31 去り行く者達、そして変化の時
テストしんどい
佐野5試合連発すげぇ
※和人視点
『打った!しかしもう1つ伸びがないかセンター落下点。丸山しっかり掴んで3アウト試合終了!ラビッツがシーレックスを下し日本シリーズへの切符を掴みとりました!』
CSファイナル、シーレックスは初戦こそ白星を掴んだもののその後は三連敗でラビッツに負かされシーズン終了
いちファンとして試合を見ていたため悔しくてベットで抱き枕を抱えながらごろごろと転がる
健闘したけど...やっぱり悔しいなぁ
試合前に激しい練習をして風呂に入ってからTVを見ていたので試合が終わって緊張が解けると眠気が一気に来てそのまま眠ってしまった
翌朝起きると上のベットには昨日戻ってきたであろう田中さんがいた
背伸びをして目を覚ますと田中さんを起こす
「ん?...おはよう佐々城...お前なんか髪伸びてない?ボッサボサだぞ」
「あ、はい。暫く床屋行けてないんですよ」
「ほーん。じゃ、俺が切ってやろうか?一応弟が美容師だから俺も多少はできるぞ」
「...いや、遠慮しときます。なんか怖いんで」
そう、いつも通りの会話にほっと一息つくと選手会長の石井さんが部屋をノックする
返事をしてドアを開けると真剣な眼差しで僕たちを見て話す
「佐々城、田中、ミーティング室に集まれ。これからの横浜に関して重要な話がある」
「これからの横浜に?」
「そうだ、とりあえず来い」
石井さんのいわれるがままにミーティング室に行くと多くの選手が集まっていた
とりあえず大きな発表があるのは間違いないだろうと唾を飲んで席に座る
すると数分後、球団オーナーの北場さんがサミネス監督、そして筒号さんと共に前に出て来た
「選手の皆さんおはようございます」
オーナーの挨拶に皆少し萎縮しながら返事をする
「昨日の今日で朝早くにすみません。ですがとても重要なお話が2つあるのでまずそれを発表させていただきます」
監督と筒号さん
この二人の重要な話ということは...本当にこの後の横浜が変わる大きな事かもしれない
「1つ目はサミネス監督の辞任、そして打撃コーチ就任について、二つ目は筒号選手のポスティング移籍の承認についてです。お二人のお話をよく聞いて下さい」
サ、サミネス監督の辞任と筒号さんのメジャー挑戦!?
確かにこれはあまりに大きい出来事だ
当然周りもざわつく
だが隣の浪川くんは何も慌てることなく冷静に前を見ていた
そしてサミネス監督が通訳を通して話をする
「みなさんこんにちは。突然のことながら私サミネスは今シーズンを持ちまして監督の座を下ろさせていただき、来シーズンは一軍打撃コーチに就任することとなりました。5年もの長い間、このチームの指揮をとらせてもらったことはフロント、そして選手の皆さんのお陰だと思っています。本当にありがとうございました」
驚きのあまりその後の言葉はほとんど耳に入っていなかったが振り返ってみると確かに辞める理由は少しあった
昨年までうまくいっていた継投が不運にも裏目に出たり、惜しい試合も多かった
だけど、打者を見る目は確かにあるためコーチとして残留ということになったのだろう
最後は5年間お疲れ様という労いの拍手で包まれた
そして、その暖かい空気の中筒号さんが話をする
「...えー、昨年から球団にお願いしていたポスティングを受け入れてもらい幼い頃からの憧れの舞台であるメジャーリーグへ挑戦させていただくこととなりました。シーレックスからドラフトで1位指名されてからはじめの3、4年ずっと上で結果が出なくて自分でももうダメなのかなと思いながらも球団は僕のことを見捨てずに飼ってくれて5年目にようやく初めてレギュラーを勝ち取りました。そこから今年まで自分でも納得できるような成績を残せるようになったのは素晴らしい指導者と先輩の方々、素直でいい後輩達...」
ここで筒号さんは目に熱く光るものを溜めて少し言葉に詰まる
初めて見る筒号さんの涙に僕は胸を強く打たれた
「球団職員の方々、心優しいファンの方々、その他諸々の人のお陰だと思っています。本当に10年間お世話になりました!」
サミネス監督の時と同様皆自然と大きな拍手をし、涙が溢れていた
浪川くんはドライだから泣いてはいなかったが心から敬意を示して拍手をしていた
僕は感動の反面不安な気持ちがつのった
これほどの人の次にキャプテンを務めることができる器の人がはたしているのだろうか、その人はしっかりチームをまとめることができるのだろうか
そんな少し重い空気と新たな横浜を期待する空気が共存してミーティング室に漂った
日本シリーズ
東京ラビッツ対福岡ホームス
4勝2敗でホームスの3年連続の日本一が決定
MVP 柳井悠希 .400 3本 8打点
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時は少し過ぎ新たな監督就任の発表があった
その事について僕と田中さんと浪川くん、川畑くん、沢くんの同期5人で食堂で話していた
「いやー、まさかの新監督はハマの番長こと三村大輔さんでしたね!憧れだった人の元で野球ができるのは楽しみだなぁ...」
「...なんかホッとしたわ」
「田中さんも番長好きなんですか?」
「あ、いや、お前が野球するの楽しみだって言ったからさ。ちょっと前まで野球するの辛そうだったから良かったなって...」
田中さんも僕のことをそんなに心配してくれてたのか...
