戦略と戦術の違いって分かりますか??
「戦況はどうなっている。」
俺は指令室に入るなり、アッシュにそう確認する。
「シンジ!……勝手に入って来てもらっては……。」
慌てて部屋から出そうとするアッシュだが、俺はそれを遮りさらに続ける。
「今、俺達の部屋に不審者が侵入して襲われた!それは把握しているのか?」
「不審者!?」
「侵入されただとっ!」
俺の言葉に、室内が騒めく。
「それは本当かっ!その侵入者は今どこにっ!」
アッシュが詰め寄ってくる。
「撃退した……と言いたいが、あれは見逃されたんだろうな。見失ったよ。」
俺はため息とともにそう告げる。
「そんな事より、アレが、この砦内を探ってたものだとすると、急いで対応を考えなければ後手に回るぞ!」
だから、今の戦況を教えろ、と俺はアッシュに詰め寄る。
「シンジ、焦り過ぎよ。アシュレイさんも困ってるでしょ?」
アッシュに詰め寄る俺をエルが宥める。
「それよりアシュレイさん、私達をすぐ通してもらうわけにはいきませんか?」
エルがアッシュにそう問いかける。
「だよねぇー。このままここに居たら、私達巻き添えで死んじゃうかもしれないしねぇ。」
リディアが笑いながら言う。
「リディアさん、そんなハッキリ言わなくても……ここの人達の面子というのも考えて差し上げないと……。」
アイリス、それフォローになってないからね。
ほら、この部屋にいる兵士達から殺気が出てますヨ……。
「まぁ、俺達はここで巻き添えになってる暇はないんだ。通せないって言うなら、アイツらを片付けて、とりあえず身の安全を図らなきゃいけないだろ?その為には情報が必要なんだよ。」
エル達のお陰で、少し落ち着いた俺は、再びアッシュに話しかける。
「……仕方がないな、こっちへ。」
状況が理解できたのか、アッシュが中央へと招き入れてくれる。
「司令!それは……。」
一人の兵士が難色を示すが、アッシュはそれを押しとどめる。
「どちらにしても今の手詰まり状況を何とかしなければならん。責任は全て俺が持つ!」
おー、こうしてみると、立派な司令官に見えるなぁ。
あのアッシュがねぇ……。
俺がニヤニヤとして見ていると、アッシュはばつの悪そうに顔を背けて、早く来いと、言ってくる。
◇
「今の状況はこうだ。」
アッシュが中央の指揮台を操作すると、盤面に周辺の地図が浮かび上がる。
右側にマルタ砦が、左側に敵の陣様が浮かび上がる。
「現状は特に相手側に動きはないので、こちらとしても動きようがない。」
アッシュが困ったように言う。
「そう言えばシンジさん、さっき途中になっちゃってましたが、探った後はどうするんですかぁ?」
リディアの言葉にアッシュが不審そうな顔で、どういうことだ?と聞いてくる。
「いや、暇つぶしで、この戦闘について話してたんだよ。」
俺はそう言って、アッシュにさっきまでの話をする。
「成程、シンジが敵側の指令だったら……か。それで、お前ならこの後はどう動くんだ?」
「まず、砦に潜入させる。目的は魔法使いの数と質の確認だな。出来れば数を減らすことが出来れば大成功だな。」
「それが、お前達があったという不審者の役目か?」
訊ねてくるアッシュに、俺はそうだ、と答える。
「魔法使いの数と質が想定内……つまり、力づくで押し通れる程度であれば、ここを目指して進軍してくるだろう。」
俺はそう言って、地図上の岩山で挟まれた峡谷のあたりを指し示す。
「この距離だと、砦からはギリギリ魔法が届かないからな。ここを拠点にするのは戦術上正しい選択だ。そしてここを取られたら、この砦は籠城するしかない。」
違うか?とアッシュに視線を向けると、難しそうな顔で考え込んだ後、微かに頷いた。
「そして、ここを取られたら、この砦が落ちるのは時間の問題だ。だから、こちらがまず取るべき策としては、この峡谷で敵を迎え撃ち、出来るだけ削る事だな。」
「ねぇ、そこを取られたら、ここが落ちるのはなぜ?」
俺の説明を聞いて、理解できないというようにエルが聞いてくる。
「もし俺がここを占拠したら、次に行うのは攻城兵器の設置だ。カタパルトやバリスタは知ってるだろ?」
「知らない。何それ?」
「俺も初耳だ、それはどういうモノなんだ?」
「マジかよ……。」
