40 進化と和解
ついに40話まで行きました!
本当に読んでくださる読者様には感謝しかないです
※和人視点
準決勝も勝ち抜いた日本はついに決勝に進出、アメリカと優勝を争うこととなった。その試合前...
美波ちゃんは今の僕の活躍見てくれてるだろうか?もしそうならそれ以上に嬉しいことはない。彼女にかっこいい所を見せることができたなら彼氏としては一番の幸せだ。
その意思が通じたのか美波ちゃんからラインが届いた。
『お忙しいところごめんなさい!実は今日のWBTの決勝、チケット持っているので観戦しに行きます。和人くんの出番がありますように...!』
え?ま、まじ!?今日見に来るのか!
美波ちゃんの前で情けないところは見せられないな。彼女は僕の投球に胸を膨らませてくれているのだろうから...ん?いや、彼女の胸は元からかなり膨らんでるから...いやいや、大事な決勝の前になに考えてんだ!
自分で自分に突っ込むと持っていたタオルをただ無茶苦茶に振り回して煩悩をかき消した。
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試合は決勝のため締まった試合になる...かと思われたがそれと真逆の乱打戦となり5回終了時点で6-7の日本の一点ビハインドとなっていた。
そのため早くもリリーフの出番になり本来先発である比留川が、炎上してしまった先発小野の降板後の3回から登板し無失点の好投を続けていた。
そして6回で降板し桝田にスイッチすることとなった。降板した比留川は浪川と話をしていた。
「今日の縦スラはよかったな。相変わらず球は軽くて飛球にはヒヤヒヤするが...しかも相手がゴリマッチョだらけだと余計に」
「まぁ本拠地が横浜スタジアム(ここ)じゃなくて広い大阪ドームでラッキーでしたよ...」
水を飲んで呼吸を落ち着かせると一息つく。
「あ、そうでした。浪川さん、僕が何か企んでるって怪しんでましたよね?」
「ん?まぁ本当にいろいろ怪しいからな」
「僕が企んでることにちょっと協力してくれませんか?」
「...何を企んでるのか先に教えろ」
「えぇ、実は...」
比留川の考えを聞いた浪川はほう、と頷いて承諾した。
「まぁ構わんが...お前それあいつに恨まれるリスクを負ってまですることあったのか?」
「はい」
光はないがまっすぐな目を見て浪川はそうか、と呟くとバッティンググローブを着け次の打席への準備を始めた。
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あー、やばい、今まで生きてきた中で今一番ストレス溜まってるかも...
日本代表の世界一がかかってて、美波ちゃんが来てて...比留川の話に怒りと悲しいの二つの感情がごっちゃになってて...
ブルペンでもなんかパッとしないし、ちょっとヤバイかも...
そんな僕のネガティブシンキングに更に追い討ちをかけるようにテレビから実況が聞こえてきた。
『一二塁間破ったーっ!セカンドランナーは!?ス、ストップストップ!!ワンナウト満塁です!6回裏の逆転直後に変わった桝田がピンチを招いてしまいました!稲田監督どう動くか!?』
...さっき電話でピンチになったら佐々城に変えるって言ってたような...ってことは出番...
嘘だろ!?日本中の人が見てるってのに戦犯になんかなりたくないよ!
冷や汗をかきながら渋々マウンドに送り出されると、球場の熱気が伝わり、余計にストレスが蓄積して去年の最終戦の光景と中学最後の試合がフラッシュバックする。
歯を食い縛って桝田さんが僕にボールを渡すと、うつむきながら右肩をぽんと叩いて小声で
「...わりぃ佐々城...尻拭いしてくれ」
と、耳元で呟いてベンチに戻っていった。タオルで顔を覆い悔しそうにする桝田さんの姿が胸に突き刺さり、苦しくなる。
あぁ、今も美波ちゃんは僕のことを見てくれているのに...情けない。
「なに悲しそうな顔してんだ?」
僕の頭をガシッと掴んでいたのは浪川くんだった。その時僕は初めてマウンドで弱音を吐いた。
「僕今日ダメかもしれない...」
様々な感情に押し潰されて心が壊されそうになっている僕を見て浪川くんはいつもと少し違った様子で諭す。
「弱気になってんじゃねーよ。せっかく世界一を争うに相応しいバッターと戦えるってんのに勿体ねぇ」
「...え?」
「この前もそうだが、マウンドに怒りとか悲しみとかのマイナスな感情持ち込むな。決勝とか国の面子とか彼女来てるとかどうでもいいだろ?...単純に楽しめよこの勝負をよ」
そう言うとマスクを被り、守備位置に戻った。
打席にはニューヨークヤングスの主軸のジャッシュが入っていた。身長は2mもあり、僕とはおよそ32cmもの身長差がある。
楽しむ...そうだ、楽しむんだ。相手がヤバければヤバイほど。炎上とか恐れてちゃもったいない!
