ガールズトークの内容は知らないほうが幸せだと思う。
「これはマズいわね。」
私が執務室に入ると、エルちゃんのそんな呟きが聞こえてきた。
エルちゃんは年上で、私よりすごい資質を持った姫巫女さん。
だからエルさんって呼んでたんだけど……付き合いが深まるにつれて、結構、いや、かなり可愛らしい所がわかってきたんですよ。
だから「エルちゃん」……こう呼んだ時の照れながら怒る顔も可愛いので、つい、呼んじゃうんですよぉ。
……っと、それどころじゃなかったですぅ。
「エルさん、何かあったのですかぁ?」
「あ、リディア。えっとね、グランベルクの南方の動きがちょっとね……。」
そう言いながら、今まで見ていた書類を見せてくれる。
「フムフム……むぅ……。」
私は渡された書類に目を通す……確かによくないですぅ。
お父様から聞いた情報が裏付けになりますねぇ。
「エルさん、実はさっきお父様から聞いたことなのですが……。」
私は、ベルクシュタットに出入りしている商人の中で、南から来る商人の数が減っている事、南の方で何やら大きな争いが起きているかもしれないという商人たちの噂など、お父様から得た情報を話す。
「成程ね……だったら、このグランベルク南方で戦争が起きそうだというのは間違いなさそうね。」
エルさんは書類を眺めながら言う……こういう所は素直に「エルさん」って呼ぶのが相応しいと思っちゃうんだけどねぇ。
「うぅー、どうしよ、どうしよ、どうしよぉー。」
エルちゃんはいきなり私を抱きしめて叫び出す。
……こういう所が「エルちゃん」なんですよぉ。
「……ふぅ。取りあえずはアイリスとクリスに連絡ね。アイリスにはしばらくこっちにいてもらった方がいいかな?」
しばらくして落ち着いたエルさんが、リオナを呼んでテキパキと指示を出していく。
正直な所、今度の戦争はミーアラントに直接の被害があるわけじゃない。
だけど、戦火が広がるとグランベルクが巻き込まれることになって、そうなったら、書類上の事だけとはいえ、グランベルクの属領になっているミーアラントも何らかの影響を受けるかもしれない。
「うー、こういう時はシンジさんの出番なのですよぉ。」
「ホント、そうね。一体何やってるのかしら?」
思わず口をついて出たぼやきに、エルさんが追従する。
あれから更に1ヶ月過ぎてるし、そろそろ帰って来てくれてもいい頃だと思うんだけどぉ……。
というより、早く帰って来てよぉ……甘えたいのですよぉ。
「うぅー、甘えたいのですぅ。シンジさん分が足りないのですよぉ。」
「そうね、こんなに長く私達を放置して、無事で済むと思っているのかな?」
エルちゃんの表情が少し怖くなってる気もしましたが、仕方がないですよぉ。
「エルちゃん、知ってますぅ?土魔法で『蔦の拘束』って言う魔法があるんですよぉ。私最近これを練習しているのですよ。」
私はニンマリと笑いながらエルさんにそう告げる。
「あら奇遇ね、光魔法にも『光の拘束』と言うのがあるのよ。最近使ってないから、私も練習しないとね。」
私とエルちゃんはお互いの顔を見て笑い合う。
考えていることは一緒見たいですぅ。
「……えーと、お二人とも、誰にその魔法使う気なんでしょうか?」
ちょうどその時部屋に入ってきたらしいアイリスが、少し怯えながらそう言っていた。
◇
「私の方でも同じような情報が入って来ています。分析したところ80%の確率でグランベルクに攻め込んできますね。次期は……1ヶ月以内と言う所でしょうか?」
「ふーん、アシュラムの分析官がそう言うのなら、ほぼ間違いないでしょうね。」
元々、アシュラム王国は情報の収集・管理・分析に長けた国なのですよ。
小さな国であるアシュラム王国が、長い間グランベルクと言う大国に接しながらも侵略らしい侵略を受けなかった理由の一つが、この情報の扱い方のうまさなのですよ。
その上、最近はシンジさんがかなりテコ入れしていたから、より精度がアップしているらしいのですよ。
なんか、シンジさんの行動見ていると、アシュラム王国はシンジさんの国じゃないのかと錯覚しそうになるのが困りものなのですよ。
国王のダニエルちゃんも、そう思っているみたいで、よく困った顔してるのに気づいているのかなぁ?
