必死に我慢した結果がヘタレって……男って悲しい生き物ですね。
「本当に、本当に倒して頂けたのですか!」
村に戻ると、村長が駆け寄ってきて、様子を聞いてくる。
俺達の戻りが遅かったので気にしていたそうだ。
ドラゴンヴァイパーを倒したことを告げるが、信じられないという顔をしている。
俺は村の広場にドラゴンヴァイパーの亡骸を出す。
流石に亡骸を目の当たりにすれば、信じるしかないようで村中が大騒ぎになる。
「何とお礼を言ってよいやら……。」
村長は涙ぐみながら、何度も頭を下げてくる。
「俺達も、この村にお願いがあってきたんだから、それ以上の礼は不要だよ。」
俺は、めんどくさくなってきたので、村長のお礼を適当に受け流すことにした。
というより、まだ疲れが残っているようで体が重い。
気を抜くと倒れてしまいそうになる。
「あのドラゴンヴァイパーの死骸はどうなさるおつもりで?」
村人の一人が聞いてくる。
「あ?邪魔だったか?片付けるよ。」
「いえ、そうではなくて。」
俺が片付けようとすると村人が慌てて止める。
話によれば、ドラゴンヴァイパーの亡骸を譲ってほしいとのことだった。
ドラゴンヴァイパーの肉があれば、家畜の被害によっておきていた食糧難が解決するとのこと。
また皮や鱗、牙などは高く売れるので、その売り上げがあれば冬支度にも間に合うそうだ。
俺はエルを見る。
「好きにすれば?」
そっけないように見えるが、あれは単に考えるのが面倒なだけだ。
「いいよ、ただ、魔種と牙だけは貰ってくから。」
俺も面倒なので、あっさりと譲る許可を出す。
ただ、討伐証明と今後の研究に必要な、魔種と牙だけは解体後に貰う事にする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
…………。
明け方早くに、目が覚めた。
昨日、この村の村長さんの家に泊めてもらう事になったんだけど、部屋に通された途端、私もシンジも、倒れ込むようにして寝入ってしまった。
でも、二人とも枯渇寸前まで魔力を使用したのだから仕方がないと思う。
というより、シンジの魔力量はおかしい。
私は、目の前で寝ているシンジのほっぺたを突っつく。
全く反応がない。
流石にBランク級の魔獣と連戦して、まだまだ魔力に余裕があるなんて言われたら、私の……ううん、世の中の魔術師全部を敵に回すわね。
考えてみると、シンジにはいつも助けられてばっかりだった。
初めて会った時も、母様や父様を助けに行った時も、あの、古代遺跡の時だって、シンジがいなければ、私の命はなかったかもしれない。
最初はオドオドしていて、本当にこの人が「運命を変える人」なのかどうか疑っていたけど、全属性に空属性を持っていることがわかってからは、彼なりに努力をしていたのは知っている。
学園ではずっと、何かしらの研究をしていたし、色々なモノを作っていた。
今でも、時間さえあれば遺跡で見つけた古文書を見ては何やらやっているのを知っている。
母様たちと別れてから、私も様々な努力をしてきた。
私が誇れるのは魔法の力だけ……。
神聖魔法に磨きをかけ、魔力を底上げする訓練をし、様々な学術書を見ては知識を増やしていった。
特に効果が高かったのが、彼の助言……「魔法はイメージ」という事だった。
最初はどういう事がよく分からなかったけど、シンジは様々な例を取り上げて根気良く教えてくれた。
そして、その事を理解してから、私の魔力と魔法効果が目に見えて上がり、新しい魔法も、今まで魔力が足りなくて覚えられなかった魔法も覚えることが出来た。
だけど彼はそれ以上に……、私以上に日々努力を続けている。
魔法だけじゃなく、剣術や体術も、そして様々な魔道具作成も……全ては私を守るため……ううん、母様との約束を守るために。
私は彼に何を返すことが出来るのだろうか?
