「おにぃちゃん、朝ご飯できてるよ」そう言って起こしてくれる妹は、毎朝起こしに来る幼馴染と同じ位のレアものです。
「おにぃちゃん、ご飯できてるよ!早く起きて!」
元気一杯の少女の声で、俺の意識は覚醒を促される。
「ん……あぅ……おはよー、レム。」
目の前には目がクリっとした愛らしい顔立ちの少女、レムがいた。
窓から差し込む朝日を浴びて、透き通るような金色の髪の毛が輝いている。
「おにぃちゃん、やっと起きた。もうご飯できてるよ、早く下りて来てね。」
レムはにっこりと笑ってそう言うと、部屋から出ていく。
「……んぁー……起きるか。」
俺は身支度を済ませ、階下の食堂へ向かう。
「あ、シンジ様、おはようございます。」
リオナが元気よく挨拶をしてくれる。
「今お持ちしますので座って待っててくださいね。」
「あぁ、ありがとう。」
俺はリオナにそう言うと、食卓の方へ移動し、席につく。
横ではすでにエルが座っていた。
「エル、おはよう。」
「ウン、おはよう……。」
エルがそわそわして落ち着かない。
視線はキッチンの方へと向けられている。
「どうしたんだ?」
俺はなんとなく理由をわかってはいたが、あえて聞いてみる。
「うん……落ち着かないのよ。なんか、三人だけ働かせて、自分が偉ぶってるみたいで……。」
エルの視線の先には、親子で仲良く食事の支度をしている姿がある。
「まぁ、気持ちはわかるけどな。ネリィさん達も好きでやってることなんだから、慣れるしかないだろ。」
俺はそう言って、エルの頭を撫でてやる。
ちょっと前までは「子ども扱いしないでっ!」と怒鳴られてたものだが、最近は俺の撫でるがままになっている。
「それに、エルも一緒にいるのはイヤじゃないんだろ?」
「ウン、家族が増えたみたいで嬉しい。」
エルはずっとミネアさんとの二人暮らしだったそうだし、王宮に上がってからは色々あって神殿に逃げたりとかで、余り家族での生活というのを知らないって言ってたからな。
エルのはにかむような笑顔を見て、あの時の判断は間違って無かったと安心する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「1週間ぶりのシャンハーね。」
「あぁ、ちょっと離れてただけなのに、なんか懐かしいな。」
「そうね、不思議……。アッと、早く行きましょ。レムちゃん達心配してるわよ。」
そう言って駆けだすエル。
俺は慌てて彼女を追いかけた。
「こんにちわー、レムちゃんいる?」
レムの家までくると、エルは扉の前で声をかける。
すると中からバタバタ―っと大きな音がして、勢いよく扉があけられる。
「やっぱりエルさんだぁ……無事でよかったぁ。」
レムはエルに飛びつき、涙ぐんでいる。
エルも嬉しそうに、レムをギュっと抱きしめている。
「シンジさん、お帰りなさい。狭い所だけどどうぞ上がって。」
リオナがそう声をかけてくれる。
リオナが言うとおり、レム達の借りている家は狭い。
俺達が訊ねて来ると、いつも通されるのが、今いるキッチンと食堂とリビングを兼ねたこの部屋。
大体6畳半ぐらいだろうか?
