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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
5章 分岐点
60/65

57 分岐点

浪川→泰介に固定します。

野球が見たいよ


泰介の結婚披露宴当日、集まったメンツはシーレックスのメンバーと、数少ない学生時代の友人や先輩後輩だった。


「ひとまず、結婚おめでとう」


和人が乾杯して祝福すると、泰介はとぼける。


「ん?なんだお前来てたのか」


「お、おいおい、呼んでおいてそりゃ無いでしょ!」


「バーカ、冗談だよ」


そう言うと手元のシャンパンを少し飲む。


そのすらっとした立ち姿はまさにイケメンと言うに相応しく、和人も素直にその格好良さは認めている。


「僕まだ結婚できる自信ないなー。そういう決断することが…うん」


「そうか……それは、お前が海外に行く可能性があるからか?」


泰介はそう言うとグラスを眺めて口を紡ぐ。


和人もどう返していいかわからずただ黙り込む。


どうにも返答が見つからなかった和人は表情をぱっと変える。


「はい、堅苦しい話は終わり!せっかくの披露宴なんだから楽しくやろうよ」


泰介達は披露宴を楽しみ、自主トレまでに心置きなくオフを満喫した。




レュラーシーズンが始まって、三連覇を目指すチームは東京ラビッツ、広島カールと首位争いを繰り広げていた。


その中でも活躍が目立っていたのが和人である。


初の開幕投手に選ばれると9回1失点で完投勝利を記録すると3,4月は負け無しの5勝0敗、防御率は1.30。月間MVPを獲得した。


一方で泰介は月間打率.200と打撃不振に喘いでいた。


原因は1つ、泰介の中で焦りという感情が彼の打撃を崩しているのだ。


このままでは40本にも、打撃タイトルも取ることができない。それすなわち夢であるメジャーへの挑戦が散ることである。


泰介は自身の行動を悔やんだ。


なぜ俺は佐々城にそんな優しさを見せたのか。ただ俺だけがポスティングの行使の話をして、来季何事もなく挑戦できればよかっただけの話だろう。


打席で凡退するたび、それが頭をよぎり自分を苦しめている。


そんな時だった。


「…だから、そんなの今する話じゃないよ」


『いやいや、ここまでの活躍見りゃ目と鼻の先よりも近い話だろ…まさかお前まだ浪川に気を使ってんのか?』


試合後に泰介はロッカーで和人が一人でビデオ通話で誰かと話しているところを偶然見かけた。


それをこっそりと聞いていると、電話の声は恐らく三角であった。


どうやら和人の活躍を見て、ポスティングの行使を催促しているようだった。


『別にいいだろあんな奴。一昨年は三冠王取ったけど、今季なんか酷いもんだ。そもそもあいつはメジャーで通用するタイプじゃないんだよ』


三角がそう評すると、影に隠れていた泰介は拳を握りしめて自分の不甲斐なさと三角への怒りで震えていた。


そこに和人が語気を強めて反論する。


「俺の親友を貶すのはやめろ。あいつは凄いやつだ。捕手としていっつもデータに目を通してるし、得意じゃなくとも頑張って投手とコミニュケーションをとってる。打撃だって今はあんま良くないけど、一時的なものだからすぐに元に戻るよ」