僕は自然にニヤっと笑みがこぼれ、周りの声は聞こえず打者と僕と捕手の三人だけの無音の空間にいた。
初球の外角ストレートは見逃してストライク、続く同じようなストレートは若干外れてボール、三球目もインコースにストレートを続け、ファールで逃げられる。普通なら見逃すところなのに流石メジャーリーガーだ...
追い込んだからには次の球で決めようという浪川くんと僕の意思が一致し、真ん中低めに決め球のカーブを思いきり投じる。
フルスイングで先で当てられて強いゴロが僕の前に来たものの、焦らずさばいてホームへ送球。浪川くんはファーストに送球しホームゲッツーが成立。このときその三人だけの空間がスッと消え、お客さんのワーッ!という歓声が聞こえた。
打ち取られたはずのジャッシュは笑顔でヘルメットを脱いでそれを僕の方に向けていた。
よく分からなかったが笑顔で返すと
「ねぇ、あれどういう意味?」
と、メジャーに詳しい浪川くんに質問した。
「あぁ、あれは文字通り『脱帽』って意味だよ。お前の球が見事だったってこったな」
へぇ、そうなのか。ジャッシュっていい人なんだなぁ。
「ナイスピッチング。非公式ながら自己最速更新したな」
「え?」
「ん?気づいてなかったのか?二球目164出てたぞ」
164?!全然気づかなかった...ジャッシュとの対戦が楽しすぎたからかな?
球場の熱気でかなり汗をかいていたので、替えのアンダーシャツを取りにロッカーに行き、アンダーシャツを脱いだところで比留川がすっ、と現れた。
「...なに男の胸まじまじと見てんだよ」
「いえ、佐々城さん本当に男なんですね。ただの鳩胸で安心しました」
まったく、一体何を考えてるのか分からない奴だ。
するといきなり比留川が土下座をした。え、は?本当に意味が分からない。
「佐々城さん本当にすいませんでした。あんな軽率な発言をしてしまって...これは全てあなたのためにやったつもりなんです」
「な、なんのこと?」
「私があなたを潰そうとしたことです。それは本当の事ですが、チームメイトはどうでもいいとか、どうせやらずしても負けていたとかそういう発言は本音じゃないんです。今でもあの行動は後悔してます」
「そ、それなら一体なんのためにそんな事を言ったんだ?」
「私はあなたのもうひとつ先に進化して欲しかったんです。せめてもの罪滅ぼしとして...」
「進化?どういうこと?」
「あなたはマウンドにマイナスな感情を持っていきがちなんです。中学の時のあの試合も、プロ初登板のときも、去年の最終戦も...それが無くなればあなたのピッチングは安定感が増して絶対的な投手になると思ったんです。だからあえてあなたにストレスを与えてマイナスな思考にさせるような事を言って気持ちを揺さぶってそれを再確認したんです。さっきマウンドに行ったとき浪川さんがプラス思考になるようなことを言ってくれたでしょう?あれは私が浪川さんにお願いしたものなんです」
確かに多くの試合でそういうことをやってしまう自覚はあった。でもそれは別にどうってことはないだろうと思っていたけれど、雑念を捨ててただ楽しもうと考えていた今日のピッチングは間違いなく自分の中でのベストピッチで実際自己最速も叩き出した。比留川はメンタル的面で僕ののびしろを見いだしてくれたのか...
「頭を上げてよ比留川。君が中学の時にやったことは許さないけど、この件は君に感謝しないといけない。ありがとう」
「...ご理解感謝します」
顔を上げた比留川は心なしか目に少し光が差していたように見えた。本心じゃないことを言うのはかなり辛かったのだろう。無論僕を潰そうとしていたと自白することも。
何か僕にお礼ができないものか...あ、そうだ。
「お返しといっちゃなんだけど僕のカーブの投げ方教えるよ。カーブは前後上下で投球の幅が広がるから覚えて損はないと思う」
「え?いいんですか?それ佐々城さんの決め球じゃ...」
「どうせパ・リーグじゃほとんど対戦しないだろうし別にいいよ」
「...それもそうですね。それなら教えてください」
そうして僕のカーブを教えた...はずだったのだけど...