後は奥に4畳ぐらいの部屋が二つあるだけだ。
母子3人とはいえ、ちょっと手狭だと思う。
そして、こんな物件でも月に銀貨2枚の家賃が取られる。
格安ではあるのだろうが、下級とはいえ貴族の暮らしから一転してこの家というのはかなり苦労した事だろう。
だけど、そんな生活ももうすぐ終わる。
俺はネリィさんに、事の顛末を話し終え、クロードさんから預かった金貨入りの革袋を手渡す。
「私達に、これを受け取る資格はありません。これはシンジさん達が使ってください。」
しかし、ネリィさんは受け取りを拒否する。
「何故ですか?このお金はあなた方が受け取るべきお金です。本来ならばもっとたくさんの財産が残った筈なのに、これだけしか残らなかったという事は残念ですが。」
俺はそう言うがネリィさんは断固として受け取ろうとはしない。
「いえ、私のケガや病気の治療……本来ならば神殿の巫女様にお願いして直して貰うのに金貨5枚はかかる位の酷さだったはずです。それに加えて、ここ数日の食材やポーションなどの材料、毛皮などの生活必需品等、あなた方から受けたものは金貨2~30枚じゃ足りないぐらいです。その上、娘を救っていただき、主人の汚名を晴らして頂いただけでなく、今後の生活保障まで……私は何ももしていないのにどうしてそのお金を受け取ることが出来ましょうか。」
ネリィさんの気持ちもわかる。
だからと言って生活が苦しいのは確かだ。
今後年金が入るとはいっても、次回の給付は来年になる。
それまでどう暮らしていくつもりなのだろうか。
「あ、シンジさん、新しいお茶なんですよ。飲んでみてください。」
俺とネリィさんの雰囲気を感じ取ったのだろう、話を逸らすようにリオナがお茶を薦めてくる。
……そうだな、ここは一息入れて落ち着こう。
ネリィさんも同じ事を思ったのか、お茶を口にして肩の力を抜いている。
「あの……エルさんとシンジさんにお願いがあります。」
俺と、ネリィさんの会話が途切れたところで、エルの膝の上にのせられていたレムが口を開く。
「レムちゃん、どうしたの改まって。」
「シンジさん達がまた森に行くとき、私も連れて行ってください。足手纏いなのはわかっています。それでも今まで連れて行ってくれたのはお二人が私に同情していたってことも分っています。それでも、一緒に連れて行って欲しいんです。荷物運びでも解体でも何でもします。魔物が出たら置いて逃げてもらっても構いません。お二人と一緒にいたいんです、お役に立ちたいんです、どうかお願いします。」
レムはそこまで言って頭を深々と下げる。
エルはそんなレムをギュっと抱きしめる。
「シンジ、どうしよ?……この子お持ち帰りしたい。」
本気で連れて帰る顔で、エルが俺を見つめてくる。
エルの気持ちも分からなくもない。
10歳の女の子にあんなに真剣にお願いされたんじゃ、誰だって絆されるだろう。
「連れてってくれるの?」
つぶらな瞳が俺を見つめてくる……が、ここは心を鬼にするところだ。
「ダメ……宿屋でペットは飼えません。……家を買うまで我慢しなさい。」
つい、レムをペット扱いしてしまう。
だって仕方がないじゃないか。
ウルウルしながら見つめてくるエルとレムの姿が、昔、子犬を拾ってきた妹達の姿とダブって見えたんだから。
「……それって、家を買ったら持ち帰っていいってこと?」
エルが嬉しそうに確認してくるが、俺は答えない。
先に保護者に話を通さなけばならないだろう。
俺がネリィさんに声をかけようとした時、リオナが不意に手を握ってくる。
「あ、あの……レムがエルさんにお持ち帰りされるなら、わ、私もシンジさんにお持ち帰りされたいです。」
真っ赤な顔をしてそう言ってくるリオナ。
二人とも意味分かって言ってるんですか?
とくにリオナさん?お母さんの前でそんなこと言っていいんですか?
俺はネリィさんの方を見ると、彼女は二人の娘の言動に驚くどころか、ニコニコと見守っていた。
……まぁ、仕方がないか。
俺は、ネリィさんにある提案をすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「でも、シンジがあんなことを言い出すなんて思ってもみなかったから、びっくりした。」
「以前から考えていた事だったんだよ。ただ、当初は家を得るアテもなくて稼ぎもなかったから、せめてレムだけでも引き取るか、とは思っていたんだけどな。」
あの時、俺はネリィさんに俺達の家の管理を頼んだ。
家を購入する予定がある事。
俺達二人が住むには広すぎるだろう事。
依頼で家を空けることもあるから、誰かが一緒に住んで管理してくれるのは助かるって事などを話す。