それを聞くと三角はコーヒーを一口飲んで、ため息をつく。


『悪いけど俺にはメジャーに行きたい気持ちが先走って、打撃崩してるようにしか見えねーんだけど…それって一時的なものなのか?』


泰介は的確に自身の気持ちを当てられ、胸を強く打たれた気分になった。


和人はそれにも反論する。


「それでもだよ!僕は彼が並の人間だと思ってない。間近で見てきて心底思い知らされてるんだ。何があってもすぐに元の姿、それ以上になるのが浪川泰介っていう男だ」


力強く、嘘は一切ついていないような眼差しで念を押す。


「まーお前がそう言うなら…でもメジャーには絶対お前が来いよ!」


「へいへい、じゃあね」


そう電話を切るとまとめた道具を背負って廊下に出た。


泰介はたまたま通りかかったふりをしようとすーっと和人の前を通る。


しかし和人がなんとなく察する。


「…さっきの聞いてたの?」


泰介が無言で頷く。


和人は三角との会話を振り返り、赤面して髪をいじる。


「ま、マジで?…はっっず…」


「別に恥ずかしいことなんてねぇよ。俺の気持ちを代弁してくれただけだろ」


「い、いや、そうなんだけどさ〜…どうも真面目に君のことを褒めるのは気恥ずかしいというか…」


すると、いきなり和人が腕を組んでふんぞり返る。


「ここまで言ってやったんだから、君も明日からちゃんと打てよ!」


「…言われなくても打つ」


泰介が彼の頭を軽くぽん、と叩いて帰っていった。


その翌日から泰介は悪いものが取れたように復調し、打ちまくる。


そして前半戦を折り返し、泰介はリーグ2位の24本に到達し打点もリーグ3位の61を上げていた。


両タイトルが射程圏内、つまりポスティング行使の条件をクリアするには十分な位置だ。


しかし、それよりも遥かに成績でインパクトを与えていたのは和人だった。


リーグトップの防御率1.87で11勝、無敗。


奪三振もリーグトップ、現在投手4冠である。


160km近い速球とキレ抜群の変化球に高い制球力とスタミナ、まさに穴のない完璧なエースの姿にファンはもちろん選手も脱帽していた。


「お前いるとタイトル取れる気しないからとっとメジャー行ってくれよー」


防御率リーグ2位の名和はオールスターのベンチでそんな事を和人に言っていた。


「はは、そんなの名和くんが僕を抜く成績を残せばいいだけの話じゃない」


「いやいや防御率一点代なんて僕には無理だわ。9回投げて平均2失点未満に抑えるなんて。てか…」


名和は和人の肩を掴んでしみじみと呟く。


「純粋にお前がメジャー行ってどんだけやれるか見てみたいんだよね。160cm台の投手なんてメジャーにはいないんじゃない?」


「そう?…僕は浪川くんがメジャーに行く姿も見て見たいなぁ」


「うーん、他球団の僕らからしたらお前ら二人がメジャー行ってくれたらそれ以上に有り難いことはないが…球団が到底許すとは思えないな」


「そうなんだよね…うん…」


歯切れの悪い和人に横からいきなり堺が口を挟む。


「お前めんどくせーな!メジャー行きてーのか行きたくねーのかどっちなんだよ!」


何故か若干キレ気味の堺を名和がおちょくる。


「堺は相変わらず趣味が悪いね〜。人の話を盗み聞きするなんて…」


「盗み聞きじゃねぇよ!お前らが俺の耳に入る音量で話してたから偶然聞こえただけだ」


「…ま、いいや。でもこれに関しては堺に同意だね。お前がどうしたいのかは浪川だって知りたいだろうし」


和人はしばし悩むと嘆くように答える。


「そりゃ行けるなら行きたいに決まってるじゃないか。世界最高の舞台でやれるなんて人生何回あったってそうできることじゃない。でも…」


「それは浪川も同じ、ってことか」


堺が先に言うと、和人は無言で頷く。


結局、同級生二人と相談しても和人の中の気持ちはすっきりしなかった。


シーズン前は、メジャー挑戦は一旦忘れてとにかくチームを勝たせることに集中しようと思っていたが、マウンドに上がって抑える度にどんどんメジャーへの思いが強くなっていく。