最近、私が考えている事の一つはそれだった。
私は何も持っていない……あるのはこの身一つだけ。
だから、あの時、勇気を振り絞って彼の元に行ったのだ。
「ねぇ、今夜、一緒にいちゃダメ?」
私はその一言を、口にするのになけなしの勇気を振り絞った……。
もし拒絶されたら……そう思うと怖くなり、逃げだそうとする心を押さえつけて必死になって絞り出した言葉。
彼は「どういう意味か分かって言ってる?」と聞いてくる。
わかってて言ってるよ。
「ウン、分かってる。シンジがいいなら私もいいよ。」
だから、私はそう答えた。
だけど、私の心は臆病で……拒絶されたら……私に魅力があるのかな……考えれば考える程怖くなり、声が震えてしまう。
それでも、私なりの精一杯のアプローチだった……なのに、彼は私に手を出さなかった。
「ヘタレシンジ……。」
そう思いながらも、ホッとしている私がいた……そしてそう思ってしまった事に自己嫌悪した。
「バカシンジのくせに、ヘタレなんだから……。」
いつしか、突っついていたはずの私の手は、彼の頭を優しく撫でていた。
……認めよう……私はシンジの事が好きだ……愛していると言っていいと思う。
シンジの笑顔を見ると、胸がきゅんとする。
シンジが落ち込んでいたら、ギュってしてあげたいと思う。
シンジがミリアやリオナと引っ付いていると、わけもなくイライラする。
私だけを見て、私の事だけ考えて、と言いたくなる……これは嫉妬という感情だ……認めたくはないけど……。
そう……愛しく、切なく、狂おしい……この感情を全部ひっくるめて、恋なんだと私は理解した。
リオナは私のこの気持ちを、私以上にわかっていてからかってくる。
でも、最終的には私に譲るという……自分もシンジの事好きなくせに。
リオナは純潔を奪われそうになった時に、シンジに助けられた。
それだけでも恋に落ちるには十分すぎるのに、更に自分の母親を、妹を、生活環境迄助けてもらっている。
リオナは以前私に言ったことがある。
「シンジ様に助けて頂いた時、その後優しい所を知った時、私はシンジ様の事が好きになりました。だけど、シンジ様とエルちゃんには、それ以上の返しきれないほどの温情を貰いました。この感情をなんていうか分かりませんが、私の一番の望みはシンジ様とエルちゃんが幸せになるのをこの目で見届ける事ですよ。」
だからシンジが好きなら、もっとアピールしなさい、応援するからって言ってくれた。
ただ、第二夫人の座は諦めませんから、と、明るく言う彼女は、きっと私より大人なんだなと、余裕があるから言えるのだなと、少し悔しく思ってしまった事は内緒。
レムちゃんとリオナとネリィさん……シンジが繋いでくれた私の新しい家族。
これからも、今までのように彼女らとずっと過ごして行けたらと、本当に心から願っている。
しかしそれが叶わぬ夢だってことも分っている。
シェラたちからの返事がない……ただ遅れているだけならいいけど、何かあったのだと思う。
だから、シンジも近い内に王都に行くって言いだしたのだろう。
そして、私のスキル『天啓』が告げた……王都に行けば事件に巻き込まれる……と。
それは、今後の運命を決定づける不可避な事件。
シンジは王都に行くとき、アリスちゃんとレムちゃんを連れていくって言っているけど、それは、何らかの理由をつけて辞めさせなければいけない。
これ以上、私の運命に巻き込む人を増やしたくはない。
たぶん、王都に行かなかれば、その事件に巻き込まれることもなく、私はシャンハーでずっと穏やかに暮らしていけると思う……ただの一冒険者として。
そういう暮らしもありだとは思うけど……その考えに行きつく度に、父様の最期の言葉が、最後の姿が頭をよぎる。
……私は最後に残された唯一の王族……そして王族の務めを果たしてこそ、胸を張って、父様と母様の娘と言えるんじゃないのだろうか……と。
「キミは、最後までいてくれるのかな?……いて欲しいなぁ。」
私はシンジの髪の毛をツンツンと引っ張ってみる。
約束とか関係なく、彼にはずっと私のそばに居て欲しいと思う。
私がどういう道を選んだとしても、それを傍で見守っていて欲しいと思うのは、私の我儘だ。
