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海獣達の野球記(ベースボールライフ)  作者: Corey滋賀
5章 分岐点
51/65

48 憧れの

交流戦貯金3!ええやん


朝になり、和人が目を覚ます。


外は雪が降っており、真っ白くなっている。


寝ぼけている和人は、抱きついている人物が美波とは知らずに目をこする。


「んー…太郎さんなんで僕のベットに…ん?ん?」


柔らかい感覚といい匂いに違和感を覚える。


よく見ると自分が美波に密着し、彼女の胸と自分の胸が正面衝突していた。


動揺とラッキースケベの状況をありがたむ和人は、この体制で目を閉じ、二度寝を決行…しようとしていた時だった。


「…和人くん、なんで二度寝しようとしてるんですか」


和人はギクッとして冷や汗をかく。


「あー、起きてたんだ!ごめん、今ちょっと体が動かないんだ!しばらくこのままでいい?」


なんとか言い訳をして彼女の体をより強く抱きしめる。


「え?ちょ、ちょっと!や…やめてください!」


怒りと恥ずかしさで調子に乗る和人の頬を平手で叩く。


「ぐほっ!…す、すいません…調子こきました…」


「あっ、大丈夫ですか?そんな思い切り叩くつもりはなかったんですけど」


美波は高校までソフトボール、大学でも暇な時にたまに出る助っ人としてやっていたため、並の女性、下手すれば男性と比べてもそれ以上の筋力がある。


そのため、ビンタも普通に痛い。


「そういえばなんで僕美波ちゃんに抱きついてたんだろ?全然記憶にないんだけど」


「…実は和人くんがテーブルでうたた寝しちゃって、毛布をかけたら私の方に抱きついてきて…そのまま一晩過ごしたんです」


「あー、なるほどね…僕普段は抱きまくら抱いて寝てるからその癖でやっちゃったのかも。ごめんね?ほんとに悪意はなく…まぁ役得ではあるけども」


「いえ、そうだったんですね。私的には和人くんの意外な一面を見れて嬉しいです」


(いかん。この子、本当に純粋すぎる。今回は嘘じゃないとはいえ多少のことなら理由つければ何しても許してくれそうだよ…)


保護欲をかきたてられた和人はもう一度彼女を抱きしめる。


「えっ!?どうしたんですか!?」


驚いてじたばたする美波の耳元で優しく囁く。


「辛いことがあったらなんでも僕に言ってね。僕はどんな時も美波ちゃんの味方だから守ってみせるよ。去年のオールスターの日にひったくりを倒したから君と出会えたんだし」


大好きな和人にそんなことを言われた美波は朝から胸がキュンキュンして顔の火照りが収まらない。


ただ無言で和人と見つめ合うと和人も赤面して生唾を飲む。


普段意識していなかったがこう見ると美波はかなりの美人でナイスバディである。


顔立ちはいいがオタクで童貞の和人にはインパクトが強い。


こういう時どうすれば良いかな分からないため黙り込んでいると彼女が目を瞑って唇を近づける。


(そ、そんな大胆な…でもこれは男として引くわけには行かない!心決めろ和人!)


和人もぎこちないながら唇を近づける。


互いの唇が重なり、心臓が高鳴る。


興奮の収まらない和人は彼女を押し倒す。


「だ、駄目ですね…朝からこんなことしちゃうと…」


美波が口を色っぽく手で押さえる。


「そだね…でも休みなんだから今日くらいいいんじゃない?」


そんな感じでいい雰囲気になっていると和人の電話が鳴る。


「あーもう!せっかくいいとこだったのに!…もしもし!?」


「…お前昨日無断で門限破るところか彼女の家に止まってるらしいな」


声を聞いた瞬間和人はフリーズし、目が泳ぎまくって冷や汗が止まらない。


それもそうだ。相手は寮長である。


「あー…あのですね…ほんっっとにすみませんでしたっ!!全て正しいので言い訳もしません!」


「ほう、潔いじゃないか。まぁ、言い訳したところで太郎が全て話してるから無駄なんだがな」


(太郎さーん??)


拳を握りしめて太郎の顔を思い浮かべる。


「まぁ言い訳しなかったってことで罰は軽くしてやる…今すぐ戻ってこい。寮の床掃除3時間だ」


「はい!ありがとうございます!すぐ戻ります!」


電話を切ると、荷物をいそいそとまとめる。


「ごめん美波ちゃん!急用ができたから着替えるね!」


「え、…きゃあっ!!こ、ここで着替えるんですか!?」


着替える和人の姿を見るわけにもいかない美波は目を手で塞いで視界を遮る。


着替えの終わった和人は急いで退室する。


「おじゃましました。ごめん美波ちゃん。また今度デートしようね!」


「は、はい…」


美波は残念そうに和人の背中を見送るとしょぼんと落ち込んでしまう。


初めてのデートもこんな感じで和人の都合で途中で終わってしまったためデジャブを感じる。


(…やっぱり一人だと寂しいな…どうしよう、私和人くん依存症なのかも…)