そう思って照れるのを隠すために豪快に笑う
「あ、あはは!はい!もう僕は平気ですよ!来年からはバリバリ投げられますから!」
「それならいいんだが...」
気まずくなって話題を変えるために浪川くんがパソコンで見ていた試合を覗きこむ
「ん、それ大学野球?あーなるほどね。母校の早田大の試合か」
「あぁ、バッテリー組んでた後輩の勇姿を見てやろうかなと思ってな」
「今投げてるのがその子?えっと名前は比留川雄太くんか...」
ほー珍しい名前だなぁ、比留川...比留川!?
間違いないシニアの時の後輩のあの...
僕がフリーズ状態になっていると浪川くんが頭をはたいてはっとなって意識が戻る
「なにボーッとしてんだ」
「比留川、僕のシニアの時の後輩なんだよ。まさか早田大でエースになってるとは...」
「まぁ、俺から見りゃ大したことないけどな。いい変化するスライダーといつでもアウトローに投げられるコントロールは持ってるがいかんせん球質が軽くて大抵1試合に1本は被弾するからエースとは呼べん。あと数日でドラフトだが...高くて3、4位だろう」
ボロクソに言いつつもなんやかんや浪川くんも後輩のことも気にするいい先輩だ
僕も彼の先輩としてもし会えたらあのときの事しっかり謝りたいな...
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それからまた数日後、ブルペンで一人孤独に投げていた
マネキンを右打席に立たせると多少は満足のいく投球ができるがやはり左に立たせると制球が荒れて球のキレも悪くなる
毎日毎日投げ込んでもほとんどそれの繰り返しでもう悲しいとか怒りとかそういう感情はどこかへ行ってしまっているような感覚だ
そうやって無心で投げていると「おい」と聞き覚えのある声が聞こえた
「お前まだそんなのやってたのかよ。投げすぎると来年に支障出るぞ」
その声の持ち主は浪川くんだった
「え?なんで浪川くん...」
「あぁ、なんつーか、どうなってんのかなって思ってな」
いかにも浪川くんらしい適当な理由だがなぜこんなところに来たんだろう
「お前捕る人間も置かずに練習してたのかよ。そりゃなんも改善されるはずねぇわ」
「うん。オフに迷惑かと思って...」
「オフって...ブルペンキャッチャーはこういうのが仕事だろ。定村さんとか呼べよ」
まったく、とため息をつきながら置いてあったキャッチャーミットを手にしてボールを要求する
「おらよ、キャッチボールすんぞ」
「あ、う、うん」
そう言われ、軽くキャッチボールをしながら話す
「俺人生で1回も投手やりたいって思ったことないな。高校大学で時々投げさせられてたけど、抑えても全然楽しくなかったし」
「えー、それ投手の僕の前で言うこと?だったら僕も好きで捕手なんてやりたいと思わないよ。ずっと座ってないといけないし、毎球捕らないといけないしあんなの何がいいのかさっぱりだ」
...よくよく考えたらこんなに意見が食い違う人と仲がいいって変だよなぁ
初めもあんなに仲悪かったのにどんどん仲良くなっていって...
