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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
6章 世界最高峰
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59 最高の舞台

オミクロン株のせいで野球が無事に開幕できるか不安になってきた


「各球団がカズト・ササキという投手に注目しているようです。170cm未満という小柄で細い投手ですが、最速100マイル超えの速球と連投もなんのそのという回復力とスタミナを備えています」


アメリカのスポーツニュースの番組で、現在複数球団と交渉中の和人が紹介されて、解説者たちが彼を評論をしていた。


「ピッチングの映像を見る限り彼は良いね。メジャーと日本のレベルの差を考えるとなんとも言えないけど、彼はまだ若いし、もしメジャーであのピッチングができるなら、間違いなく1年で3000万ドルを稼ぐ投手になるだろう」


「そうかい?僕がGMなら獲得は躊躇うかな。最大の短所である身長は練習でどうにかなるものじゃないし、なにより日本時代の酷使を見るともしかしたら怪我を持っているかもしれないよ?」


「それは球団のメディカルチェックで確認することだろう?その時はその時さ」


一方その頃、その和人本人は本命であるロサンゼルス・ドラゴンズと代理人と共に交渉していた。


「やぁ、君がササキか。ミスミが君の獲得を随分と推してきたからピッチングもじっくりと見させてもらったよ」


慣れない立派な部屋に、緊張気味の和人に「どうぞ」と椅子に座るように誘導する。


「さて、本題の契約だが…代理人のスミスともよく話しこんで金額と細かい契約の内容が決まったよ」


そう言って資料を差し出す。


それを見た和人は驚いて二度見する。


「…3年総額4000万ドル!?他球団より数百万ドルも高いよ」


4000万ドルはまだメジャーで実績のない選手に出す金額としては破格である。


「うちは実力も財力もトップクラスだからね。欲しい選手にはそれ相応の額は出すさ」


和人がその資料をじっと見つめてから、顔を上げてきっぱりと言う。


「スミスさん、GMのムーアさん…決めました。僕ドラゴンズと契約します!」


「ふふ…うちを選んでくれてありがとう。ドラゴンズの一員として世界一を目指してともに戦おう」


そう言うと、ムーアが左手を差し出す。


和人は笑顔でぎゅっ、と強く握手をして契約書にサイン。


メディカルチェックでも「異常なし」と言われ、正式に入団が決まった。


登録名は「Kazu Sasaki」で、背番号は変わらず「98」。


その数字を選んだとき、ムーアは首を傾げた。


「君はこの番号に何か思い入れがあるのかい?」


「祖父が現役のときつけてた番号なんです。だからこの数字は佐々城家の数字というか…」


エースナンバーである「18」にしようかとも思っていたが、和人は「98」に愛着を持っていた。


昔は祖父への恩返し、という考えもあったが、今は理由や根拠はないがこの数字が自分の力を発揮させている気がするのだ。




時は過ぎて2月上旬のキャンプインの日、98とドラゴンズのロゴが書かれただけの青いユニフォームを持ち、初めてチームメイトと顔を合わせることとなった。


イメチェンを兼ねたポニーテールをなびかせて、クラブハウスの扉の前で深呼吸をする。


(メジャーの強豪集団の雰囲気…どんな感じかわかんないけど気を引き締めておこう)


よし!と荷物を背負い直し、扉をガチャッと開ける。


そこには、和人の予想の斜め上の光景があった。


「ジャクソン、やっぱりギター上手いな」


「はは、昔からやってるからな」


「おいウィル、このゲームファッキンクソだ!いくらやっても勝てないぞ」


「お前のプレーがファッキンクソなだけだろ。ちょっと貸せ」


和やか…というか騒がしいのだが、仲の良いムードが漂っていた。


(もっとピリピリしてるもんだと思ってたけど…案外ゆるい)


和人が立ち尽くしていると、一人の男が声をかける。


「君がササキか。GMからいい投手って話は聞いてる。俺はマット・カンポス。ま、気軽に「キャップ」って読んでくれ。よろしく」


握手をして、和人が思い出した。


(んっ!?ウィキで見たぞ…去年のホームラン王と打点王でMVP…生で見るとこんなにデカいのか)


