな事を考えていると、女神様が申し訳なさそうに言う。
(シンジは今、あなた方やこの世界についての記憶がないのです。)
……えっ!?
(あ、心配しないでください。こちらに戻るときはちゃんと記憶は戻りますので……一時的な封印みたいなものですよ。)
……何で、そんな事に?
(新しい事を覚える場合、以前の知識が邪魔になる事があるのですよ。今回は時間が無いので、手っ取り早く強くなってもらうためにも、一から覚え直すのが良いと判断した結果なのですが……。)
……やってることが生産活動ってわけね。
……シンジさんらしいですぅ。
(一応こちらの予定では、そちらの時間で1ヶ月で修業が終わる予定でしたが、かような状態なので、かなりの遅れが出ています。……そうですね、あと1ヶ月はかかるのではないでしょうか?)
……そんなに!?
(こちらでも、色々サポートを付けておりますので、少しでも早くお返しできるように力を注ぎますね。)
その言葉と共に私の視界が真っ白に塗りつぶされる……。
…………。
「……ですか?……さん、大丈夫ですか?」
誰かに揺さぶられるのを感じて、私は目を覚ます。
「あ、エルさん、目が様ましたか?自分が誰だかわかりますか?」
「……ん、アイリス?」
「良かった、目が覚めましたか。」
私は体を起こして辺りを見回す……神殿の聖域だ。
「リディアは?」
「まだ目を覚ましてませんが……あ、今目覚めたようですよ。」
私はアイリスに支えられながらリディアの下へ行く。
「リディア、大丈夫?」
「あ、エルさ……ちゃん。アレは夢……じゃないよね?」
なぜ言い直すのかなぁ。
これは今度ゆっくりお話をする必要があるわね。
「夢……じゃないと思う……あなたと私が見たものが同じならね。」
私達は、場所を私室に移して情報の交換を始める。
「つまり、シンジさんは強くなる修業の場で、生産活動をしていて強くなっていないから、まだ戻ってこれないというわけですか?」
確認しているアイリスの声にも呆れかえった色が伺える。
「女神様が言うにはぁ、後1か月はかかりそうだって。」
「ホント、何やってんのよ、バカシンジ。」
私達は、同時に、はぁと大きなため息をついた。
「取りあえず、もう少し様子見をしましょう。」
私はそう言ってこの場をまとめた。
「そうですね。ただ……。」
アイリスが不安そうな表情を見せる。
「どうしたの?何かあるの?」
リディアも気付いたようで、アイリスに声をかけている。
「えぇ……実は……。」
アイリスはしばし悩んだ後口を開く。
「クリス様から知らされたんですけど、最近南方が不穏な動きを見せているらしいのです。」
「それって、戦争が起きるってこと?」
私がそう聞くと、アイリスが首を振る。
「まだ、そこまでは……。ただ気を抜けないって言ってました。」
「そう言えばお父様も、草原越えの交易が値上がりしているから、何か起きてるかも?と言ってたのですよ。」
何か関係がありますかねぇ、と小首をかしげるリディア。
「うーん、警戒は必要かもね。私からもクリスに言っておくわ。」
私はそう言って、緊張の糸を緩めて、私はリディアとアイリスに抱き着く。
「「きゃっ!」」
今出来る事はここまでだから、後出来る事はこの子達を不安にさせない事。
ついでに私も癒してもらえて一石二鳥ね。
そんな事を考えながら二人を抱きしめる。
「もう、エルさんはしょうがないですね。」
「だからエルちゃんなんですよぉ。」
二人も分かっているのか、そんな事を言いながら抱きついてきてくれる。
二人の柔らかさに包まれて癒されながら私はシンジの事を考える。
取りあえずもう少し待っててあげるから、早く帰って来なさいよね、バカシンジ。