その後、美波は胸のもやもやを治めるのに半日程度かかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「長いなぁ…3時間床掃除…」


和人は髪型をポニーテールにしてジャージの上に三角巾とエプロンを付けて寮の廊下のモップがけをしていた。


ふて腐れていると太郎が満面の笑みで煽る。


「だっははっはー!ざまぁみろ!どうせ彼女とおせっせしたんだろ!これくらいの仕打ちは妥当だ!」


「してないっすよ!太郎さんは僕を下半身脳の性欲モンスターだと思ってるんですか」


「あっれー?してないの?そっかぁ、お前ビビリ童貞だもんな!」


「掃除終わったら太郎さんのベットにゴミぶち込んどきますね」


怒りをなんとか我慢して表情に出さず、床掃除にぶつけていると、いつの間にか3時間が経っていた。


「あ”あ”ぁ”…終わった!さて、溜めてたエロゲーでもやりますか」


クソでかい独り言を言うと背後に気配を感じ、振り向く。


「ん、瀧内くんどしたの?僕に用事?」


独り言を思い切り聞いていた瀧内が一歩引く。


「あ、いえ、ご迷惑になるかもしれないので後日で大丈夫です」


「いや、後輩の用事なら聞くよ。この和人くんにお任せあれ」


頼れと言わんばかりに自分の胸をどんと叩く。


身長的に滝内が見下ろす形になるため威厳も何もないのように見えるのだが。


「それならお言葉に甘えて…是非佐々城さんの投球術を僕に教えてくれませんか?」


後輩に頼ってもらえたことが嬉しくてぱあっ、と顔が明るくなる。


「もちろんだよ!それなら早く練習場いこ!」


即効でエプロンと三角巾を脱いで、髪を縛り直す。


二人で貸し切り状態のブルペンに行くと、早速瀧内のフォームを見る。


「おい!何事もなかったように俺を連れてくるな」


太郎にキャッチャーの防具を着させて座らせる。


「太郎さんピッチャー以外全部できるんですよね?僕ら先輩は瀧内くんをエースに育てないといけないんですから!頑張りましょう!」


「それなら本業の浪川にやらせりゃいいじゃん…まぁ一応去年急造キャッチャーやったけども」


小声で不満を口にしつつ、しっかりと瀧内の高回転のストレートをキャッチングする。


驚くスピードは出ていなくともホップするようなストレートは同じサウスポーで先輩の今長を彷彿とさせる。


「いいねぇ。ボール自体もかなり良いしクイックも早い。課題はリリースかな?ちょっと球種がバレやすいかも…そうだな、左肘の出どころを…」


一人は手取り足取り指導し、改善できるよう努めた。


「おー!いいじゃん!飲み込みが早いね。僕なんか覚えるのに人一倍時間かかるタイプだから羨ましいよ」


「いえ、俺は…佐々城さんの指導がとても分かりやすいおかげですよ。ありがとうございます!」


律儀に頭を下げて感謝する。


顔はまだ幼さが残っているように見えるが、もう礼儀などは完璧と言っても過言ではない。


「そうだなぁ…もし君が開幕ローテに入るとしたら…怪我がなければ今長さん、東山さん、浜川さん、小貫さんは確定で…」


その時和人はふと気づいた。


先発二人が流失したことによってローテーションに空きがある。


つまり、自分にも先発のチャンスが…ある。


中継ぎももちろん自分の中でプライドを持ってやっていたしタイトルも獲得した。


だけど、大学時代に経験した完封した時の感覚が忘れられない。


もう一度…もう一度あれを味わいたい。


「さ、佐々城さん、どうしたんですか?」


「決めた!僕は来年先発に転向する!君と一緒に一緒にローテの座を争うよ」


「「…えっ!?」」


太郎と瀧内が驚いてハモる。


しかし太郎が冷静に指摘する。


「ちょ、ちょい!待てよ。お前みたいに連投できて、出れば一点取るの厳しいくらいの中継ぎがいなくなるのはリリーフ事情厳しくならないか?」


「それは承知の上ですよ。だからなんとか監督にめちゃくちゃ頭下げてお願いするつもりです」


いつもチームのためならなんでもするような和人がいきなりわがままを言うので太郎が頭をかく。


「俺やったことないからわからないんだけど…先発ってそんなにやりたいもんなの?頭から投げるか途中でちょっと投げるかしか違わなくない?」


「そんな単純なもんではないです!もちろん中継ぎも仕事を終えたときの達成感は素晴らしいですけど、先発は格別です!完投か完封となれば27個のアウトをすべて自分で取るんですよ?まさに試合の支配者です!」


去年の先発登板や日本シリーズでのロングリリーフでプロでも先発をやっていけると感じていた和人はこれがチャンスだ、と勢いそのまま浪川にも相談することにした。


しかし…


「無理だな」


浪川はその意見を聞いた瞬間、顔も見ずに即答した。


「な、なんでだよ!そんなのやらないと分からないじゃないか」


「お前さぁ…自分の最大の弱点覚えてねーのかよ。クイックの遅さだろうが。中継ぎなら大抵投げるのは一回だけだからランナーを許すことも少ないが、先発となればそうはいかねぇ。それにいくらお前の球速と俺の肩でカバーできたとしてそれも限界がある」