だから彼が離れて行ったとしても、私は引き止めることは出来ない。
今まで、無償で私に尽くしてくれた、彼の意志を第一に考える……それが私が彼にしてあげられる唯一の事だと思うから。
でも、出来る事なら、ずっとそばに居てくれたらと願う。
シンジと一緒にいたい……シンジにずっとそばに居てもらいたい……叶わぬ夢かもしれないけど、今だけは……一緒にいられる今だけは、そんな夢を見てもいいんじゃないかと思ってしまう。
今だけは、シンジは私のもの……私は、寝ているシンジに口づけをする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはよ、朝ごはんできてるって。」
目を覚ますと、目の前にエルがいた。
あの後、俺とエルは村長の家に泊まることになり、俺は部屋に入るなり爆睡してしまった。
エルも同じく、すぐに寝てしまったようで、起きたのはついさっきだと言う。
「疲れは取れた?」
「あぁ、昨日のだるさが嘘みたいだ。」
「たぶん魔力の使い過ぎね……というより、あれだけ使っていて枯渇しなかった方が不思議なんだけど?」
どうやら、昨日のダルさは魔力枯渇によるものだったらしい。
完全に枯渇すると意識を失い、酷い場合はそのまま命を失うこともあるという。
普通はそこまで行く前にセーフティが働き、魔法が使えなくらしいけど、俺はまだ魔法が使えたと思う。
なので、枯渇寸前というほどではないと思うが、それでも、かなりの魔力を消費したのは間違いないだろう。
「魔力量もそうだけど、回復力も驚きね……私はまだ半分位しか回復してないのに。」
エルが呆れたように言うが、俺に言われてもなぁ。
取りあえず、食事をいただきに行こう。
◇
「成程のぅ、玉子の生産ですか。」
俺達は食事をいただきながら、玉子の生産方法について訊ねる。
「我々も、生産というほどの事はしておらんのじゃが……。」
なんでも、玉子を産んでいるのは、ベガスという名の鳥で、何処からともなく飛んできて、何処へともなく飛び去って行くのだそうだ。
ベガスが飛んできた時に森に行くと、産み落とされた玉子が落ちていて、それを拾っているのだという。
中には有精卵もあり、それを温めて孵し、ひなを育てる試みも取られたそうだが、成鳥になり、玉子を産むようになると、飛んで行ってしまうので、長期にわたって飼うことが出来ないそうだ。
「有精卵って、簡単にわかる物なの?」
エルが村長に聞く。
「一目でわかりますじゃ。無精卵は薄い桜色をしているのに対し、有精卵は薄い紫色をしておる。紫の玉子を拾って温めていれば1週間もしないうちに孵るのじゃ。」
村長の話で大体の所は理解できた。
要は飛んで逃げてしまうから飼育が出来ないという部分さえクリアすれば何とかなりそうだ。
俺達は食事を終えると、村長さんに礼を言って、村を後にする。
「シンジ、これからどうするの?」
エルが、手綱を握りながら聞いてくる。
「取りあえず、魔の森に行って、玉子拾いだな。ベガスも捕まえれるなら、捕まえたいところだが……。」
目的は、薄紫の玉子……有精卵だ。
これを拾えるだけ拾って、孵すところから始めることになるだろう。
孵化してから1ヶ月ほどで玉子を産むようになるらしいから、そうしたら本格的な生産ラインに乗せれる様になるだろう。
どちらにしてもめどが立つのは2~3か月先ってところか。
王都に行って帰ってくるにはちょうどいい期間だな。
俺とエルは紫の玉子を集めれるだけ集めてから、シャンハーの街に戻ることにする。
ディジョンを使えば一瞬なんだが、インプット先が俺の部屋だったため、馬をどうするかという事になり、結局は行きと同じように、エルの後ろに掴まって帰ることになった。
帰ったら、インプット先を裏庭に変更しておこう。
ブックマーク、評価をしていただいた方、ありがとうございます。
誤字脱字報告をしていただいた方、いつもありがとうございます。
年末まではやや忙しくなるため、毎日更新が難しいかもしれませんが、出来るだけ待たせないように執筆していきますので、末永い応援よろしくお願いいたします。
 