しかしそれと共に良化される泰介の成績。


今のペースなら40本は超え、そうなると和人のメジャーへの道は閉ざされてしまう。


打ってほしいという気持ちと、打たないでほしいという気持ちが混ざり合い、和人はどうしたらいいかわからなかった。


一方の泰介は、気持ちが少し動いていた。


仮に自分がメジャーに行って通用するのかという今までに感じたことのない不安、そして和人の活躍がそうさせていた。


泰介は国際大会でツーシーム等の手元で動くボールへの対応ができず苦戦し、春さきの三角の「メジャーで通用するタイプじゃない」という言葉が耳に残っている。


対して和人は現役メジャーリーガーであるオルドリッジ、三角に絶賛されて今季は圧倒的な成績をマークしている。


また、捕手として彼の球を受けているため、凄さは誰よりも理解しているつもりだ。


こいつなら、誰も見たことないようなことをやるかもしれない。


泰介は薄々と彼への期待に胸を膨らませていた。




後半戦も終盤を迎え、残り5試合を残してタイガースが優勝を決め、シーレックスは2位が確定して三連覇を逃した。


この時点での泰介の本塁打数は39、あと一本でメジャーへの切符が手に入る。


和人は防御率1.77 18勝 2敗という圧巻の成績で投手4冠、沢村賞が確実的だった。


そして、泰介は自分の気持ちをしっかりと決めるために妻である優香里に隠していたメジャーへの願望を話すことにした。


「えっ、あなたメジャー目指してたの?」


目を丸くして驚く。


案の定そのことは知らないようだった。


「あぁ、だからもし俺が挑戦するってなったら…お前はどうするのかって聞きたくてな」


すると、優香里はうーんと考えてからちょっと申し訳無さそうに話す。


「私も隠してたこと言っていいかしら?」


「ん?」


「実は私、お腹に赤ちゃんいるのよ。だからメジャー行くなら単身赴任ね」


泰介は驚きすぎて脳の処理が追いつかず無表情のままフリーズした。


「ふふ、凄いわよね。学生時代あんなふてぶてしくて人と絡むの嫌がってたあなたパパになるのよ…もしもーし?」


優香里が彼の目の前で手を上下に振る。


「すまん。びっくりして思考が停止してた…そうか子供が…」


「相変わらず反応がつまらない人ね。私もっと大声出すとか変な顔するって期待してたのに」


振っていた手で彼の頬をつねる。


「数年前から表情筋動かなくなったからな。てか、お義父さんお義母さんには報告したのか?」


「ええ、一応。泣いて喜んでたわ」


「そうか、それなら俺も父さんと母さんに報告しないとな。時間も時間だし母さんへの報告は後にするか」


「ん?あなたのお父さんって…」


「この世にいなくとも報告することくらいはできるだろ」


そう言うと物置から父の遺骨が入っているネックレスのようなものを取り出してそれを握りしめる。


(父さん、俺、あなたみたいな素敵な父親になれるように頑張ります)


