61 リベンジ
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開幕戦、ドラゴンスタジアム。熱いドラゴンズファンの熱気に包まれる。
開幕三連戦の相手がライバルチームのサンフランシスコ・ラビッツだということもあり、まるでポストシーズンかのような盛り上がりである。
「ひゅー、だから言ったろ?このチームの本拠地の盛り上がりはハンパねーんだ」
三角がストレッチをしながら得意げに言う。
「す、すごいや…日本じゃ開幕戦と言えどこんなに盛り上がらないよ」
「お前も今日はベンチだが明後日にはこの中のマウンドにいるんだからな。しかもルーキーだから声援もすげぇぞ?」
「は、はは。それは楽しみだなぁ…」
7回無失点無四球13奪三振。
アルシアの支配的な投球に、和人は目を丸くして見とれていた。
球速はアベレージ140後半ながら圧倒的制球力と得意のカーブでバタバタと打者を斬る。
彼はこの投球で幾度もサイヤング賞を獲得し、球界随一の投手として君臨し続けているのだ。
(す、すごい。このチームのエースになるにはこの人に追いつき、追い越さないといけないのか…)
開幕戦を快勝したドラゴンズは翌2戦目も勝利し、地区9連覇の強豪たる所以を見せた。
そして3戦目、その勢いを止めないためにも大切な試合で公式戦初登板を迎える和人は不安とワクワクという対極な感情が胸いっぱいに詰まっていた。
試合開始直前、ストレッチをしているところ名前を呼ばれる。
「カズ!そろそろ出番だぞ」
ひとつ伸びをすると元気よく返事をする。
「オッケー。準備万端だよ」
すごい歓声だった。
まだ投げてもいないのに、グラウンドに姿を表しただけでファンはスタンディングオベーション。
和人は全身が心の底から震えた。
感極まり涙も出てきそうだったが、すぐに試合の方へ集中する。
深く息を吸って心を落ち着かせて18.44mだけの空間に入り込む。
先頭打者は初登板でメジャーの洗礼を浴びせられたマルケス。
「ぜってー抑える」と小声でつぶやき、より一層気合を入れる。
新たな相棒であるデービスがサインを出し、頷く。
初球のツーシームをインコースに決めると、マルケスは少し驚いたような表情をした。
そして2球目もボールにはなったがインコースにツーシームを投げ込んだ。
マルケスはすぐに確信した。
(こいつ…ピッチングスタイルを変えたのか。厄介だ。フォーシーム主体のピッチングの方が断然打ちやすかったぜ)
3球目は低めのカーブでタイミングをずらして空振りを奪い、追い込む。
(おそらくこのピッチングスタイルに変えたのはデービスの提案……だからこの人のリードは嫌いなんだよ)
緩急をつけて再びツーシームを投じるが、ここは対処してファールで逃げる。
(しっかし嫌なツーシームだ。芯からちょっと逃げるような変化をしてくる…ここまでくるとフォーシームを意地でも投げてこないか)
マルケスが球種のヤマを張り、それに狙いを定める。
和人はデービスのサインに頷き、速いテンポで投げ込む。
マルケスは自身の完全に頭にない球をアウトコースに投げ込まれそのまま手を出せずに見逃し、球審のストライクコールに球場はわぁっと盛り上がる。
マルケスはベンチに戻る途中に2番のクロックスに耳打ちする。
「気をつけろよ。あいつ…いつの間にか俺らが思ってるよりも厄介な投手になってるぜ」
和人はその勢いのまま快調な投球を見せつけた。
7回1失点8奪三振で勝利投手、打者としても初安打を放ち、とても充実したデビュー戦となった。
その中でも最も和人の心に残ったのは、その日三度目のマルケスとの対戦…いや、厳密に言えば対戦後だった。
和人が再びフォーシームで三振を奪うと、マルケスは頷いて「ナイスボール」と和人を褒め称えたのだ。
驚いたがすぐに帽子のつばを触って軽く会釈して返した。
(メジャーってリスペクトの精神がすごく大切にされてるんだ…)
和人は感心して自分もより相手を尊重しようと心に決め、シャワーを浴びる。
「あ~…気持ちいいなぁ…」
「…お前、体細すぎだろ。それであの球放ってたらいつか怪我すんぞ」
そう言ってきたのは隣のシャワーを使っていたコーラスだった。
「そう言われても昔からこのスタイルで投げてるから別に…」
「おいおい、ずっとそれで投げてたらもっとヤバいじゃねーか。どう考えても肩肘の負担がでかすぎる…アオも体が細さが原因で壊れたってのに」
「アオが壊れた…?」
和人が問うとコーラスは目を丸くする。
「なんだ知らねぇのか?アオはな、元々投手だったんだよ。AAまでは順調にステップアップしてたが…」
その話を和人の隣の三角が珍しく激怒して遮る。
「ブライアン!……その話はすんな」
「なぁアオ、お前いつまで引きずってんだよ。俺がルーキーリーグ居たときくらい昔の話じゃねーか」
「人にはいつまで経っても忘れられない、触れられたくない記憶がある。お前にもあるだろ、親父さんとのこととか…」
そう言われるとコーラスは舌打ちするとシャワールームを出る。
「わりいな。話を遮っちまって…でも、あれだけは俺も思い返したくないんだ…」
「う、うん…」
なんだか気まずい雰囲気になったことから和人も早めにシャワールームを出ることにした。
「ま、待ってくれよ…ブライアン」
「下の名前で呼ぶほど仲良く会話した記憶はねぇぞ」
コーラスは冷たく当たってきたが、和人はそれをスルーして質問する。
「アオは投手を辞めざるを得ないくらいの大怪我をしたの?…あ、裕貴さん通訳お願いします」
通訳を呼ぶほどちゃんと話そうとしている和人に折れたのか、コーラスは渋々答える。
「…まー、大怪我っつーか酷使しすぎた肘に限界が来たんだな。試合中に靭帯がプツンと切れてマウンド上で激痛が走ったらしい。それでトミージョン手術をしたんだが、1年経ってもそれまでのピッチングに戻る気配が無いから致し方なく野手に転向することになったんだよ」
「アオにそんな過去があったんだ…」
コーラスはロッカールームのソファーを占領するように座って天を仰ぐ。
「アオは凄いと思うぜ。しばらく握りもしてなかったバットを振り続け、外野の守備も猛練習して、今やメジャーでもトップクラスの外野手だ…だけど、アオはその自分のそのつらい過去を無理して忘れようとしてる。そんな必要なんてないのによ」
神妙な顔をしている彼とは逆に、その発言を聞いて和人が笑う。
「ははは!さっき僕に怪我の心配をしてくれたときも思ったんだけど、他人のことそんなに詳しく理解してくれてるんだ。自己中なのかと思ってたけど、案外仲間思いなんだね」
「こ、こっちが真面目に話してやってんのに笑うんじゃねーよ」
コーラスが照れ隠しで不機嫌そうなふりをしている姿に愛嬌さえ感じた。
「アオのこと教えてくれてありがとう。なんか、君への印象が結構変わったよ」
「あぁそう…」
それを陰ながら聞いていた三角は複雑な気持ちになっていた。
(あの二人が少しでも仲良くなったならいいけど、それが俺の「話すな」って言った昔話経由なのが残念だ。今でもあの時を思い出すと気分が悪くなるのに…)