浪川の言う通り和人のクイックの遅さは軍を抜いている。


例えるなら和人のクイックで150km後半の球を投げても、平均の速さのクイックで130km程度の球を投げても、キャッチャーのミットへの到達時間は同着くらいだ。


得意球のカーブを投げたら言わずもがな簡単に塁を盗まれるだろう。


「そ、それは僕が一番分かってるさ。だからそれはなんとか頑張って直すよ」


「そう簡単に直せるなら困らねぇんだって話…」


浪川がミットの手入れをしながら和人の方を向いて話す。


ダルそうな目でから睨んで諦めたように手を上げる。


「あー、めんどくせ。どうしてもやりてぇならいっぺん監督に気持ち伝えてこいよ。それで監督が許すなら俺は何も言わねーから」


「えっ、いいの?」


「そもそも監督が許してくれるかも分からんのに俺と話すだけ無駄だろ。まずはそこからだ」


「ま、まぁ確かにね…」


すぐに自分の気持ちを伝えるほど和人は浪川に信頼を寄せているのだが浪川本人はそのことを自覚していない。


そのすれ違いがなんだか気恥ずかしくて和人は頬をかく。


その後、言われた通りに監督室へ行き、三村にその事を伝えた。


「いいよ。佐々城が先発やりたがってるって話は前監督のサミネスから聞いてたし」


まさかの快諾に和人が驚く。


「えっ、意外とあっさり…」


「二人流失して先発の頭数も足りないからな。ただし成績残せなかったらまた中継ぎに回ってもらうぞ」


「は、はい!頑張ります!…あ、でも一つ不安なことがあって…」


「ん?なんだ?」


「クイックの遅さです。浪川くんにも言われたんですけど先発だと長い回を投げるので塁にランナーを出したときフリーパスになってしまうかもしれない、と…」


それを聞くと三村は真面目な顔で質問する。


「お前大学の時そんなこと気にしてたか?」


「いえ、昔は自分のプレーにいっぱいいっぱいで周りのことを見れてなかったから全く気付けなかったです」


「それでいいんだよ。そんなもん気にするな。誰にだって弱点はあるしお前の周りには守ってくれる野手がいるんだからその時はカバーしてもらえばいい」


「確かに…失礼ながら三村監督もそうでしたもんね。僕はよくスタンドで見てたんですけど」


「ああ、俺も現役時代若手から引退するまでどれだけ野手に助けられたことか…」


それから、憧れの選手であった三村から経験からのアドバイスを受けると和人は納得する。


(そっか…気にしすぎても仕方ないこともあるんだな。貴重な話も聞けたし…)


浪川に承諾されたことを報告すると、反対されるだろうと思っていたため若干驚く。


「おいおい、マジか」


「ごめんね。迷惑かけるかもしんないけどその分僕もランナー出さないように全力で抑えるから!」


素直に謝られるのが苦手なので、ふん、と照れ隠しにそっぽを向く。


「全力出して抑えられるとは限らんけどな…まぁ俺もできる限り全力でカバーしてやるが…」


「ふふ、なんやかんや僕のために頑張ってくれる浪川くん優しいなぁ」


「チームのためで別にお前のためじゃねーよ。ほら、もう話は終わったんだから早く自分の部屋戻れ」


和人を退室させると考えたようにため息をついて独り言を言う。


「後で他の捕手の人たちに謝らせとくか…『すいません。盗塁されたら僕のせいです』ってな」


(ま、あいつが楽しそうならそれでいいが…)


和人の前では絶対に言わない事を心の中で呟くと、またミットの手入れを始める。


自室に戻った和人は暫く太郎とゲームをして遊んだ後、太郎は疲れたのかあくびをつく。


すると、和人が食い気味に聞く。


「太郎さん眠いんですか?僕らの練習に付き合わせちゃってすみませんね」


「ん?なんか今日はやけに謙虚だな」


「やだなぁ、いつも謙虚ですよ」


「嘘つけ。いつもはゲームで俺使ってわざと三振して「うぇーい、太郎さんチャンスで三振してやんのー!」とか言ってんじゃねーか」


和人がはにかんで、誤魔化そうとするが太郎が笑って呆れる。


「ま、いいや。先寝るからおやすみ」


そう、ベットに寝転がるとボフッとホコリが舞う。


「ごはあっ!!てめぇ何しやがった!」


「だははは!お返しですよお返し!さっき掃除したゴミは太郎さんのベットにぶち込むって言ったじゃないですか!」


和人が高らかに笑うと太郎が笑顔でブチギレる。


「一気に眠気覚めたわ。よし、もうワンゲームやるぞ。お前が負けたらベット綺麗サッパリ掃除しろや」


「いいでしょう!今の僕は負ける気がしませんからねぇ!」


そう意気込んだものの、ゲームは和人が負けて掃除をする羽目になった模様。


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