39 亀裂
わざわざ梶谷とか井納みたいな巨人に移籍したやつをバラエティに呼ぶのって横浜ファンへの嫌がらせなんかな?マジで気分悪いからやめてくれ
こっちからするとあいつらの顔も見たくないのに
日本は初戦から快勝を続け、大会のベスト8に名を連ねた。
その原動力はやはり4番・捕手として今大会全試合出場中の浪川だろう。打率は4割を上回り、3本12打点6盗塁OPS1.290と文句なしの成績だ。盗塁阻止率も高水準で、攻でチームを引っ張っている。
その浪川を差し置いて近代野球の最強打者の打順と言われる2番を打っているのは日本代表唯一の海外リーグからの参加者、三角だ。主に右翼を守っておりほぼ無名だった彼の豪快なフルスイングと守備に魅了され、ファンになるものも多数出てきた。打率は2割中盤だが本塁打は5本OPS1.100とその能力を遺憾なく発揮している。また、本塁の捕殺も3度記録するなど流石はMLBの有望株だと思わせる凄まじいフィジカルも見せている。
投手では日本を代表とする先発陣が安定感を見せ、中継ぎには現在HP数リーグトップの和人、今大会のみ中継ぎ転向中の堺、そしてダークホースの比留川ら若き投手が奮闘していた。
そして、和人はその比留川をずっと気にかけてはいたが話しかけることはどうしてもできていなかった。中学の時トラウマとその申し訳なさにかられていたからだ。また、昔とは別人のような死んだ目に時に見せる不敵な笑みに本当にこれがあの比留川なのかという疑問すら浮かんでいた。
それでも行動しないとなにも始まらないということで準々決勝前の合同練習中のロッカーでやっとの思いで彼に恐る恐る話しかけた。
「や、やあ、比留川...だよね?」
「あぁ、どうも。中学以来ですね佐々城さん。私からお話ししようかと思っていたんですが、お気遣いありがとうございます」
昔から変わらない妙に丁寧な話し方に安心して胸を撫で下ろすと、緊張感がとけて舌も饒舌になる。
「よ、よかったぁ!君一瞬別人かと思うくらい変わったからさ。話しかけるかどうかずっと迷ってたんだよ。あ、浪川くんとも大学の時チームメイトだったんだって?あれが先輩はめんどくさかったでしょ?」
「...ふふ、失礼かもしれませんが佐々城さんは「あの頃」から本当に変わってませんね。身長も小さいですし顔も変わらず中性的...唯一変わったのはその伸びた髪くらいですか」
そう笑う比留川とは対照的に和人は真剣な眼差しだった。
「いや、僕は変わったさ。見た目じゃなくて中身がね。もうあの日みたいに周りが見えなくなって自分から潰れるようなことは絶対にしない。絶対に、だ」
それを聞いて何かを決心したのか比留川は「...周りですか」と呟いてから話す。
「佐々城さん、あの日のマウンド、何か異変を感じませんでしたか?やけに踏み込みにくかったとか」
「異変?...ごめん、あのとき頭真っ白だったから思い出せないや...」
「実はあのときのマウンド、佐々城さんの踏み込むところだけかなり削れてたんですよ....まぁ、削れていというかわざと削られていたというべきでしょうか」
「えっ、な、なんで?てか誰が...えっ...」
そのことを察したのか和人が少しうつむいて冷や汗をかく。
「勘のいい佐々城さんならお気づきでしょうが、僕です。あなたの才能とそのピッチングに嫉妬して潰すために、ね...」
比留川の自白に和人はショックを受けなにもせず突っ立っていた。当然だろう。今まで自分のせいだと思っていたことが本当は仕組まれた罠だというのだから。その仕掛人がなにより申し訳ないと思っていたチームメイトだと知れば尚更。
しかしその和人を横目に比留川は明るい表情で背伸びをしていた。
「んー、すっきりした!ずっとモヤモヤしてたんでこのこと早く本人に言わないとなって思ってたんですよ。まぁいずれにせよ私はあの試合、佐々城さんが抑えられたとは到底思えないんで後悔とか悲壮感はほとんどないんですけどね」
「...はは、そうだよね!どうせあのときの僕じゃあね!...」
和人がそう笑顔で乗ったかと思えば彼の胸ぐらを掴み商売道具である右手で頬殴る。表情も怒りと悲しみで歪んでいた。声も今までになく低く重圧感がある。