攻城兵器の事をエルどころかアッシュたちグランベルク兵も知らないという。
よくよく話を聞いていると、グランベルクなどこの辺りでは基本的に野戦が主で、砦に籠る籠城戦というのは少ないそうだ。
理由としては、この辺りは平野が多く部隊を広げるのに適しているが、通さないように守るには広すぎて難しい地形ばかり、と言うのがあげられる。
つまりこの付近の砦と言うのは、固定された陣の意味合いが強く、そこに籠って戦うという事がないのだそうだ。
籠っているなら、回避して抜けていけばいいだけなので、砦を落とす、という事はほとんどない為、攻城兵器そのものの出番がない。
野戦に使うなら、手間がかかるうえ機動力に欠ける巨大兵器を使うより、魔法を使用した方が余程楽だからな。
「北方とは戦の仕方そのものが違うんですね。」
アイリスがしみじみと言う。
アシュラム王国から北は険しい地形も多く、自然の要害も利用して、軍隊の侵入を阻むことが第一に挙げられるため、砦も要所に設置され、そこを崩さないと先へ進めなくなっている為、魔法だけに頼らない攻城兵器が普通に使われている。
「成程……そういうモノがあるのか。」
アッシュが感心したように頷く。
「……しかし、相手は約三倍の兵力だ。まともにぶつかっても勝ち目がない。どうすればいい?」
しばらく黙考した後アッシュが聞いてくる。
「時間もないからな……ちょっと強引に行くか……まず峡谷に4000の兵を送って迎え撃つ準備を。それから岩山に1000の兵を送って……。」
俺は、考えていた策をアッシュに告げる。
「……成程。しかしそれではこの砦が空になるぞ?」
アッシュが懸念事項を口にする。
「どうせここまで攻められたら終わりなんだ。そこに千や二千の兵がいてもムダだろ?」
「それはそうだが……。」
「後、火属性の魔法が使える奴を10人ほど含めた兵を50ばかり貸して欲しい。」
「それだけでいいのか?」
「あぁ、あんまり多くても困るし、危険だからな。万が一の犠牲は少ない方がいいだろ?」
「……分かった。夕方には準備が整うと思う。」
「じゃぁ頼んだ。俺達も準備をしてくる。」
俺はアッシュにそう告げると指令室を出ていく。
◇
「迎え撃つなら、私達前線に出た方が良かったんじゃないですかぁ?この行動の意味がよく分かってないのですぅ。」
リディアがそう聞いてくる。
俺達は今、森の中をゆっくりと進軍している。
時々現れる魔獣を、そっと撃退しつつの隠密行動だ。
「前線に出てもあまり意味がないんだよ……っと、もう少しで落ち着けるから、そこで詳しく説明するよ。」
俺は飛び出してきた魔獣を撃ち落としながらリディアに答える。
「それで、意味がないって?」
野営ポイントについて一息入れたところでエルが聞いてくる。
リディアだけじゃなく、エルも気になっていたようだ。
「あぁ、一応砦に残っていた魔法使いたちでも広域魔法は使えるからな。そこにエルやリディアが加わってもそれほど影響が変わるわけじゃないからな。」
「だからこの森に来たってこと?……まだよくわからないんだけど?」
部隊から離れて森に来た意味が分からないらしい。
リディアもうんうんと頷いている。
「……仕方がないな、説明しようか。」
「それは、俺達も聞いておきたいな。」
突然後ろから声がかけられる。
「ん?お前らは?」
振り返ると、身長は俺と同じぐらいだが、装備の下の身体は鍛えた人間独特のガッシリ感がある男と、その後ろに隠れる様にしながらこちらを見ている、翠色の髪の小柄な少女が立っていた。
「挨拶してなかったか?今回この作戦でアンタらについてきた傭兵の、レ……レックスだ。こっちはミィ。よろしく頼むぜ。」
レックスと名乗る男とミィという少女が近くに腰を下ろす。
「俺達は傭兵だからな。依頼料に合わない仕事はしたくねぇ。50人程度で万を超える軍隊に無策で突っ込むのは勘弁してもらいたいからな。」
そう言ってレックスがニヤリと笑う。
「そうか……、俺の名はシンジ。一応この部隊の指揮官になるのかな?」
俺はレックスと握手を交わす。
「それで?まさか逃げ出して来たってわけじゃないだろ?」
レックスが笑いながら言う。
「その手もあるか……まぁ、ヤバかったら逃げようか。」