そう短く頭の中で呟くと、またそれを仕舞った。


「お義父さんもあっちで喜んでるでしょうね」


「それより「あの泰介が」って心配してるかもな。ははっ」


泰介が少し表情を崩して笑う。


「嘘つき。表情筋動くじゃない」


「最近はちっとほぐれたかもな」


泰介はこの日、決心した。


やはりメジャーに行くべきなのは…




試合前、和人が浪川に話しかける。


「もー!はやく一本打って僕を楽にさせてくれよ!消化試合でドキドキするの嫌なんだ」


和人は流石に諦めているようだった。


球界屈指の打者が残り5試合で1本ホームランを打てば決まるというのだからそれもそうだろう。


だが…


「…いや、残念ながらその一本はもう出ねーよ」


「えっ?な、なんでそんなネガティブな…」


「ネガティブとかそんなもんじゃない。これ見ろよ」


そう言うとズボンの裾をまくって自分の足の湿布を見せた。


「この足で消化試合出たら、ポストシーズンに間に合わなくなっちまうかもしんねーだろ」


「そ、その怪我どうしたんだよ…!昨日だって平気でプレーしてたじゃないか」


「昨日走塁で捻挫した。昨日はアドレナリン出てて気が付かなかったが、今日起きたらどうにも痛くてな」


浪川はズボンの裾を戻すと、こう告げた。


「運も実力のうちってことだ…この勝負、お前の勝ちだよ」


和人の顔を見ると震えて、目に涙が溢れていた。


それが頬を伝って床にポタポタと落ちている。


「な、なんでだよっ…ずっと夢見てた舞台へあと1つってのに…」


「なぜお前が泣く。お前はメジャーに行けるんだぞ。悲しむことなんてないはずだ」


「君はメジャーを目標にプレーしてたんじゃないのか!それがもう叶わないかもしれないんだぞ!なんで平気なんだよ!」


和人が泰介の胸に飛びついて泣きじゃくる。


「…お前、本当に優しいな。俺のために泣いてくれてるのか」


彼の涙の温かさが泰介の胸に伝わり、彼の背中を撫でる。


「俺だって今朝絶望したさ。辛かった。でも、不思議とお前があっちで活躍する姿を思い描いたらそんなのどうでもよく感じてきたんだ」


和人がぐちゃぐちゃの顔を上げる。


「だから俺はできる限りお前が渡米するまでサポートしようと思う。英語なら会話できるくらいは教えられるし、あっちの選手だって詳しく知ってるしな」


和人が涙を拭って感謝する。


「…ありがとう浪川くん」


「だが…俺はスパルタだぞ。死ぬ気で英語勉強させるからな」


「ははっ…もちろんさ。僕だって死ぬ気で勉強するよ」


和人の強気な表情を見て、泰介は不意に笑顔になった。


「じゃ、俺先に帰るからまたな」


泰介がそう別れを告げて廊下をふらついていると、後ろから声がした。


「おい、いいかげんその嘘くさい湿布はがせよ」


振り返ると、太郎がポケットに手を突っ込んでこちらに近づいていた。


「よく分かりましたね。そうです。俺は捻挫なんてしてませんよ」


湿布をはがしてそれをゴミ箱に捨てる。


「お前佐々城となんか勝負してたみてーだな。シーズン通して。今日そんな嘘をついたってことはお前が40本打ったらメジャーへの切符が手に入る。逆に打てなきゃあいつにその切符が移る…ってとこか?」


「ええ、まぁ端的に言うとそうですね」


「あいつが求めてるのは真っ向勝負だ。そんなしょうもねー嘘ついて勝利を譲ったって知ったら怒るぜ?」


「なにも原因なく素直に「お前に行ってほしい」って言ったらそっちのほうがあいつは怒ると思いますけどね」


「…ま、それもそうか。わかったよ。俺もあいつには隠し通しといてやるから」


「ありがとうございます」


泰介が頭を下げて感謝すると「いいよいいよ」と手を振る。


「俺も佐々城がメジャーで投げる姿見てみたいしな…そう考えると俺はあいつの生の投球、もう今年のポストシーズンでしか見れないのかもな」


若干悲しそうな表情と声で嘆く。


「あ、別に俺が早く引退するつもりとかそういう意味じゃねーぞ……ただ、なんとなくそんな気がするんだ」


泰介は無言で頷いて同意する。


結局、和人の今シーズン最後の登板はクライマックスファーストステージ初戦となった。


8回1失点という見事な内容で勝利したが、2戦目、3戦目を落とし敗退。


その直後に、「横浜・佐々城がポスティングを行使」という記事がネットに大量に発信され、SNSでもすぐ話題になった。


それは海の向こうにいる三角の耳にも届き、すぐさま監督室に飛び込んでいった。


「ボス!ササキがポスティングでこっち来るってよ!」


「そんな情報こっちにも入ってきてる。これからGMらと会議して獲得を決めるところだ」


「まじかよー!やっぱ最高のボスだよあんたって!」


「言われなくても分かってるって何度も言ってるだろ。お前の褒め方は一辺倒で適当すぎる」


ロサンゼルス・ドラゴンズの監督、トミー・タラスコが三角を追い払って和人の投球映像をよく見る。


(…しかし見れば見るほど惚れ惚れする球を投げている…今オフに絶対に欲しい投手の一人だな)


ひげに手をやりながら和人を絶賛する。


(もしかしたら…この男が我々が世界一を獲るためのラストピースなのかもしれない)




和人

1.77 18勝 2敗 最優秀防御率、最多勝、最高勝率、最多奪三振、B9、GG賞


泰介

.288 39本 95点 OPS.924 B9、GG賞


太郎

.241 23本 70点 OPS.763


川畑

60登板 3.14 3勝 3敗 29HP


.232 1本 24点 OPS.624 ※主に守備固め




3.37 10勝 10敗


名和

2.34 14勝 6敗 日本シリーズMVP

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