56 静かに燃える闘志
来季は優勝せな
シーレックスはクライマックスシリーズも勝ち抜き、2年連続で日本シリーズへ進出。
そこで、ある選手を『隠し球』として昇格させた。
「え、僕が昇格ですかぁ?まだ公式の一軍の試合にも出たことないですよぉ」
特徴のあるなんともいえない語尾とおっとりとした声。
和人らと同期入団の沢である。
「そもそもポストシーズンは首脳陣が選んだ40人の選手しか出れない。なのにその中に今まで一軍未出場のお前が入ってたわけか…」
二軍監督の西が顎に手を当てて考え込む。
「確かに俺はシーズン中に三村にお前の昇格を推してたけど、なんでこのタイミングなんだろうな…まぁ、とりあえず全力尽くしてこいよ」
「はぁい。頑張りまぁす」
(この気の抜けた返事はどうにかならないものなのか…しかしデビューが日本シリーズになるかもしれないなんてこいつも可哀想な気がするな)
心配する西とどういう感情なのか不明な表情の沢は、荷物をまとめてコーチの車に飛び乗った。
「おー、ようこそ一軍へ!日本シリーズでデビューなんてすげーじゃん」
同い年の川畑が小さいクラッカーを鳴らして祝福する。
「えへへ、まだデビューすると決まったわけじゃないけどねぇ」
「いやいや絶対ざわちんにも出番回ってくるよ」
「そうかなぁ?じゃあ、れんちゃんが投げてる後ろで守れたらいいなぁ」
お互いにあだ名で呼び合うほど仲良しの二人を見て和人がうんうんと頷く。
「いきなり昇格で馴染めるか不安だったけど、川畑くんのおかげで大丈夫そうだ」
「しかし驚いたな。まさか一軍公式戦での出場がない沢をここで上げるとは」
口には出さなかったが、今季二軍でさして好成績を残したわけでもないため正直なところほとんどの選手が昇格に首を傾げた。
が、昇格して喜んでいるであろう沢にそんな水を差すようなことは誰も言わなかった。
大阪バッフルーズとの初戦スタメンの発表。
ホワイトボードには「8番ショート沢」と書かれていた。
「おー…お??沢くんスタメン?」
「そうみたいでぇす。へへ、びっくりですよねぇ」
「…本当にびっくりしてるの?ま、まぁ変に萎縮してないのは良いことだけど…」
あまりの緊張感のなさに和人は逆に心配になるが、本人はそんなこと気にもせず、1人のほほーんとしている。
傍から見ればそう見えるだろう。
しかし、彼は自分の実力を懐疑する周りの視線はなんとなくだが察知しており、その疑いを晴らしてやろうと静かに燃えていた。
2回裏、沢の初打席が回ってきた。投手は和人と浪川の後輩・比留川。
ノーアウト1、2塁のチャンス。
次は9番の投手のため、打つ以外選択肢とサインは無い。
彼の性格と似たようなゆったりとした構えで打席に入る。
初球から来たストレートを振るが、遅れて空振り。
これが一軍の球かと沢は痛感する。
しかし、それでも打てないことはない、とキリッとした目つきに変わって投手を睨みつける。
それでもポーカーフェイスを一つも崩さない比留川はすぐさま投球動作に入って、クイックで投げ込む。
投じた球はチェンジアップだったが、反応せずに見送ってカウントを1-1と平行にする。
それでも、次の球をいきなりサイドスロー気味で投じ、沢をあっさりと追い込んだ。
ブルペンで見ていた和人も彼の投球術に驚く。
「あらまぁ、あの子あんなピッチングできるようになったのね。あたし感激しちゃうわ」
「なんすかその口調と裏声…」
川畑にドン引きされるといきなり、すんっと普段のテンションに戻る。
「さて、ここで追い込んでどんなピッチングをするのか、沢くんはどう対応するか…重要な場面だね…ほらほら、川畑くんも真面目に考察しなよ!」
「それをさっきふざけてたあんたが言うか!」
そんな掛け合いを知るわけもない比留川が投じた4球目。
緩やかな軌道を描き、すっ、とボールゾーンに落ちる球を沢は上手く拾うように打ち、ライト線に落とす。
その間に二塁ランナーが生還し、沢は二塁へ到達。
この大舞台でプロ初打席、初ヒット、初打点を上げる勝負強さを証明し、ベンチに「どうだ!」とガッツポーズを見せる。
「よっしゃー!よく打ったざわちん!…それにしても今の球なんすかね?」
「僕が去年伝授したナックルカーブかな。ちゃんと投げててくれてるんだなぁ。なんか嬉しいよ…」
「ちょっと!比留川さんのことじゃなくて打った沢のことを褒めてやってくださいよ」
「あ、ごめんごめん!」
へへ、と笑ってペットボトルの水を飲む。
やはり直々に教えた後輩がそのことをやってくれると嬉しいものだな、と和人はしみじみと思った。(打たれているが)
そして沢は打撃だけでなくセールスポイントの守備でも魅せた。
4-1で3点リードの7回表、川畑が二死満塁のピンチの火消しのために登板。
9球粘られた末に投じたチェンジアップを捉えられ、ショートの頭上に強い打球が飛ぶ。
誰もが内野を超えたと思ったが、沢は小さい体で目一杯ジャンプしてグラフを出し、キャッチする。
勢いで後ろに倒れたが、上手く受け身を取って怪我も防いだ。
超ファインプレーに球場のボルテージは最高潮に達する。
ベンチで川畑が彼に何度も労いの言葉をかけて、あまりのしつこさに沢は苦笑いしていた。