「佐々城さん、無意識にカーブとナックルカーブの二種類のカーブ投げてませんか?」
「え、そうなの?まぁ、落としたいときは普通の握りで投げて、タイミングを崩したいときは中指で弾いて投げるようにはしてたけど...それナックルカーブなんだね」
「投げてる人が今更気づいたんですか」
「はは、まぁ...ね」
呆れる比留川の顔を見て苦笑いする。あぁ、先輩としての威厳が...
「でもいいじゃん。これで投球の幅広がったでしょ?」
「そうですね。これで私の持ち球はスライダー、カット、縦スライダー、縦カット、ツーシーム、シンカー、カーブ、ナックルカーブ...8球種になりましたね」
お、多いな...僕、バカだから沢山あると握り方覚えられないんだよねぇ。
「でも、多ければいいってものじゃないですから。佐々城さんみたいに少ない武器を磨き続けることもとても大切だと思いますよ」
「そ、そうだよね!人それぞれだよ...ん?なんだこの凄まじい歓声は?」
気になって二人でベンチに戻ると、ここまで一点リードだったところに浪川くんが大きな追加点となるグランドスラムを放っていた。
「よーし!ナイスバッティング!アウトコース打ちの天才だね!」
「さっきのは内の変化球だろ。絶対お前ら見てなかったな」
冷蔵庫から水を取り出すと飲んで一旦深呼吸する。
浪川くんもかなり緊張してたのだろう。かなりの汗をかいていた。
「そういえばお前らちゃんと和解したか?」
「うん。浪川くんが仕組まれてたからあんなこと言ったってことも分かったよ」
「まぁそうじゃないとお前に助け船なんて出したくないからな」
「そう!それでこそ浪川くんだよなぁ。ふてぶてしさがないと...」
ふと、そのさっき言った彼らしくない言葉を思い出した。
『決勝とか国の面子とか彼女来てる彼女来てるとかどうでもいいだろ?...単純に楽しめよこの勝負をよ』
...ん?ん?
「な、な、なんで浪川くん美波ちゃんが来てること知ってるんだよ!?」
「...もしかして本当にお前の彼女も来てたのか?...あぁ、いや特に意味はねぇよ」
うーん、なーんかあやしいな...
「あぁ、なるほど!優香里さんも来てたのか。だからふとそんなこと言っちゃったんだね」
図星だったのか表情は変わらないが飲んでいた水を吹き出す。
「なんか文句あるのかよ」
「いや、別に。でも意外と浪川くんも積極的なんだね。しかもその彼女の前でホームランなんて最高にかっこいいじゃん。僕が優香里さんなら君にガチ惚れしちゃうよ。ねぇねぇ」
無視のつもりか浪川くんが無言で防具をつけ始めると、比留川が恐る恐る口を開く。
「あ、え、お二人とも彼女いるんですね...僕はまだ...あははははははははは」
声は明るいのに目も口も笑ってない。怖い。まるでサイコパス...いや、これは多分ただ悲しくて笑ってるだけだな...
日本の5点リードで9回2死走者無し。
マウンドには守護神の増渕さん。
カウント3-2から投じた7球目、そのストレートは打者のバットの空を切り、その瞬間に日本の3大会ぶりの優勝が決まった。
「よっしゃぁぁぁ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
ベンチからわーっと飛び出し全員マウンドに集まる。
普段感情をあまり出さない浪川くんも大喜び...かと思いきやそれは三振を取ってグローブを叩いた一瞬だけ。いつもと変わらずふてぶてしい顔でいた。
「こういうときくらい喜びなよ!」
「心んなかじゃ喜んでるぞ。ただほどほどにしとけ。俺らの本当の戦いはこれが終わってからだ。まだまだゴールじゃない」
確かにそうだ。20年振りのリーグ優勝&日本一を掴むのが僕ら横浜シーレックスの今年の最終目標。
「...うん。気引き締めるよ!でも今は喜びを噛みしめさせて!いぇーい!」
「俺初めての胴上げだわ!今度はワールドシリーズでやりてぇ!」
号泣する三角くんとその他のみんなと稲田監督を胴上げしながらあと2回、今年ここで胴上げをしたいと心から思った。