「どうもよろしく、キャップ。僕のことはカズって呼んでくれ」


「カズか。OK、カズ。なかなか英語が上手いじゃないか」


和人の背中をポンッと叩くとチームメイトの注意を引かせる。


「おいみんな!新入りだ。紹介する、カズ・ササキだ」


「おっ!久しぶりだな、カズ」


初めに反応したのは三角だった。


「…ん?君、僕のことカズなんて呼んだこと無かったろ」


「まぁまぁ、チームメイトになったんだから仲良くしようや。俺のこともアオって呼んでくれていいからさ!」


二人の久しい再開。


そこに舌打ちして悪態をつく若手がいた。


「おいおい、いきなり他国から来た他所モンと仲良くすんなよ。最初はここの厳しさを教えてやれ」


(な、なんだこいつ…年下っぽいのに…)


和人が少々イラッとすると、カンポスが仲裁に入る。


「ブライアン、そう新入りをいびるな。すまないなカズ。こいつはブライアン・コーラス。良い選手だが…若いが故に少々我が強くてな。俺も手を焼いてる」


「ちっ、邪魔すんなよキャップ」


ふんっ、と鼻を鳴らしてコーラスがそっぽを向く。


「…あ、俺は正捕手のジェイク・デービス。JD(ジェイディー)って呼んでくれ。お前がどんな球を投げるのか楽しみだよ」


「よ、よろしく!」


その後他の選手との交流も終えると、カンポスが三角になにか伝えていた。


「なんか、キャップに「カズは今日がこっちでの初めての練習だから色々と付き添って教えてやれ」って言われたわ」


「なるほどね。じゃ、色々と教えてくれよ、アオ」


「任せろ!なんやかんや俺もこっちで10年以上野球やってるからな」


三角の言われるがままに付いていくと、興味深い施設などが沢山あり、和人が食い入るように見渡す。


「ひゅー、流石は天下のメジャーの球場…」


「はは!残念ながらここはスプリングトレーニング専用の球場だよ」


「…えっ?こんな立派な球場で?」


「ビビってんなよ?本拠地ドラゴンスタジアムはもっとすげーぜ」


三角が目をつむって思い馳せる。


「俺が初めてあそこで試合に出場したときは絶対忘れられねぇや…半端ないドラゴンズファンの歓声に熱狂…体中の血がガンガンと沸騰するような感覚だった。早くあの球場でプレーしたいぜ!あの感覚、早くお前にも味わってもらいてーよ」


「あぁ、楽しみにしとく」


和人がニコリと笑うと、三角もにししと笑い返す。


「お前ロスの女の子とかにモテそーだよなぁ。男のくせに可愛いからファンの子に誘われたりしちゃうんじゃね?その笑顔見たら女はイチコロだろ」


「え?もしそうだとしても悪いけど僕は誘われても断るよ」


「おいおいなんでだよ!まさかチキってんのか?」


「君、僕が結婚してるの知らないのかよ。僕は何があっても奥さん一筋だ」


「な、なに!?お、お前は俺と同じ非リアだと思ってたから裏切られた気分だぜ…超絶リア充じゃねーか」


「勝手に信じて裏切られた気になるな…で、肝心の今日の僕の練習を教えてくれよ」


そう和人が聞くと三角が場所を指差す。


「あそこのブルペンで投球練習。俺もついてくよ」


二人がブルペンに入り、挨拶する。


「おー、アルシア。初日から飛ばしてんな」


「ん?アオと…そのツレは誰だい?」


「こいつは日本No.1投手のカズ・ササキだ!俺が獲得に太鼓判を押した好投手だよ」


和人はこのアルシアという男の顔を見て、また思い出した。


(アルシア…バート・アルシア!これまでにサイ・ヤング賞を3回獲得した大投手…沢村賞3回でもすげーのにそれ以上…)