「そう言えばアイリスは、ダニエルちゃんの事知ってる?」
「いきなりですわね。ダニエルの何の事ですか?」
アッと、いけない、行けない……思考がアシュラム王国の事になっていたからその流れでつい口にしちゃった。
「あー、うん、ダニエルちゃん、ニコラの事が気になっているようなんだけど、知ってる?」
私がそう言うと、アイリスが困ったような顔をする。
「その事ですか……まぁ……姉ですからね。あの子、元々レムちゃんの事が好きだったのですよ。」
「なに、それ、もっと詳しく!」
アイリスが語る意外な事実に、私とエルちゃんが食いつく。
「あ、あはは……。初めてこの王宮に来た時にレムちゃんを見て一目惚れしたそうですわ。」
「うん、わかるぅ。レムちゃん可愛いもんね。特にあの格好はキュンと来るよねぇ。」
私はアイリスの言葉に大きく頷く。
「だから、一時期よく顔を出してたのね。私のレムちゃんに手を出そうなんて、いい度胸してるわね。」
「エルちゃんの笑顔が怖いですよぉ……落ち着いてぇ。」
「そうです、落ち着いて下さいぃぃ。」
怒りに我を忘れかけているエルちゃんを、アイリスと二人がかりで宥める。
「ふぅ……ゴメンね。それで、何でニコラなの?」
落ち着きを取り戻したエルちゃんが聞いてくる。
「えぇ、シンジ様がリオナさんとレムさんを側室と公に発表したじゃないですか?それを聞いて、あの子落ち込んじゃってね、気分転換に街中をお忍びで見てくるように勧めたんです。そこでニコラちゃんと出会ったらしくて……、落ち込んでいる所を慰めて貰ったんですって。」
「……ダニエルちゃんって、チョロい?」
「チョロいわね。」
「あはは……はぁ。」
「でもその時はニコラがここで働いているって事は知らなかったんだ?」
「ニコラも、ダニエルが国王って事を知らなかったんだよね?」
「えぇ、ニコラちゃんがここのメイドをしているって知った時、私に聞いてきたのですよ……「シンジ様が側室候補をメイドとして集めているって言う噂は本当ですか?」って。」
アイリスはその時の事を思い出したのか、クスリと笑う。
「それは……まぁ……。」
「ダニエルちゃん、がんばれ。」
私とエルちゃんは何と見えない顔になる……まぁ、仕方がないよね。
「後、ニコラさんは、ダニエルが国王って事は気づいて無いはずですよ。あの子、ここに来ると、変装してさり気無さを装ってニコラさんと会っていますから。ニコラさんは国王のお付きか何かだと思っているはずです。」
「まぁ、ニコラなら国王と知っても態度は変えないと思うけどね。」
「そうですよねぇ、ニコラは意外と怖いもの知らずだしねぇ。」
「でも、ニコラさんにはオルカさんがいますよね?」
アイリスがそう聞いて来るけど、私とエルちゃんが首を振る。
「オルカが一方的に惚れているだけよ……ニコラの本命は……まぁ……。」
「シンジさん……ですよねぇ。」
エルちゃんが濁した言葉を私が引き継ぐ。
「やっぱり、そうですよねぇ……。」
アイリスが、はぁ、とため息をつく。
姉としては複雑な気持ちなんだろうね。
私も、その気持ちはわかるよぉ……。
「そう言えば、セーラさんはそのこと知っているのですか?」
「んー、あまり興味ないみたいなのですよ……。」
まだ公式ではないけれど、妹のセーラとダニエルの婚約の話が持ち上がっている。
王族に生まれた物として、政略結婚は義務なのですよ……と私が言うと『お前が言うな!』って言われそうなんですが。
とはいっても、お父様はセーラが乗り気じゃなければ断ると言っているし、セーラは今の所どうでもいいって感じなのですよ。
「だからダニエルちゃん次第ってところなのです。」
「まだまだ先が長そうですねぇ。」
私とアイリスは溜息をついた後、クスリと笑い合う。
「ところで、何の話だっけ?」
エルちゃんがふと思い出したように言う。
「えっ?」
「……何でしたでしょうか?」
私達は、元の話を思い出すのにかなりの時間がかかったのは仕方がないと思うのですよ。
◇
「取りあえず、此方でまとめた情報をクリスさんに渡して……後は何が起きてもいいように待機するしかないですわね。」
アイリスがクリス宛てのゲートミラーに書類を流しながらそう言う。
「そうね、幸い何かあるならグランベルクが先だろうから、心の準備ができるだけでもありがたいわね。」
「うーん、グランベルク様様ですよぉ。」
私達がそんな事を言って、グランベルグとクリスを肴に盛り上がっていると、いきなり扉が開かれる。
「だったら、私も労って欲しいと思いますわ?」
入ってきたのはさっきまで話のネタにしていたクリス……ちょっとびっくり。
「早かったですわね。」
「こっちに来て大丈夫?」
アイリスとエルちゃんはびっくりしてないところを見ると、さっきの書類に何か書いてあったのかなぁ?