「これで済んだだけありがたいと思っとけよ。この一発はお前と俺以外のチームメイトの分だ。てめぇの自分勝手な行動でみんなはあの年の全国行きへの切符を取り逃がしたんだからな」
予想外の反応だったのか比留川は少しきょとんとするとまた不敵な笑みで和人を煽る。
「...はは、それ以前にテンパってた人がなに言ってるんですか。どちみちあの試合にあなたが出てきたら負けだったでしょう」
「...もう一発欲しいならくれてやるよ。ただし次は歯の一本二本覚悟しとけ」
ロッカールームには二人だけだったため本気の喧嘩になりかけたが、そこにちょうどよく広島の大瀬戸が入ってきた。
「ちょ、お前らなにしてるの?」
和人は胸ぐらを離し、先程までとは別人のような笑顔と高い声でごまかす。
「いやぁ、彼女にどうやって告白しようかなって練習してて!こうやって豪快にいくのもいいかな...」
「お、おぉ、そうなんだ。でもそろそろ練習始めようぜ」
「はーい、さーせん」
そう返事をすると和人は帽子をかぶって比留川に聞こえる程度の舌打ちをしてグラウンドに向かう。
「いてて、口の中切れちゃいましたよ。少しは手加減してほしいです」
と、呟くと比留川は表情を変えずグローブを手に持って和人の後を無言で付いていった。
この日から和人と比留川の間には亀裂が入った。
WBT準々決勝 韓国戦
日本の先発はお化けフォークの使い手福岡の千香、そして韓国の先発は横浜のウォンだった。
開催地が横浜スタジアムということもありマウンドの慣れからするとウォンがやや有利だが、1回の裏の日本代表の攻撃、先頭の柳井がヒットで出塁すると続く三角がツーランを放ってたちまち日本が二点を先制。韓国側からすると痛い立ち上がりとなった。
そして千香はその後一点を失うものの6回までその失点のみに抑え、ウォンも一発以外は丁寧に投げ込んでいたため2-1の接戦になっていた。
100球制限のためこれからは両チームともリリーフ勝負に入る。そして当番予定の和人は肩を最終段階にまで作り終えていた。
緊張を和らげようとしたのか堺が和人をおちょくる。
「おい、ビビってんなら代わりに俺が投げてやってもいいんだぜ?」
「ここで君が投げたら日本の胃薬消費量が急増するよ」
意味が伝わらなかったのか堺が目を丸くする。
「...ど、どういうことだ!」
その様子に和人はまぁいいや、と呆れ半分に笑う。
「君はだまってここで見守ってくれ...比留川もな」
ストレッチをしていた比留川はまた笑顔で返す。殴られた左頬には湿布が貼ってある。
「ええ、堺さんと話したらIQが下がりそうなので私は話しませんよ」
「お、おいなんでお前ら俺のことそんなにいじめるんだよ!泣くぞ!マジで!」
堺の嘆きを気にもかけず紙コップの水を一杯飲むとグラブを一回叩いてブルペンを飛び出していった。
この光景に慣れたのこそこまで緊張することもなく、それどころか登場曲の鼻唄を歌う程度にまで余裕が出てきた。
「ずいぶん悠長だな。日本の中継ぎエースさん」
「いやぁ、それほどでも...」
「褒めてねぇよ。ちっとは緊張感持っとかねぇと気合い入らねぇだろ。1点差だぞ?」
「それは大丈夫だよ。気持ちに余裕ができただけで油断はしてない。これからクリーンナップだからね」
「それならいいんだが...」
浪川は少し不安だったがその不安をかき消すように和人はいつも通りかそれ以上の出来で三者連続三振を奪った。
「よいしょ!まぁこんなもんだね。いつも通り」
「...お前やっぱり今日なんかあったか?」
はたから見ればいつも通りの和人...だったが浪川は今日の和人の異変に気づいていた。
やたら直球にこだわりマウンド上ではしきりに眉間にシワを寄せていたのだ。登板前のゆるさとは真逆で怒りがにじみでている様子になにかメンタルに大きな問題を抱えていることを察した。
「え?いや、なんでもないけど...」
和人はそれを誤魔化そうとしたが浪川は確信し、その原因がなんなのかもおおまか予想はついた。
(比留川の野郎...人には言うなって言っておきながら自分で言ってどうすんだ。やっぱりあいつ佐々城を何かに利用するつもり...)