最初は遠慮から固辞していたネリィさんだが、俺達と一緒に暮らせる道がある事を理解したリオナとレムの視線に負けて、最終的には承諾してくれた。
そして、ネリィさんに管理してもらう事で、今までの分はチャラにするという事とレムやリオナに色々手伝ってもらう事で多少の手当を支払う事、もちろんクロードから預かったお金は受け取ってもらう事などを条件に、ウチに来てもらうことにした。
そして、丁度いい物件が見つかり、レム達を招いて一緒に暮らすことになって1週間。
ようやくこの生活に慣れ始めたところだ。
ちなみに、この家に来てから、レムは俺達の事を「おにぃちゃん、おねぇちゃん」と呼ぶようになり、ネリィさんとリオナは「様付け」で呼ぶようになった。
流石に「様付け」は勘弁してくださいと、お願いしたのだが中々聞き入れてもらえず、三日三晩の説得を持ってようやく「さん付け」で妥協してもらうことになった。
しかし、リオナは頑として、俺の事を様付けで呼ぶことを譲らず「ダメならご主人様にします!」と言い張るので俺が折れることにした。
今回の一連の事でわかった事は、ネリィさんは見かけによらず頑固で、リオナはそれに輪をかけた頑固者だという事だ。
「レムちゃんは私のよ!シンジは手を出しちゃダメだからねっ!」
エルがキッっと睨んでくる。
いや、さすがに10歳の子に手は出さないよ。
「私はシンジ様に手を出してもらいたいですぅ。」
急に俺に抱き着いてきたリオナがそう言う。
「アンタもダメよ!」
それを見たエルが、リオナにキィーっと威嚇するが、リオナは軽く受け流している。
「エルさんにはレムがいるじゃないですか?だったら私はシンジ様のおそばに居ないといけないですね。」
「ダメよ、シンジはわた、わた……私の……。」
「私の?何ですか?」
リオナが挑発する様にいう。
「わた、わた、私の下僕なんだからねっ!勝手に手を出しちゃダメなのっ!」
……俺、いつの間にエルの下僕になったのだろうか?
しかし、真っ赤な顔でフルフルとしているエルを見ると、まぁいいかと思ってしまうあたり、俺もまだまだ甘いなと思う。
「ハイハイ、エルをからかうのはそれぐらいにして、用意が出来たのなら食事にしようぜ。」
「はーい……本気なのになぁ……。」
リオナが俺から離れて朝食を並べていく。
すべての準備が整って、ネリィさん、リオナ、レムも席につく。
「「「「「いただきます。」」」」」
揃って食事にする。
ウン、今日の食事も美味しい。
エルがレムにあーんをして食べさせようとして、レムが困った顔でこっちを見てくるのも、ここ最近では当たり前の光景だ。
家族の団欒って言うのはこういうモノなんだろうか?
俺は団欒というものを知らないのでよく分からないが、今この瞬間は楽しいと素直に思える。
これが団欒というものなら、大事に守らなければならないと思う。
当初はネリィさんは俺達と一緒に食事をするのを固辞してきた。
一緒に食べるのが嫌なのではなく、使用人が一緒なのはおかしいからと。
俺は確かに家の管理をお願いしたが、使用人として雇ったわけではない、家族みたいなものだから一緒に食べるのは当たり前だと主張した。
実は、俺はこの時ネリィさんに対しかなり怒っていた。
俺はネリィさん達を使用人と思った事はなかったのに、そういう風に捉えられていたことが悲しかったからだ。
最終的には、ネリィさんも分ってくれて、それからは変な遠慮とか無しで普通にふるまってくれるようになった。
まぁ、事ある毎にリオナをけしかけてくるのは、ちょっと困りものだが。
「私がシンジ様のそばに居るのは迷惑ですか?」
リオナがあまりにもべたべたしてくるので、少し距離を置いてくれるようにお願いしたら、そんな事を言われた……しかも泣きそうな目で。
「いや、迷惑じゃない……迷惑じゃないから困るんだよ。」
正直、リオナは魅力的な女の子だ。
エルとはまた違った可愛らしさがある。
そんな子が俺にアピールをしてきてるわけで……このままでは俺の理性を保つのが難しかったりする。
「私はいいのにぃ……。」
リオナがそう呟いているが聞こえなかった振りをする。
結局、俺の困る事はしたくないという事で、それなりに控えてくれるようになったのだが、事ある毎に、エルを挑発することはやめてくれなかった。
◇
「エルさん、私は第二夫人でもお妾さんでもいいんです。」
「そんな事……でも……。」
「私も、おにぃちゃんのお妾さんになるー。」
「レムちゃんはダメ、私のお嫁さんにするの!」
「エルさん、それは流石に……。」
ある晩、エルの部屋の前を通ると、そんな会話が漏れ聞こえてきた。
他愛のないガールズトークだ。
エルも楽しそうでよかった。
内容に関しては……いや、内容なんて聞こえなかった。
ウン、俺は何も聞いてないぞ。