本人は気づいてないけど浪川くんは何か人を引き寄せる引力がある気がする
そんなことを思いながらキャッチボールの距離を遠くしていき、ホームベースとマウンドについた
「よし、好きに投げてこい」
浪川くんがミットを叩いてそう言うと頷いて投球モーションに入る
スリークォーターから思い切りストレートを投げ込み、アウトローに完璧に決まった
「なかなかいいじゃねぇか。球はまだまだだがな。140ちっとくらいだ」
そう褒めて返球されると少し笑顔で受けとる
二人の声とミットの破裂音だけが響く空間
イップスだとかそういうことを忘れてただただ投げることが楽しい。もっと投げたい。そういう気分にさせられる
「楽しいね。浪川くん」
「あぁ、楽しいな」
浪川くんも珍しく笑顔で楽しそうで安心した
少し疲れたので水分を補給するとふとあることに気付いた
マネキンが左打席に立っていたのだ
恐らく僕は浪川くんのミットだけを見て投げ続けていたから分からなかったんだろう
「どうしてもフラッシュバックするなら右打者だとか左打者だとか関係なく捕手のサインとミットだけを見て信じて投げろ」
水をのみながらそう言うと僕はなんだか妙な気分になって反論した
「だったら浪川くんも人のこと信じなよ。君はいっつもそういうこと言うのに自分はできてないじゃないか」
すると、浪川くんは怒らずただ少し悲しげな顔で呟く
「自分ができねぇから人を信じることの大切さがわかってんだよ。俺は信じることがお前の左打者に対する気持ちと同じで怖い。俺の親父は人を信じて酷な仕打ちを受けて耐えられず死んだんだ。それでも俺はもっと心から人を信じてみたい、だがもう一人の俺がそれを拒むんだ。『俺の父親のことを忘れたのか』ってな...」
浪川くんの初めて聞いた過去に言葉が詰まり何も言えなかったが、彼は彼なりに辛さと向き合いなんとかしようとしているんだということは痛いほど伝わった
「悪い、長い自分語りしちまったな」
「ううん、浪川くんにもそういう人間味があってなんというかよかったよ」
「...そうか」
いつものように素っ気ない反応をしてボールを僕に渡すとグローブををパンと叩いて気を引き締める
「よし、最後だ。1点リード9回裏、ツーアウト満塁のピンチ。このシチュエーションで抑えたら優勝。そして打者は...」
そう言うと浪川くんがミットを地面に置きバットを持つ
「俺だ。手加減なしの全力勝負でこいよ。俺も容赦はしない」
す、凄い威圧感...
それにいくらまともに投げられるようになったとはいえ左に立つとは相変わらず鬼だ
いくよ、と声をかけて投球モーションに入る
ネットと透明なストライクゾーンだけを見て狙いを定める
真っ直ぐを狙っているだろうから逃げずに僕も真っ直ぐを投げる
初球は高めを見逃してボール
ネットに入った球を浪川くんが取り出して僕に返球する
表情からも駆け引きが始まっているとこの前浪川くんに怒られたばかりだが投げることへの楽しさでにやけが抑えられない
二球目も真っ直ぐで振りにいくが擦ったような当たりでファウル
三球目も同じく真っ直ぐ勝負で低めに決まり追い込んだ
四球目はインコースへの真っ直ぐだがこれはカットされ、五球目のアウトローは見逃して2-2の平行カウント
徐々に合わされてきていて頭によぎったのは変化球
だけど、ここは真っ直ぐで彼を抑えないと僕は満足いかない、成長できないと思った
力のこもった僕は慣れもしないワインドアップで振りかぶって投げる
球が指先から離れた瞬間、人生で一番いいボールを投げた気がした
しかしコースはど真ん中で浪川くんも勿論手を出すが予想以上に伸びてスイングのタイミングが遅れて空振り三振
思わずガッツポーズと雄叫びが出た
「よっしゃあ!」
「...ブルペン内で打ったら機具ぶち壊すかも知れないからな」
「素直じゃないなぁ、さっき容赦しないって言ってたじゃん」
浪川くんの言い訳に反論するとふっ、と息を吹くと
「正直最後のあのボールは打てねぇよ。浮き上がってくるような軌道でスピードも速い。お前はこのイップスを乗り越えてもう1つ進化したかもしれん」
と、べた褒めしてくれた
「そ、そんなに褒めてくれるとは...素直にうれしい」
「まぁ実戦で投げられるかどうかは別だ。あくまで「かも」だからな」
そう浪川くんらしい捨て台詞を吐くとバットを壁にかけて早々とブルペンを去っていった
相変わらずの性格に安心しながら彼に「ありがとう」と心から言いたい気分になった
...こうやって僕は彼に助けられてばかりで僕が彼を助けることはできてないような気がする
僕もいつか彼に、そして支えてくれている人達に恩返しができるようにならないと!
そう強く思って手に持っていた球をぐっ、と握る