脳内で凄さを理解し、ぼーっとしている和人をよそに、二人が話す。


「随分と背が小さいな。見る限り170も無いだろ」


「ビンゴ。こいつ168しかないよ。でもそれが厄介なんだ。リリースポイントが普通の投手より低いから100マイルのストレートが更に浮いてくるように感じる」


「ほぉ面白いな…よろしく頼むよ、カズ」


「あ、ど、どうも…よろしくお願いします…」


大投手を前におどおどする和人、しかしボールを手にするとそれは消える。


速い上に高回転のフォーシームは威力抜群で、正捕手のデービスのミットからは快音が響く。


しかし、和人は大きな違和感を感じていた。


違和感の原因はボール表面の滑りやすさである。


思ったように指にかからず、コントロールが安定しない。


苦戦している様子に、三角もアルシアも首を傾げていた。


「お前本当にあの投手の獲得を推薦したのか?まだ初日ってこともあるかもしれないが…」


「おっかしーな…日本だとこんなピッチングしてなかったのに」


三角が何気なくボールを握っていると「あっ」と気づいた。


「そっか、日本とはボールが違うのか!カズ、一旦ストーップ!」


「えっ?」


和人が投球をやめ、三角の方を見る。


「お前ボールの滑りやすさに苦戦してるんだろ?」


「う、うん。こんなボール投げるの初めてだよ」


「こればっかしは慣れろとしか言えないな…滑りを止める松ヤニとか粘着物質は暗黙の了解だったけど最近規制が厳しくなったし…」


(こりゃ完全に盲点だった。10年以上こっちでプレーしてたせいで忘れてたぜ)


三角が頭をかいて考える、が打開策は見つからない。


「すまんカズ。やっぱりこれは俺にどうにかできることじゃない…とにかく実践前までには感覚を手に入れてくれ」


それから数日後のシート打撃、和人は主力相手に登板。


感覚が徐々に戻りつつある和人は意気込んだが、いきなりカンポスにメジャーの洗礼を浴びせられる。


日本時代なら空振りを取れていた高めの真っ直ぐを軽く左中間に飛ばされクリーンヒット。


その後も痛打を浴び、和人は久々に悔しさを味わった。


(日本もレベルが高いって言われてるけど…やっぱメジャーはケタ違いだ…!今みたいな中途半端な力じゃ絶対に抑えられない)


クラブハウスで肩を落とす和人に、三角が隣りに座って励ます。


「ま、ボールに慣れてなきゃ仕方ないだろ!まだスプリングトレーニングもあるんだし、そこで感覚を…」


「アオ、励ましてくれるのは嬉しい…ありがたい…けど、お世辞じゃなくて本音を言って欲しいな。きちんと長いコミュニケーション取れるの君だけだし」


和人がそう言うと、三角も真面目な顔で話す。


「俺から言えることは少ないけど…とにかく何か変えないと、かなりキツイのは間違いない。しかも実力主義の入れ替えが激しいドラゴンズ。スプリングトレーニングでちゃんとした成績を残せないとマイナースタートは濃厚だ」


すると、三角はいきなり和人の肩を掴む。


「1つ、これだけは頭にちゃんと入れておいてほしいことがある」


「…それって?」


「“野球”と“ベースボール”は別物のスポーツ…これだけだよ」


(野球とベースボールは違う…どういうことだ…)


和人はこの言葉に触発され、寝る間もボールを触るなどしてスプリングトレーニング前になんとかボールの滑りに慣れ、最後のシート打撃では主力打者をかなり抑え込んだ。


(いい感じだ…いつもの投球が戻ってきた!)