レックスの軽口に合わせて、俺も笑いながら答える。
「オイオイ……。」
「まぁ、冗談はさておき、これからの動きを説明しようか。」
俺はそう言いながら、中空に地図を映し出す。
「おぉ、便利だな。どうやってるんだ。」
「今はそんな事どうでもいい。」
面白そうに色々聞きだそうとするレックスをミィが引っ張って止める。
俺は無視して話を続ける。
「敵は、今ここの峡谷を目指して進軍している。……もう一刻も過ぎれば、最後尾が目の前を通り過ぎるだろう。」
「挟撃しようってか?流石に50人そこそこじゃ無理だろ?」
「黙って聞く。」
疑問を差し込むレックスをまたもやミィが止める。
まぁ一々聞かれるより、質問は最後にしてもらいたいのでありがたい。
「峡谷で部隊がぶつかる予定だと、敵はこの辺りに陣を張るはずだ。」
そう言って、俺は地図の一点を指さす。
「そして、峡谷に向かった本隊だが、アッシュには被害が出る前に引くように言ってあるので、それを追いかけて峡谷の中ほどまで行ったところで、この左右の岩山に伏せた工作隊が山崩れを起こす。それに巻き込まれて半分は削れるだろう。」
「そううまく行くかね?」
俺の説明に疑問を投げつけるレックス。
「敵だってバカじゃない。あの地形はいかにも罠が張ってありますよってのが見え見えだ。そんなところに突っ込んでいくかね?」
レックスの言う事はもっともだが、その反応も織り込み済だ。
「引っかからないなら、それはそれでいいんだ。敵はそこを拠点にしようとするから少し時間が稼げる。厄介なのは進軍が速くて、峡谷内で敵味方が入り混じってしまった場合だけどな。」
「それで?結局俺達はどうするんだ?」
レックスが俺を見てくる。
「あぁ、峡谷の戦闘が始まってアッシュたちが引いたタイミングで、敵の本陣に仕掛ける。レックスたち傭兵隊は2~3のグループに分かれて、適当に兵を相手しながら兵糧を焼いて欲しい。その際に『反乱だー!』とか『裏切りだ!』とか騒いでくれるとより混乱が大きくなって助かるかな。兵糧を焼き切ったらそのまま森へ引き返し、大回りしながら本隊と合流してくれればいい。その頃には終わってるはずだから。」
「成程な……で、お前達は何をするんだ?」
レックスが聞いてくる。
「俺達も陽動だな。傭兵隊が突っ込むタイミングで、本陣にリディアがメテオを降らす。混乱してる本陣に飛び込んで、エルとリディアは魔法で援護。特に本隊がこっちへ向かおうとしているなら、それの足止めを頼みたい。」
俺の言葉にエルとリディアがうんうんと頷く。
「アイリスには防護結界を張ってもらいつつ、俺やエル、リディアのカバーを頼む。そして混乱に紛れて敵の指揮官を倒すか捕らえるかする。後は大声で勝鬨を上げれば、敵は瓦解して逃げだす、と見てるんだが?」
俺はそう締めくくると皆の顔を見る。
「ハン、俺達も囮かよ。火付けにそんなにも数は必要ないだろ、俺も指揮官討伐に加わるぜ。お前ひとりじゃ頼りなさそうだ。」
「本音は?」
なんかかっこいい事を言い出したレックスにミィが合いの手を入れる。
「手柄の独り占めはさせねぇぜ!」
……まぁ、そんなところだろうな。
「構わないが、傭兵たちの指揮をしてから来てくれよ。」
俺はそう言うと、エルやリディアと細かい打ち合わせに入る。
こっちの戦力は50人程度、残された後詰め部隊が相手とはいえ、戦力差があり過ぎる。
その差を埋めるのが彼女たちの魔法だ。
効果的なタイミングや使用する魔法、対応方法などを決めておかないと、一歩間違えたら全滅するのはこっちになるからな。
「へっ、やっぱりこっちに来てよかったぜ。面白くなりそうだ。……突撃の合図は頼んだぜ、大将。」
レックスはそう言って、離れたところで休憩している傭兵たちの方へ去っていく。
「よろしく。」
ミィも一言だけ言ってからレックスの後を追いかける。
「豪快な人ですね……傭兵って皆ああいう感じなんでしょうか?」
アイリスが、ぼそっと呟く。
「あんなものじゃないですかぁ?」
それに対してリディアが銅でも良さそうに応える。
「すぐ戦闘に入るからな、準備を怠るなよ。」
俺はそう声をかけて、森の外の気配を探る。
敵の部隊はすでに通り過ぎている。
戦闘開始まであと少しだ……。