レムちゃんがクリスのお茶を入れてから下がる。
クリスはお茶に口をつけると、ふぅーっと大きく息を吐く。
「やっぱりここのお茶は美味しいですわね。生き返りますわー。」
クリスの顔がふにゃーってなっているのです……国の人には見せられない顔です。
「ところで、さっき送ってもらった書類についてですが……。」
一息ついた後、居住まいを正してクリスが情報の精査や今後の対応について話していく。
クリスによると、すでに国境付近まで小競り合いが広がっているらしい。
「えっと、それって演技と言うか、小競り合いに見せているって事は無いですかぁ?」
クリスの話を聞いてふと、疑問に思った事を聞いてみる。
「どういう事かしら?」
クリスが訊ねてくる。
「えっとね、本当はグランベルクを攻めようとしているんだけど、そのまま攻めてきても返り討ちにあうよね?だから小競り合いをしているふりをして国境近くまで軍勢を集めて、気を見て一機に……って事は無いのかなぁ?」
「まさか……いや、でもそう考えると……。」
私の言葉に、思い当たる事でもあったのか、クリスがぶつぶつと呟きながら考えこんじゃった。
「確かにその可能性は大きいですわね……リディアさん、良く思いつきましたね。」
書類を見ながらアイリスがそう言ってくる。
「んー、前シンジさんがそんなようなことを言ってたのですよぉ。グランベルクを攻め落とすなら、こういう方法が……って。」
あれ?グランベルクとは言ってなかったっけ?……まぁ、どっちでも一緒だよね。
「あの人は……。」
クリスがプルプル震えている。
「まぁ、シンジも本気でグランベルクを攻めるなんて思ってるわけじゃないし。」
エルちゃんがクリスを宥めている。
「分かっていますわよ……、だから、腹が立つのですわ。」
揶揄われているようで……とクリスが嘆いているけど、仕方がないよね。
クリスって、弄ると反応が楽しいし。
「防衛については何かおっしゃっていませんでしたか?」
クリスが気を取り直して訊ねてくる。
「んーとね、あまり人道的な方法じゃないけどね……。」
そう前置きして、シンジさんから聞いた事を話す。
あらかじめ村や町を空にして敵の軍団を誘いこむって言う戦術。
相手は抵抗もないから調子に乗って奥深くまで進軍してくるけど、それが大きな罠。
途中、伏兵を使って、少数の敵を誘い出して少しずつ削ったりはするけど、基本的にはこちらの懐の奥深くまで進軍させるの。
奥深くまで誘い込んだら、相手の背後を襲って補給を断つ。
同時に相手の糧食にダメージを与える……要は輜重隊を襲うって事なんだけど、
やり方がえげつないよね。
糧食が乏しくなっても、略奪するべき物資は最初からなくて、引き返そうとすれば背後からの追撃にあう。
かと言ってその場にとどまっても糧食不足で時間の問題。
相手は死に物狂いで突破しようとするかもしれないけど、そう来るのは分かっているから事前に対抗準備は出来るし、時間が経てば経つほど有利になっていくので、士気の問題もないんだって。
「それは……確かにえげつないですわね。」
私の話を聞いて、クリスが考え込んでいる。
「よく分からないけど『えすえるじーでは定番の嵌め技だ』って言ってたよ。」
「確かに、効果的だと思いますが……。」
アイリスも頭を抱えている。
「まぁ、シンジだからね。」
エルちゃんだけが、変わらない……流石に付き合いが長いだけの事はあるよね。
「シンジさんが言ってたよ『正攻法ならクリスに任せておけばいい、俺はこう言う奇策しか用意できない』って。クリスはシンジさんに頼られていますよねぇ。」
私がそう言うと、クリスはしばらく考え込んでいて、それからようやく顔を上げる。
「まだ、攻めて来ると決まったわけじゃないですが、心構えが出来ただけでも、ここに来た甲斐がありますわ。」
戻って準備します、と言ってクリスが部屋から出て行った。
「有意義な情報を渡せたようで何よりですわ。でも、なんでリディアさんがそんな事を知っていますの?」
アイリスが不思議そうに聞いてくるけど、なんでみんな知らないんだろうね?
「シンジさんとお話してると、よくそう言う話出て来るのですよ。……皆はそう言う話はしないのですかぁ?」
シンジさんの興味のある話題を振ると、シンジさんは夢中になって話してくれる。
私はそれを聞いているのが凄く楽しいのです。
「私との時は魔術具の話題が多いですわねぇ。」
そう、アイリスが言うと、
「私の場合は、領地の経営の事かな……はぁ。人によって話題を変えているって、シンジってああ見えて意外と多才だったのね。」
エルちゃんがそう言ってため息をつく。
「早く帰ってきて欲しいのですよ……。」
「そうね。」
私の呟きに、お二人が同意してくれる……と、その時……。
いきなり私の視界が真っ白い闇に覆われた。
……一体何なんですかぁ!