スプリングトレーニング二戦目、和人は先発として登板することになった。


「こっちでの対外試合は初めてだからワクワクするなぁ…!」


球場の観客席を見渡すと、スプリングトレーニングにも関わらず席はいっぱいに埋まっていた。


「すごいね、ほぼ満席じゃない?なんでこんなに集まるんだろ…」


「ドラゴンズが人気球団ってこともあるが…今日試合するサンフランシスコ・ラビッツとうちはライバル関係だからな。同じ西海岸で同リーグ同地区。いつもバチバチさ」


そんな会話をして準備運動をしていると、ちょうどその相手チームであるサンフランシスコ・ラビッツの選手が和人に声をかける。


「見ない顔だな…もしかして今年からドラゴンズに入ったカズ・ササキってお前か?」


「う、うん。そうだけど…なにか用でも?」


「ぷっ…なんだよ、お前声まで女みたいだな…ほんとは女なんじゃねーのか?」


容姿を嘲笑われた恥ずかしさから赤面した和人が突っかかる。


「なっ!僕はれっきとした男だ!君こそ名前を名乗れよ」


「俺か?俺はマルケス…トニー・マルケス。リードオフマンだからあんたと最初に対戦するのは俺だ…そんじゃ、また試合でな」


それだけ言うと自チームのベンチへと戻っていった。


様子を見ていた三角が和人に釘を刺す。


「あいつはリーグトップのリードオフマンだ。長打力も抜群で確か去年は先頭打者ホームランを8本くらい打ってたな…出鼻をくじかれないように気をつけろよ」


試合開始。マウンドに上がると、球場DJの「Kazu Sasaki」コールにドラゴンズファンから大歓声が上がる。


「レッツゴー、カズ!ラビッツの連中ぶちのめしてやれ!」


そんな声が聞こえてきたりもする。


和人はロジンバッグを以前よりも用心深くつけるとボールを握って感触を確かめる。


(うん…これならちゃんと指にかかる)


和人がデービスのサインに頷き、初球。


高めにフォーシームを投げ込み、見逃してワンストライク。


マルケスはふんっ、と鼻を鳴らして分析する。


(良いフォーシームだ。今のも96、7マイル出てるだろう。高回転で球速以上に早く感じるしなかなか厄介だな……だがしかし)


独特のオープンスタンスで構え、狙いを絞る。


(その高回転は、諸刃の剣だ)


和人は再び高めのフォーシームを投げ込む。 


それを狙っていたマルケスは完璧な形で捉える。


和人は驚いた。


あのコースのフォーシームを2球連続で投げて、打たれたことは日本時代にはほぼ無かった。


放たれた打球は一瞬でスタンドに飛び込み、ラビッツファンがわあっと盛り上がる。


ベースを回りながらマルケスがニヤリと笑う。


(日本時代はろくに当てられなかったから気づかなかったのかもしれねーが…高回転ってのは当たると反発でよーく飛ぶんだぜ?)


和人は唖然として頭の整理がついていなかった。


(初見だぞ…?それも2球連続で完璧なボール…それであっさりホームランにされるなんて…)


和人は弱気になるどころか、思わず笑みが溢れる。


(面白い…!去年感じられなかった凄い奴と全力で戦うこのドキドキとワクワク感、最高だ!僕はこれを味わうためにここに来たんだ!)


後続はなんとか断ったものの、心配した三角がベンチで和人に駆け寄る。


「気は落とすなよ、あれはマルケスが一枚上手だっただけ…」


「落とすわけないじゃないか!余計にガンガン投げたい欲が湧いてきたよ。君が「野球とベースボールは違う」って言ってた意味がわかった。あの緊張感、高揚感、ほんっっと最高!!」


和人が興奮気味に話し、三角がおかしなやつだと呆れ、尊敬するように笑う。


「お前敵がやばければやべーほど燃えるタイプか…デビューしたての時の俺とはまるで逆だぜ」


続く2回の投球でも2失点し、この回で降板した。


だが、不思議と和人の中に悲壮感は無かった。




マルケスは試合後、球場の廊下で和人を見かけて声をかける。


「おい、98番のチビちゃん!これ記念に取っとけや」


ボールを転がして和人の足にコツンとぶつけて、和人がそれを拾う。


「…なにこれ?」


「サイン付きの俺からの被本塁打記念ボールだよ!」


和人はそれを聞くと笑って返す。


「はは!面白いジョークだね。これが君に打たれる最初で最後のホームランだし、大切にとっとくよ」


捨て台詞を吐くと唇を噛み締めてバッグを担ぎ直す。


(次はぜっっってーぶっ倒してやるよ…トニー・マルケス)

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