試合には辛くも勝利し準決勝まで駒を進めたものの浪川は比留川に大きな不信感を持つこととなった。
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一方、就職先のファミレスで働いていた美波は仕事を終え、控え室で試合結果をみていた。
「あ、日本勝ったみたいですね!これで準決勝進出かぁ...」
「星も野球好きだもんな。誰が好きな選手いるの?」
一緒に控え室にいた先輩の男性が聞くと無論と言わんばかりに答える。
「佐々城選手ですかね!かっこいいじゃないですか!先輩より全然身長低いのに160投げるんですよ?顔も可愛いですし...」
「確かに佐々城はカワイイ系好きの女子にウケそうなタイプだよな。童顔だし。俺は浪川とか東海の山本とかかな。パワーとスピードみたいなの」
そこで、そういえば、と先輩が話題を変える。
「星って彼氏いないの?顔可愛いし、胸も大き...ス、スタイルも悪くないしいない方が不自然だなぁと」
今話題にしていた人だとは流石に言えないので遠回しに話す。
「えぇと、いますけど今は忙しくて会えないんですよ。しかもしょっちゅう出張しますし」
「へぇ~、彼氏さん大変な仕事やってんだね。その分コレも相当なもんでしょ?」
と、手で金のマークを見せると、本当にこの人は...と呆れる。
「...まぁそうですね。多分私の10倍は」
「え、やばくね!?マジでなんの仕事やってんの?」
嘘をつくのが苦手な美波は困り、悩んで答えた。
「そ、それは秘密で。彼が嫌がると思うので...」
「あー、それじゃあ仕方ないな。残念だけど...てかお前そんな彼氏いるのにちゃんと働いてるの偉いよな。俺がお前だったら仕事やめてその人のヒモになるわ」
「あはは...でもあの人、ちゃんと仕事してる?って結構頻繁に聞いてきて、頑張ってますって言うとスゴい褒めてくれるのですよ。だから私はお金よりもそれのために働いてるようなもので...」
両手を頬に当てて浮かれる美波を微笑ましく思った先輩は彼女のことをおちょくる。
「相思相愛だな。一緒に生活したら四六時中ベタベタしてキスとかしてんじゃねぇの?バカップルみたいに」
その様子を想像して恥ずかしくなった彼女は、顔をボッと赤くひて顔を両手で隠す。
「せ、せ、先輩セクハラですよ!後輩にこんな恥ずかしい思いさせるなんて!」
「え、これでセクハラになんの!?それならすまん!クビだけは回避しないと俺の人生が!」
「じょ、冗談ですよ!流石にそんなことで訴えませんて!」
その後、美波は頭を地にこすりつけて謝る先輩をなだめるのに30分以上の時間を費やした。
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「...比留川、その頬どうした?」
浪川が試合後に比留川に不自然にできたアザを指摘するとケロっとして誤魔化さず答える。
「あぁ、実は佐々城さんにぶん殴られたんですよ。私が潰そうとしたこと言ったらぶちギレて。ははは!」
本来笑える事ではないが比留川からするとこれは「面白い話」なのだろう。
「...お前この前これ本人に話すなって言ってただろ。言動があやふやになってるぞ」
「第三者が話すのではなく本人同士で話すべきかなと思ったので...あ、別に何も企んではいないですよ?」
浪川から疑いの目を感じたのか、それを否定する。しかし浪川はその程度で疑いを止めようとはしない。
(いや、やはりこいつ佐々城を利用するつもりだ。何かはまだ定かじゃないが...佐々城の心情をここまで揺さぶってなにもないってことはあり得ない...はずだが...)
浪川はふと、もし彼が単純に和人の心を弄んでいるんだとしたらそっちの方が害悪で恐ろしいと思った。
和人の痛ましい過去をわざわざ掘り返し、それで苦しむ和人の姿を見てただ面白いと感じてやっているなら紛れもない本物のサイコパスだからだ。
浪川は比留川の動向を要注意しながら見張ることにした。