9回は和人がきっちり打者3人で終わらせ、初戦を勝利で飾った。
ヒーローインタビューでは、なんともいえない力の抜けたコメントと話し方で日本シリーズとは思えないほど球場がふわふわとした雰囲気になった。
この戦いの勢いをそのままにシーレックスは4連勝で2年連続の日本一を達成。
十分と言っていいほど活躍してチームに貢献し、優勝を味わった和人と浪川の胸の内は同じようだった。
「世界へ挑戦したい」
しかし両者、お互いがそれを目指していることを知っているため、もやもやとした気持ちのまま契約更改へ向かう。
更改が同じ日時だったため、浪川と本部の廊下ですれ違った。
浪川は微妙な顔をしており、和人がいじる。
「あれ?もしかして思ったより上がんなかった?」
それになんだか申し訳無さそうに苦笑いする。
「…それならよかったんだがな」
そう呟いて通り過ぎ、和人は首を傾げる。
「じゃ、じゃあなんのこと?」
「オーナーに聞けば分かる」
捨て台詞のようにそう言い残すと、会見場に向かった。
「…よし、来季の年俸は2億2000万でどうかな?先発として13勝して終盤にはクローザー、大車輪の活躍素晴らしかったよ」
オーナーが和人の活躍を労って資料を用意する。
「あ、ありがとうございます。僕としては序盤に調子が悪かったことが悔しかったのでそう評価していただけるのは光栄です。本来ならもっと勝利に貢献できたと思っていたので…」
物言いたげなそわそわした様子に、オーナーが疑問を抱く。
「なにか意見があるのかい?年俸予想より安くてがっかりしちゃった?」
「へ?あ…いえ!年俸には全く文句はないです!…ただそれより重要なことというか…」
そわそわしていた体を押さえてオーナーと目を合わせる。
「…オーナー、来季の僕のポスティング移籍を考えていただけないでしょうか。昨季のWBTから考えていたんです。僕のピッチングが世界の舞台でも通用すると思ったので…」
覚悟を決めてそう直訴すると、オーナーは頭をしばし黙って、小さくため息をついてから口を開く。
「…佐々城、この話は口外せずに我々の中だけに留めておいてほしい」
そう釘を刺して、オーナーは席を立ち上がり和人の隣に座る。
「ついさっきの浪川との契約更改の時、彼と話したんだ。来季オフにポスティングシステムの行使についてね」
「えっ…」
和人はさっきの浪川の苦笑いと「オーナーに聞けばわかる」という言葉を思い出した。
そこにオーナーが補足する。
「…が、行使は条件付きだ」
「条件?」
「詳しく言うと浪川が自身が来季40本塁打以上、又は本塁打王、打点王のような打撃の主要タイトルを獲得すればポスティングの行使を認めてほしいという話を彼から持ち込んできたんだ。我々もそれに同意した」
「もしそれがクリアできなかった場合はシーレックスに残留ということですか?」
「あぁ…それ以外にも行使を佐々城に譲る、と言っていたよ」
それを聞いて和人は驚いた。
そしてなぜ自分がメジャーへの願望を持っていると分かったのだろうと疑問に思った。
しかし、よく思い返すとシーズン始めに彼に野球のことだけでなく日々の振り返りや願望を書いていた自分のメモ帳を貸していたのだ。
浪川という男は他人に関心が無いように見えて実はかなり敏感で気にかけてる。
和人も3年友人として過ごして、それはよく分かっていたがそこまで人のことを考えているとは思ってもいなかった。
「もう一度念を押すが、このことは我々フロントと浪川、そして君以外知らない事だ。メディア、チームメイトにも口外はしないでくれ」
「は、はい…わかりました」
和人は変わらずもやもやとした気持ちで会見を終え、帰りの車に乗っていた。
彼が不振に陥ることを望んでしまう心と、そんなことを望んではだめだという正義感の板挟みでどうしようもない気持ちだ。
その気持ちのやり場をどうすればいいかもわからず、理由も無いが横浜スタジアムに寄り道する。
球場の外には大きく和人と浪川の壁紙が貼っており、和人はそれをぼんやりと眺めていた。
ほんの数年前は憧れだった舞台に、自分はもう踏み入れるどころか中心にいるという自覚が今更になって強くなった。
呆けていると、練習帰りの野球部であろう学生の集団が和人を見て驚く。
「お、おいあれ、佐々城じゃねーか…?」
「ほんとだ!すげー…スーツ姿だから契約更改終わったとこなんかな?」
こそこそと話しているところ、気づいた和人から話しかける。
「ん?僕のこと分かるの?」
「は、はい。そりゃあもちろん!シーレックスのエース…自分の憧れなんです!」
学生が和人を無垢な目で見つめてそう言うと、和人は微笑する。
「なんか書くものある?サイン、あげるよ」
「ほんとっすか!?それじゃバックに…」
「お、俺もお願いします!」
「大丈夫だよ。僕サイン書くの好きなんだ」
希望に溢れた野球部の皆にサインを書いてやると、もやもやが吹っ切れたような気がした。
浪川が活躍したらそれは純粋に喜ぼう。
自分も彼も今所属しているチームは横浜シーレックスなんだ。
それなら自分も彼もシーレックスのために全力でプレーする。当然のことだ。
決心すると顔を両手でパチンと叩いた後、笑みを浮かべて車に乗り、帰宅する。




